第11話 紗楽

「おおー!」


 タエは銀行のATMで思わず声を上げた。銀行の係の人や客が何だと見る。タエは恥ずかしくなり、慌ててその場を後にした。

 代行者になって一か月が経ち、高龗神タカオカミノカミから通帳をもらったのだ。契約の時、報酬の話が出たが、彼女はしっかりと守ってくれた。基本給にタエが倒した妖怪の分が上乗せされ、良い感じの金額になっている。初めて鬼を斬ったあの日から、数体の妖怪と悪霊を倒した。まだ力の弱い奴を相手にしているので、上乗せ分は微々たるものだが、これから強い妖怪を相手にしていけば、すごい金額になるかもしれない。


「これは、命がけで戦ってもらった報酬だから、胸張っていいやんね」

 高龗神の通帳は、全国どの銀行でも引き落としが可能な万能タイプ。最近のお金事情も把握しているようなので、神様は情報通だ。ハナの助言のおかげで、非課税ひかぜいなのもありがたい。タエは賑わう街中を歩きながら、どの店に入ろうか迷っていた。

「うわぁ。初任給しょにんきゅう、何に使おうかなぁ。欲しい物っていろいろあるしー」

 本、カバン、服、いろいろあげるとキリがない。しかし、ショーウィンドウのガラスに映った自分の姿を見て、立ち止まった。


(これが、普段の私なんだよな……)


 鏡で見慣れているはずの姿なのに、少し違和感を覚える。

(代行者の姿も見てるから、変な感じ)

「……」

 タエはきびすを返し、ある店へと向かった。




「おーい、タエちゃーん」

「……紗楽しゃらく

 タエが紙袋を片手に河原の側の道を歩いていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。途端に眉を寄せ、渋い顔になるタエ。

「そんな顔しないでくださいよ。かわいい顔が台無しですよー?」

 ふわりとタエの周りを飛ぶ幽霊がいた。名は紗楽。どこから来て、いつからいるのかは知らないが、タエが住む町の河原でキセルをふかしながら、日がな一日のんびりしている浮遊霊だ。河原がお気に入りの場所らしいが、いろんな場所でもふらふらしている。

 タエは、代行者になって変わった事があった。昼間に起きている時間でも、幽霊、妖怪の姿が見えるようになったのだ。正直、最初は怖かった。視線を感じて見てみれば、髪の長い女の人が遠くからじっと見ていたり、暗がりを選んで移動する妖怪の姿も見かけた。

 しかし、彼らはいつも見ているだけ。タエが見える人間だと知っても、悪意のある者は近付けないのだ。高龗神の加護かごでタエも神聖な気配をまとうようになり、タエ自身が強力な護符となった。なので、嫌な気配や視線は無視するようにしている。


 ただ、この紗楽は他の幽霊とは少し違った。灰色の着流きながしを身に纏い、長く白に近い灰色の髪の毛を肩の所で一つに結んで流している。飄々ひょうひょうとしていて、掴み所がない男だ。タエが代行者だと知り、話しかけてくるようになった。

「ちょいと困っている子がいましてね。力を貸して欲しいんですよ」

 自称・情報屋。困っていたり、迷っている魂の悩みを聞き、タエに解決を頼んでくる。

「あんたが話を聞いたんでしょ? だったら、自分で解決しなよ」

「そんなひどい」

「ひどい? どっちが! 前に迷ってる犬の魂がいるって言うから行ったのに、妖怪が化けてたやんか!」


 あれは夕方だった。紗楽がどうしても気になると言うので様子を見に行けば、犬からでかいヤモリのような爬虫類はちゅうるい系の妖怪になったのだ。太陽が落ちてくると、妖怪の力も増す。かわいい犬の姿で気を引き、油断した人間を襲う妖怪だったのだろう。高龗神の加護があったはずだが、あまりにでかくて気持ち悪かったので、タエは必死に逃げた。しかも、追いかけて来たので、もう半泣きだった。夜、代行者モードになり、その妖怪は一撃で仕留めたが。


「ああ、あれ。あれは申し訳ありやせんでした。あたしも、そんな奴とは知らなかったんですよぉ」

(絶対すまないと思ってない!)

 頭に手を乗せ、へこへこびる。この男といると、どうにも調子が狂う。独特の雰囲気を持っているのだ。

「今回はタエちゃんに、正式な依頼なんですよ。迷える子羊の力に、なってあげてはもらえやせんかね?」

 いつもニコニコと笑みを浮かべるその目が、すっと開かれた。珍しく真面目な顔を見せるので、一応話だけ聞くと言い、紗楽に着いて行く。いつでも逃げられる用意は忘れずにだ。


 河原は河川敷かせんじきになっており、三十メートルほどの川で、橋が架かっている。その橋の下に案内されると、小さな男の子がいた。足は透けている。くりっとした目が可愛らしい子だった。

「依頼主って、この子?」

 純粋な子供の魂の気配。悪い事を企んでいるようでもない。紗楽が「はい」と頷くのを確認すると、目線を合わせて話しかけた。

「私はタエです。君の名前は?」

 男の子は首をふるふる横に振った。

「この子に名前はないんですよ」

 紗楽が代わりに答えてくれる。

「この子は、流産りゅうざんでこの世に生まれなかった魂ですから」

「え」

 男の子は、少し悲しげに笑った。それでも、タエは信じられなかった。

「でも、この姿は? ちゃんと男の子だし」

「生まれていればこの容姿ようしだったという事です。両親がこの子の魂を形成したんですから、自身が姿を知っていても不思議ではありやせん。本来、男児として生まれる予定だったのでしょうね」

 お父さん似だろうか。お母さん似だろうか。可愛い姿をしていても、一番見てほしい両親は、この子を見る事が出来ない。存在を知る事も出来ない。それが、すごく切なかった。

「それじゃあ、頼みたい事って何?」

 本題に入る。男の子は、必死になって叫んだ。



「おかあさんをたすけて!!」

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