レポート31:「適材発見?」
「適材発見?」
廊下の先からこちらを覗く日本人形。
何も知らない人なら、それはただのいたずら。
何かの拍子に落ちたとか考えるかもしれないが、俺と椿はそれはありえないと知っている。
なにせ宇宙船に人形たちは隔離しているはずだからだ。
なぜ隔離しているかというと、あの人形たちは不可視の石を見えるようになる力を持っている。
なのでうかつに触れないように隔離していたはずだったんだが……目の前に存在ている。
「え、えーと、いったいどうしたんですか?」
日中なこともあり特に現状に恐怖を感じてない葵ちゃんは俺たちの様子を見て首をかしげるしかない。
しかし、どう説明したものかとも思ってしまう。
いや、うかつに近寄られて触られても面倒だし、ここは覚悟を決めよう。
「そうだな。なんか最近勝手に動く人形がこの家にはあるんだよ」
「え!? 本当ですか!?」
「こら近寄るな。こんなことになるなんてな。椿、葵ちゃんを押さえててくれ」
「あ、はい」
俺は人形に近寄り廊下をのぞき込む。
そこには日中の日差しが差し込んだ明るい廊下が伸びるだけだ。
しかし、奥が多少暗くなっているところが俺に対して恐怖心をあおってくる。
いままでこういうことはなかったのになんでだと思うが、とりあえず人形を拾い上げる。
どこにも歩いてきたような様子はないし、いったいどこからと思いつつ居間に戻りテーブルに人形を置く。
すると、椿に抑えられてはいるが、興味津々って様子で人形を見つめる葵ちゃん。
「うわー、呪われている日本人形って初めて見ました」
「いや、呪われているかどうかはわからないけどな」
「そうなんですか?」
「別にこうして時折勝手に動くだけで何か被害をもたらすことはないしな」
「そうなんですか。でも、動き出したのは最近なんですよね?」
最近というか今日が初めてでびっくりだよ。
ということを言うわけにもいかないので。
「ああ。最近だな」
そう答えるだけにとどめておく。
「だから最近農業のついでにこの人形について調べてるってところだな」
「なるほど。って、そういえば農業してるんですか? 畑はどちらに?」
「いや、それも最近始めたばかりでな。何を育てるかは椿やセージ、カカリアと相談中なんだ」
「せーじ? かかりあ? えと、誰なんですか?」
初めて聞く人の名前に首をかしげる葵ちゃん。
話が進まないので、とりあえず2人の説明をする。
もちろん設定上の説明だ。
「俺の元職場で知り合った人たちでな。研究職についていて、畑での農作物についての研究をしているんだ。俺が偶然畑を持っていて……」
「私が頼み込んで貸してもらっているんです」
「はぁー。研究ってどんな研究なんですか?」
おっと、鋭い突っ込みが来たな。
ただ生産するだけっていうのは芸がないが、そこは俺が答えることではない。
ここは研究職という建前を持っている椿の出番だ。
「基本的には肥料による味の変化や、生産性の向上を研究しています。私たちの会社は多くの人に品質のよい野菜や果物を届けたいというのがありますので」
「ビニールハウスとかですか?」
「はい。それも検討していますが、いまはまずこちらの土壌を調べてからですね。とりあえずで色々野菜を育てています」
「なるほど」
無難な答えで葵ちゃんの追及をかわす椿。
これで一安心かと思っていたが、テーブルの上には人形がどんと鎮座している。
『そういえば、この人形は宇宙船の中においてるやつか?』
『はい。確認しました。一体いなくなっています。ガラスケースの中身が空になっているので確実かと』
『……今の宇宙船の場所は?』
『セージ、カカリアのサポートが行えるように調査している惑星の上空で追尾しているのでこの家には今いません。録画データを巻き戻したところ、つい30分前までには確認できています』
『つまり、こっちにセージとカカリアがいた時に下したというわけじゃないんだな?』
『はい。信じがたいですが、この人形はワープなどを使ってあの場所に出現したと思うべきですね』
『……マジか』
『マジです』
頭の中でSF会話をしているのに、内容はオカルトという不思議。
さて、この人形をどうしたものかと思っていると……。
「えーと、あの、この人形ってどうするんですか?」
葵ちゃんはどうやらこの人形に行く末が気になっているようだ。
「どうするっていうと、いや特に被害とかないし、昔からこの家にあるモノだからな。処分しようとは思ってないな」
何せこのワープしてきた人形は石が見えるようになるかもしれない人形の可能性が高い。
それを処分するなんてとんでもない。
「そうですよね。呪われちゃうかもしれないですもんね!」
本当にオカルト系が好きなのか目をキラキラさせて話してくる。
こっちとしては正当な理由があってのことなんだが……。
ま、それはともかくとして……。
「えーと、葵ちゃんの悩みは一応解決ってことでいいのかな?」
「あ、はい。大学には行きます。これで勉強に身がはい……らないです!」
「なんで途中で言い換えた」
「だって、ここに動く人形が存在しているんですよ。裕也さんと椿さんが私のやりたいことを燃え上がらせてくれたんですから、この人形私にも監視させてください!」
「「えー」」
あまりの提案に俺と椿は驚くしかない。
「いや、でも学業があるだろ? それに親御さんにもどう説明するか……」
「勉強はさっき言ったように大丈夫ですから。親には勉強を教えてもらうって言います!」
「矛盾しまくりだろう」
「いえ、別に椿さんとそのセージさんとカカリアさんは研究員なんでしょう? その人たちから色々教えてもらうっていえば納得します。あと、私の家は農家ですし、研究のサポートはできると思います!」
そういいながら右手をビッと挙手する。
なんとなく筋が通っているのが恐ろしいな。
……さてどうしたものかと思っていると。
『裕也さん。これはチャンスではないでしょうか?』
『チャンスって雇用の?』
『はい。自分から私たちの場所にいたいと言ってくれています。そして未知なことに対しての探求心もあります。ちょっと背後関係を調べる必要はありますが、悪くない人材かと。勉学も遅れて親御さんに迷惑をかけるとは思えませんし』
『うーん。まあ、そうかな?』
『何より農業に関してのプロです。私たちが色々調べてやるより手際はいいかと』
『そりゃそうだろうな』
『これだけ条件を満たしている人はいないでしょう』
『……わかった。断っても勝手にきそうだしな。それで巻き込まれたらそれはそれで問題だ』
『はい。事前にトラブルを回避するという意味もありますね』
なんか、椿の甘言に乗った気はするが、葵ちゃんは俺たちの探している人材としてはこれ以上ない適性があると踏んでいる。
あとは続くかどうかだが、……俺の直感としては続くと思う。
「あの……だめですか?」
俺たちが沈黙しているのを見て、ばつが悪そうに聞いてくる。
よし、ここは覚悟を決めよう。
「わかった。勝手に人形に触られても困るし、葵ちゃんの提案を受けよう」
「本当ですか!」
「ただし。葵ちゃんにも手伝ってもらうしバイトとして雇うことにする。そして何より親御さんの許可が必要だ。俺たちが会いにいってちゃんと雇用契約書を確認してもらってだ」
「うえっ!?」
ただで女子高生を使うなんてどこの搾取だ。
そこはちゃんとしておかないとお巡りさんを呼ばれてしまうので、そこはちゃんとしておく。
その宣言に少しひるむ葵ちゃんだったが、俺が次の口を開く前に……。
「わかりました。親もちゃんと説得します! ちょっと待っててもらっていいですか?」
「いや、電話で説明しないで、家に帰って話せ。こっちも雇用契約書とか業務説明書は用意しておくから」
「はい。じゃ、電話番号押してもらっていいですか?」
ということで俺は現役女子高生の電話番号をゲットした。
もちろん椿もだ。
だが、全然うれしくないな。
仕事が絡むとこんな感じか。
そんなことを考えていると、葵ちゃんはさっそく家に戻るといったので玄関で見送りをしたのであった。
「元気のいい子ですね」
「ああ。最初の印象と全然違うな。しかし、頭の中に声、そして動いた人形」
俺は今のテーブルの上にある人形を見つめる。
彼女になにかしらの秘密があるのか?
「では、私はさっそく雇用の準備と葵さんの経歴を洗います」
「ああ、頼むよ。俺は取り合えず……人形の監視かな?」
「逃げないとは思いますが、注意してくださいね」
「……なんか怖くなってきな」
初夏間近の今日この頃、なぜか寒気を感じるのであった。
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