第12話 小さい手

「どうしたの?」

「和菓子、好きでしょ? 美味しそうだったから買ってきた」

 母は珍しいと言いながら、嬉しそうに中身を確認している。それを見て、買って来て良かったと思った。

「晩御飯食べたら、皆で食べよう」

「うん!」

 タエは笑顔で答え、二階の自分の部屋に戻った。

「ハナさん」

 御神体ごしんたいの鏡に話しかける。すると、ハナが顔を出した。ハナも首に小さい御神体の鏡を身に付けているので、タイミングが合えば会話が出来るのだ。

「どうしたの?」

「あのね、現世の物を聖域に持って行く事って、できる?」

「? どういうこと?」

 タエが初任給で買った物。それは和菓子だった。一つは家族に。そしてもう一つが高龗神タカオカミノカミへ。話を聞いたハナは、笑顔で答えてくれた。

「お姉ちゃんらしいね。高様の風呂敷を借りるわ。それに包めば鏡を通れるはずだから」

「ありがとう」

 ちゃんと渡せそうだと、ホッとした。

「それから、今夜、やらなきゃいけない事があって――」

 あの男の子の依頼の話をした。




 夜。

「和菓子?」

「はい。いただいたお給料で買いました!」

 風呂敷越しに、どうぞと渡された和菓子の箱を手に、驚いた表情を見せた高龗神。タエは笑顔で頷いた。箱の中身は、季節を彩ったりの生菓子。これはタエが好きな和菓子でもある。

「好きな物を買うと思ったが」

「あー、確かに考えたんですけど、神様からもらったお金だし、あんまり好き勝手に使うのはダメかなと。最初はおつかえしてる高様と、家族に買いました」

「ふっ。なるほどな。ハナが風呂敷を貸してくれと言うから、何事かと思ったぞ。こんな事は初めてじゃ。そなたらしい。有難くいただくとしよう」

 嬉しそうに微笑む高龗神。喜んでもらえると、こちらも嬉しくなる。良いお金の使い方をしたと、タエは満足だった。

「それはそうと、ハナから聞いたぞ。紗楽しゃらくの奴が、そなたに話を持ち掛けてきたとな」

 彼女の目がいつも通り、真剣なまなざしになった。

「はい。男の子の魂が、妖怪に狙われているお母さんを助けてほしいって」

 男の子は、母親が狙われていると話した。今その人は妊娠中。妖怪は、その子供を喰らおうとしているのだと言う。実は、依頼者の子も、同じ妖怪に喰われ、この世に生まれる事が出来なかった。もうすぐ自分が殺された時と同じ頃の日数になる。自分と同じ様にはしたくないが、戦う力がない。迷い、焦っている所に紗楽が声をかけてきたと聞いた。

「家族を守りたいと必死です。だから、力になってあげたくて」

「ふむ。……やはり、あいつが戻って来たか」

「あいつ?」

 和菓子の箱は彼女の式である白蛇に渡し、腕を組んで思案する。

胎児たいじを狙う妖怪には覚えがある。あの時の被害者が、そなたに依頼をしてきたのだな」

「戻って来たって、どういう事ですか?」

 ハナが眉を寄せた。

「そなたらの前の代行者が討ち損ねた奴じゃ。あやつは胎児の体は守れなかったが、子供の魂だけは救い、散った」

「えっ、先輩を倒した妖怪!?」

 ハナが声を上げる。タエは、固まってしまった。

「すぐにわしの式を放ち、追ったのじゃが、逃げられた。逃げ足の速い奴で、代行者が苦戦したんじゃ。わしも実体を把握できておらん。忌々いまいましい」

 苦虫にがむしを嚙みつぶしたような表情になった。京都を守る神の目をかいくぐる妖怪がいたのだと、タエとハナは言葉が出なかった。

「同じ母体の子を狙うなど、余程よほど味が好みなんじゃな。二人とも、気を緩めるな。今夜は新月じゃ。暗闇は奴らを強化する。こんな早く、そなたらを失う訳にはいかん。奴を討ち、必ず戻れ」

「はい!」

 タエとハナが返事をした。そしてタエはハナの背に乗り、いつものように鳥居をくぐり、現世へと向かう。

 高龗神は、彼女達が行った方角をじっと見つめていた。




「遅いですよ」

 紗楽がじろりとタエ達を見る。

「まだ動いてないんでしょ。早く行こう」

「この者が、紗楽……」

 ハナは初めて会った。しかし、彼を見て、背中の毛が逆立つ。

(何……、こいつの気配)

 異様なものを感じた。善良ぜんりょうな魂の気配ではない。かと言って、邪悪な闇が溢れる魂というわけでもなさそう。とてもよく分からない気配を持つ彼に警戒するも、当の本人は全く気に留めず、自己紹介した。

「あなた様がもう一人の代行者様ですね。紗楽、と申します。情報通ですので、御用の時はいつでも来てくださいな」

「ああ」

 短く返事をするだけにとどめた。

 タエ達は河川敷で紗楽と合流し、男の子の母親がいる場所まで案内してもらう。男の子は先に行って、周りを見張っていた。

「お姉ちゃん、よかった」

 男の子も緊張しているが、ホッとした表情になる。今いる場所は産婦人科。両親は夜間診療に来ているとの事だった。

「夜に病院って、どうしたんだろう?」

「お腹がいたいって」

「そう。大丈夫だといいね。ねぇ、お母さんを狙う妖怪って、どんな奴なの?」

 男の子の肩がぴくりと揺れた。

「えっと、おっきくて、いっぱいいるんだ。でも、ほんとは違うの」

「大きくていっぱいいるけど、違う?」

「そう! あいつ、本当は――」


「問題がなくて良かったな」

「ええ。安心した」

 ガラリと病院の扉が開いて、出て来た人物。男の子の両親だ。奥さんのお腹は少し大きくなってきて、ぱっと見でも妊婦だと分かる。とても大事そうに両手でしっかりとお腹を支え、愛おしそうに撫でていた。

(いいな。ああいうの)

 タエは憧れを抱きながら二人を見ていたが、男の子に視線を移すと、寂しそうに見つめていた。二人を呼び、抱き着きたいだろう。しかし、彼らには男の子の声が聞こえないのだ。タエはそっと男の子を後ろから抱きしめる。

「うぅ……」

 涙を浮かべ、タエに抱き着く。着物をぎゅっと握るその手はとても小さい。この手で、もっと小さな命を守ろうとしている。そんな彼がいじらしくて、尊くて、タエは力強く抱きしめた。


「っ、来た!」


 こちらに迫りくる気配に気付き、タエは男の子を後ろに隠し、晶華しょうかを構える。ハナも巨大化し、牙をむいた。男の子の両親は車へ向かおうと、駐車場の真ん中を歩いている。

「じゃ、あたしはこれでー!」

「ちっ、やっぱり逃げたか」

 紗楽は危険な目には遭いたくないと、さっさと逃げてしまった。タエ達は両親の側に駆け寄る。

「ハナさん、絶対勝とう」

「当たり前。先輩のかたきも取るよ」

「うん!」

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