第6話 晶華
降り立った白い世界。もやが消えると、茶色の地面と周りに生い茂る木々。そして目の前に木造の建物があった。
「来たな」
鏡と入れ違いに、本堂の中から
「ここは現世とは違う、わしが本来いる聖域じゃ。
タエが思っていた疑問に答えてくれる。彼女の前で、隠し事は出来ない。
「ああの、高龗神様。今日からよろしくお願いいたします!」
緊張でガチガチのタエが、がばりと頭を下げ、高龗神に挨拶をした。
「そう気を張るな。初日じゃから、今夜はハナの仕事を見学か?」
「はい。実際に見てもらって、それから
ハナの答えに、高龗神が満足気に頷く。ハナはずっとタエが代行者になる事を反対していた。しかし、タエの決意を見て、彼女も心を決めたようだ。
「ハナには、わしの知る代行者としての心得や戦闘術を全て教えてある。しっかり学べ」
「はい!」
タエが元気に返事をした。
「それでは、行ってきます」
ハナがそう言い、ぐっと体に力を入れると、ぐぐぐ、と巨大化した。度肝を抜かれる。
「ハ、ハナさんが大きくなった! 尻尾も二本ある!!」
「背中に乗って」
まさかハナの背に乗る日が来るとは思っていなかったタエ。しかしハナの体は馬のように大きくなったので、一人で乗るには小さい身長のタエには無理な話だ。
「背中まで足が届かないです」
「代行者モードの時は、身体能力が上がってるから、軽くジャンプすれば軽々乗れるよ」
ハナの言う通りにしてみると、驚くほど飛び上がり、背中に座る事ができた。
「すごい……」
「タエ」
高龗神に呼ばれて振り向く。彼女は優しく微笑んでいた。
「行って来い。それから、そなたも“
態度も口調も
「はい、高様。行ってきます!」
そうしてタエとハナは鳥居を抜け、夜の京都へと飛び出して行った。
「すごい! きれい!」
京都の夜景を上空から見る事が出来、タエはテンションが上がっていた。高い所は苦手ではないが、けっこうな高さで安全ベルトなしの状態なので、両手はしっかりとハナの毛を握っている。
「そうだ、お姉ちゃん。刀の名前、考えておいてね」
「刀の名前?」
タエは頭を捻った。
「昨日呼び出した刀を覚えてる? あの刀はお姉ちゃんだけが使える武器なの。名前を付けてあげると、繋がりが強くなって本来の力を引き出せるから。必ず名付けてね」
透明の刃に白地に金の龍が彫られた柄。あの美しい刀を思い出した。
「分かった。考える」
「じゃあ、景色を楽しんでる時間もないよ。悪霊、妖怪も出てくるから、行くよ。しっかり捕まってて!」
「えっ、うああああぁ!!」
ハナがターゲットを見つけたらしい。突然の急降下に、タエは絶叫した。ジェットコースターより怖すぎる。
ハナは、夜道を歩く女性の後ろから長い爪で襲い掛かろうとしていた妖怪を、彼女の爪で切り裂いた。妖怪はぎゃあと
「今のが妖怪じゃなくて、人間の変質者だったら、ハナさんは助けなかったんでしょ?」
「まぁね。私達が倒すのは、あくまで邪悪な妖怪だから」
「歩きスマホはあかんよね。女性なら、もっと気を付けてほしいな」
誰が物陰から見ているか分からない夜なら、尚更だ。たった今、命を狙われたのに、それに全く気付かない事にもどかしさがあった。
「お姉ちゃんが考えてる事、分かるよ。でも私達はあの人に
「うん」
「私達は、京都を悪霊や妖怪から守るのが仕事。犯罪は許せないけど、私達は基本的に
ハナが話しながら再び空へと飛びあがる。タエも納得した。
「今は、ハナさんの仕事をしっかり見て勉強するよ。まずは、自分の立場も、やる事も、ちゃんと理解しないと」
ハナがふっと笑った。
「じゃあ、次、行くよ!」
それから、ハナの仕事ぶりは物凄かった。スピードを緩める事なく、人に
タエとハナの主な仕事場は、京都の中心部と南部。
タエは背中にしがみついているので精一杯。ハナの働きぶりを間近で見、口が半開きになっていた。
「はあ……。すごかった。そして疲れた」
貴船神社近くの木に二人は座っている。代行者は
まだ名前を決めていなかった為、刀を呼び出す事が出来なかったので、自分の身体能力がどれほどのものかを知る事にした。地面から思い切りジャンプすると、家一軒は軽々飛び越せ、五階建てのマンションくらいなら何とか届く。最初は怖くて踏ん張りがきかず、高く飛べなかったが、何度も繰り返す内に慣れてきた。それからしばらくはハナと鬼ごっこ。すばしっこいハナを捕まえる為に、ジャンプを繰り返したので、疲労が襲ってくる。結局、捕まえる事は出来ず、ギブアップしてしまった。そして今に至る。
「代行者の仕事って、大変やね。実感したわ。ハナさん、すごいね」
「お姉ちゃんにも同じように戦ってもらうから。ううん。私以上に強くなってもらうよ。一瞬の緩みが敗北に繋がるの。それは魂の消滅だから。お姉ちゃんの場合、生身の体も死んでしまう事になるから、厳しく鍛えるね。やるって決めたからには、絶対に強くなってもらう!」
「う、うん」
この道を自分で決めたのだ。タエは改めて気合を入れた。ハナを一人で戦わせるわけにはいかない。自分が守られてはいけない。その為に、今やらなくてはならない事がある。
「ハナさん。私、刀の名前、決めた」
「何?」
ハナも興味深々の眼差しを向ける。タエはしっかりハナを見つめ、笑顔で言った。
「晶華」
「しょうか?」
ハナが反復した。うんと頷く。
「キレイな透明の刃は、水晶みたいでしょ。それから、私の相棒のハナさんの名前を入れたの。華やかって方の字にした」
「お姉ちゃん……」
ハナが感動している。すると、タエの前にポッと光が灯る。両手を差し出すと、タエの刀、
「これからよろしくね。晶華」
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