レポート34:「ご挨拶と説明」
「ご挨拶と説明」
日がそろそろ傾いて、夕方に差し掛かるかなーって時間帯に家のチャイムが鳴った。
ぴんぽーん。
何とも古めかしいものだが、逆に愛着があるモノともいえる。
俺はその音を聞いて玄関に向かう。
もちろん、椿も一緒だ。
「はーい。ただいま」
そう言って、玄関を開けるとそこには小野田葵ちゃんと、その父、母と思わしき男女が立っていた。
「どうもお待たせしました。よろしくお願いします」
葵ちゃんは元気よくそう言って頭を下げる。
後ろにいた男女も軽く頭を下げてくるので、俺も頭を下げ……。
「はい。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
俺が促すと、3人は家に入ってくる。
葵ちゃんはともかく、ご夫妻は家の中をきょろきょろと見て回る。
まあ、そういうのは気になるよな。
というか他人の家は気になるものだ。
そんなことを考えつつ居間に連れて行くと、そこにはセージとカカリアが待っていた。
「いらっしゃいませー」
「どうも」
そう言って2人は普通に挨拶をするのだが、なぜか葵ちゃんたちは2人を見て固まっていた。
「どうかしましたか?」
椿が声をかけると、はっと我に返ったようで。
「が、外人さんですよね?」
「はい。えーと、違いますよ。日本生まれの外人さん?です」
「あはは、変なの~。でも、そうとしか言いようがないか」
「ま、そうよね。小野田様驚きもわかりますが、まずはお座りになってください。ここまでお疲れだったでしょう?」
「あ、はい。これはご丁寧に」
「はい。し、失礼します」
葵ちゃんどころか、ご両親もぎこちなく返事をして用意されている座布団に座る。
俺も向かいに座って、改めて挨拶をする。
「初めまして。私がこの家の家主で野田裕也と申します。この家や畑を貸し出して色々研究を行ってもらっています」
これはどうもという感じで小野田さんご夫妻が頭を下げてくる。
そして、お茶を用意してきた椿をお茶を置きつつ。
「私もご挨拶を。この裕也さんの家で農耕の研究をしている、天野椿と申します。そしてこちらが……」
「同じ研究室から来ているセージ・フォジャーです」
「同じく、カカリア・レーニーです」
そう自己紹介をしつつ、名刺をご夫婦の前に差し出すと……。
「これはご丁寧に……って、これって結構有名な学校じゃないか?」
「え? あ、そうね。かなり有名なところよ」
そう椿たちの名刺には所属している研究室とともに、出身の大学も書かれているのだ。
なんでと思ったが、この大学とも伝手がありますよというのも大事らしい。
あれだな、有名大学だと社会の信用も高いってやつだ。
確かにいい大学を出たところで就職できるかわからない時代ではあるが、いい大学を出た方が社会の受けがいいのは今でも変わりはないということだ。
「そうなの?」
「お前はそういう所を調べてないで大学に行こうとしてたのか?」
「別にどこでも勉強はできるし、家から通えるところでいいって思ってるしさ」
「はぁ。まあ、前よりも大学に前向きになっているからいいことと思いましょう」
葵ちゃんのご両親はその態度に少し苦笑いをしつつも、大学に前向きになっていることに納得したようだ。
まあ、遅くはあるかもしれないが、手遅れというわけでもない。
なのであとは葵ちゃん次第だろう。
勉強はできるって言っているしそこまで問題はないと思うけどな。
そんなことを考えていると、改めて葵ちゃんのご両親は居住まいを正して……。
「この度はうちの娘を前向きにしていただきまして本当にありがとうございます」
そうお父さんが言って深々とお母さんともども頭を下げた。
「え、いや。たまたま村を散歩中会いまして軽く相談に乗っただけですよ」
思いもかけないご両親の行動に驚いてそういうしかない。
本当にそれだけだしな。
まあ、葵ちゃんのきっかけは「頭の中に声が聞こえて」だったが、そこは言わないようにしておく。
「その相談が私たちには乗れませんでした。葵のために大学を進めたのですが、どうも苦笑いばかりでして」
「お話を聞きましたが、たぶん私たちは勉強ができる葵にただいいところに行ってほしいだけとしか伝わらなかったようです」
「気持ちはわかります。葵さんは勉強できるようですからね。ならできるだけいいところに行った方がいいと思うのは当然かと」
大人になったからわかることだ。
勉強ができるのであれば、その才能に応じたところで学びもっと才能を伸ばしてほしいと思うもの。
妬む人もいるだろうし、金銭的に問題がある人もいるだろうが、葵ちゃんのご両親はそこらへんは問題なさそうだ。
だからこそなおのこと、もったいないと思ったんだろう。
って、何か違う。
今日こちらに来てもらった理由は……。
「と、話を遮って申し訳ないですが、今日は葵さんの雇用の話を聞きに来たということでよろしいでしょうか?」
そう、葵ちゃんの雇用の話だ。
学生を雇うのであれば、ちゃんとご両親には話を通しておかなければならない。
最悪、学校にも連絡をしないといけないだろうが、そこらへんは近所付き合いというレベルで押し通そうと思う。
別にそこまで拘束するつもりはないからな。
「ああ、申し訳ないです。葵が進学に前向きになったので一言お礼をと思ってしまって」
「ご両親は、葵さんが私たちのところでバイトをすることには反対ではないということでよろしいでしょうか?」
「はい。とはいえ、失礼かもしれませんが一応仕事内容や雇用条件を確認はさせていただきます」
「ええ。それは当然かと。ですが、私はあくまでも土地を貸し出して研究に協力している立場でして、雇用に関しては、こちらの天野椿からご説明させていただきます」
俺はそういって隣にいる椿に視線を向けると、うなずいて、3人に書類を渡す。
「1ページ目はバイトのお仕事内容に関してです。主な内容は基本的に私たちの土壌開発、作物を育てるためのお手伝いとなっています。もちろん、小野田さんたちが培ってきたこの土地での農業の方法などを問題がなければお聞きしたいというのもありますが、そちらは一応技術の流出などになりますので、だめであれば言ってください」
仕事内容に関してはさほど問題はない。
アドバイザーみたいな感じで、適度に手伝ってくれればいいだけだ。
とはいえ、どれだけ拘束時間があり、どれだけの給料なのかが大事なのだ。
そこは次のページにあり……。
「そして次のページに雇用条件が記載されていますのでご確認ください。研究内容に関しては多少の守秘義務がございます」
「守秘義務ですか?」
ここでようやく葵ちゃんが首をかしげる。
「はい。私たちの研究は佐藤グループで大きな利益を上げるために研究しているものです。なのでほかの人に漏らしてもらっては困るモノもあるんです。それはしゃべってダメですよというお話です。最悪損害賠償などをする可能性もあります」
「そ、損害賠償……」
「とはいえ、そんな重要な秘密を教えたりというのは基本的にないと思っていただいて結構です。ご両親は大丈夫でしょうか?」
「ええ。当然の内容ですね」
「そうですね。問題ありません」
動揺しているのは葵ちゃんだけのようだ。
まあ、社会人になればこの程度のこと当然だしな。
「あとは雇用時間と給与に関してですが、雇用時間は基本的に学業が終わった放課後、または休日で、約2時間から3時間ほど。給与は1時間1500円を予定しております。こちらは頑張り次第で上がると思ってください」
「うわ、なんかコンビニのバイトとかの倍はある」
「かなり好待遇ですが、理由をお聞きしても?」
お父さんとお母さんは高すぎる時給に対して少し訝しめだ。
まあ、ただの学生にここまでの時給を出すのは俺も怪しいと思う。
「先ほど申しましたが、私たちの研究は農業に関連したものです。ですが私たちはこの土地のことは知りません。よい協力者を探していたところなんです。そこにご両親が農業をやっているという葵さんと出会いました。私たちとしても渡りに船だったのです。この時給はご両親への分もあると考えてください。もちろん、特有な技術を教える話になれば別途請求にも応じます」
「そこまで大したことはしてないんですが……」
椿の言葉にちょっと困惑気味のご両親たち。
本人たちにとっては、ずーっとやってきたことだしな。
だが、それは……。
「いえ。この土地でずっと畑と向き合ってきたその経験は大したものです。私たちはデータでしかこの土地のことを知ることはできません。長年の勘などがあれば教えていただきたいのです。それは大事な財産です。土が変われば作物の生育状況もいっぺんしますから」
「確かに、そういわれるとそうですね。わかりました。どこまで天野さんたちの期待に応えられるかはわかりませんが、何か聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてください」
「はい。ありがとうございます。とはいえ、基本的には葵さんを通してご連絡させていただきます。彼女は畑を継ぎたいと言っているようですし、そこら辺の知識もいるでしょう。何より私たちが雇用するのは彼女ですから」
「ああ、なるほど。そうですね。そういう勉強もかねてくれるというわけですね」
「え?」
「葵、人に教えるっていうことは自分がちゃんと理解してないといけないんだ。勉強ができるお前だが、畑に関してはどうかな?」
「で、できるよ」
ちょっと顔が引きつっているが、やる気は変わってないように見える。
「安心してください。そういうことはしょっちゅうすることではありません。見ての通り畑としては全然なんで、最初はどういう作物を植えるとかそういう相談に乗ってもらうことになります。それと最後に重要事項ですが、勉学がおろそかになったり、素行不良が見られる場合は雇用を続けるわけにはいきません。学生の本文はあくまでも勉強です。それはご両親と連絡をさせていただいて確認させていただきますので、そこはご了承ください」
ここは大事だよな。
勉学がおろそかになるほどバイトをこき使う所もあるが、俺たちはそういうことはしない。
ご両親2人もしっかりと頷く。
葵ちゃんはちょっと困惑気味だ。
「え、えーと学業がおろそかになるってどれぐらいですか?」
「私は今の状況を維持できればいいかとは思っていますが、そこはご両親と相談してください」
「そうですね。そこは葵と詳しく話させてもらいます」
ご両親はちょっと笑みを浮かべている。
きっと勉強に関しては問題ないと思っているんだろう。
だが素直に言って、葵ちゃんに気を抜いてもらっては困るってやつか。
こういうのって簡単に崩れるからな。
「あとは、雇用したときにかかる備品などはこちらで用意させていただきます。必要経費になるのでそちらに請求することはありませんのでご安心ください。なお、この仕事に関してはあくまでも表向きは近所のお手伝いということにさせていただきます」
「それはどうしてでしょうか?」
「今の学校ではバイトを認めているところは少ないでしょう。できるところでも困窮が理由でやっとです。葵さんの状況で学校がバイトを認めると思いますか?」
「ああ、確かにそうだ。俺たちが若いときはそういうのはなかったんだけどな」
「学業が本文っていうのはわかるけど、色々厳しくなったものね。理由は理解しました。よろしくお願いします」
ほんと厳しくなったよな。
昔は学生でも遠慮なく雇っていたけど、いまじゃ学校の許可証などを見せないと雇ってくれないところも増えてきた。
学生の勉強を後押しするためでもあるけど、ある意味社会経験をする理由を奪っているともいえるんだよな。
「これでお小遣いはいらないな」
「ええ!?」
「当然よ。自分でしっかりお金を稼ぐ苦労を経験しなさい。自分で言い出したんだからちゃんとやるのよ」
「「「あはは……」」」
ということで最後には全員で笑って説明は終わった。
雇用に関しては問題なしで、必要な書類に関しては明日届けに来るとのこと。
まあ、具体的に言えば振込先の口座とかだ。
おそらく家に帰ってどれだけ葵ちゃんの取り分になるのか戦いが起こるはずだ。
俺としては全額葵ちゃんのお小遣いでいいと思うが、そうもいかないんだろうなと思って苦笑いをした。
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