レポート2:「契約の際はよく聞いてよく読むべし」

「契約の際はよく聞いてよく読むべし」



たった今宇宙にいたかと思えば、気が付けば目の前は見知った俺の家の前にいた。


「えーと……一瞬で?」


今までのことが夢かと思う早業だ。

まさか本当に夢?

そんなことを考えていると……。


「ああ、失礼しました。大気圏突入も経験したかったですか? 気が利きませんでしたね」

「あ、いえ。つまり、今のは……」

「はい。ワープでの移動です。本来あんなに目立つ真似はしませんよ。とりあえず隠ぺいの光学迷彩などは施していますが、あまり推奨はしません」


なるほど、俺の希望を叶えてくれたわけだ。


「それで我が家の前にきたのはなんででしょうか?」

「ああ、契約の際にこちらにも安全装置を付ける必要があるので」

「安全装置ですか?」

「ええ。何かしらかぎつけてくる連中もいるかもしれませんし、野田さんのためです」

「なるほど?」


そこまでする必要があるのかと思うがあると言われればそうなのだろう。

とはいえ、あまりプライバシーなどを覗かれるようなことはと思っていると。


「プライバシーなどの侵害はしませんよ。登録者じゃないものが来たときに警報が鳴るようにしているだけです。もちろん事前に親戚や近所の人などはならないようにもできますので」

「それなら安心です。どうぞ……と、どうやって出ればいいんですかね?」


ドアを開けたのだが、そこには金属の壁が存在していて外に繋がっていない。

俺は確か、ここから入ってきたはずなんだが……。


「失礼しました。ちょっと待ってください」


佐藤さんがそういって手を当てると、まるで解けるように穴があいてドアの形状になる外へとつながる。


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


そういって、俺は降りる。

そう階段を降りている。

降りきったあとで振り返ると、そこには……。


「何もない?」


ただ空中を歩く佐藤さんがいるだけだ。


「さすがに田舎とはいえ堂々と宇宙船を見せられませんよ。と、来るさいは目隠しをさせていただいていましたね。興味が湧くのも当然ですね。こちらをどうぞ」


そういって佐藤さんは眼鏡を渡してくる。

かけてみろという意味だと理解した俺はすぐさま行動に移す。


「意外と……のっぺりしている」


そうとしか言いようがなかった。

ただの銀色の楕円形、ハンバーガーほどではないが、それをちょっとつぶしたような金属の塊がたたずんでいるだけだ。

出口もなければ、つなぎ目もない。

加工した様子もみられない、不思議な形。

唯一、階段状のモノが人工物だと思えるだけだ。


「わかりやすくいうなれば、形状記憶液体合金ですね。なのでどのような形状にもできますし、どこが前か後ろかもわかりにくくなっています」

「え? それじゃ武器の方向や、推進器は……」

「エネルギーをこの液体金属から発することでどちらにも転用できますし、どこからでも発射可能なのです。なので露骨な弱点というのは存在しないのですよ。多分、いつか地球の技術もこのような結論に行きつくのではと思っています」

「ははは……」


言っていることはわかるが、それを実現する技術力というのはとんでもない。

ワープ移動もそうだが、佐藤さんたちの技術力は俺が知っているSFの世界よりも上かもしれない。

とりあえず、俺が呆けていては話が進まないので、眼鏡を返して自宅へと案内する。


「どうぞ、粗茶ですが」

「ありがとうございます。しかし、いい面持ちの家ですね」


佐藤さんは自宅をきょろきょろしながら見て回る。


「すいません。まだ掃除も中途半端なもので」

「いいえ。これだけ広い家を1人で維持するのも大変でしょう。しかし、こちらを購入されたとか。土蔵もあるようですしさぞかし高かったのでは?」

「いえ、捨て値でしたよ。ただし中身とかもそのままでしたから、ごみを捨てるのにもお金がかかるので、なかなか進みません」


そう、この家は安い割には大きい家だったのだが、家財道具一式がそのままだったのだ。

何か曰くがあるのかもしれないが、特にこの不動産を案内してくれた人は笑ってそんなことはないと言っていたし、俺もここで過ごしてはいるがそういうことはない。


「ほほう。私も時間があるときに見せてもらってもいいでしょうか? なにかお宝の予感が……」

「私も同じ気持ちですよ。ですが、先立つものがなくてですね」


お宝、日本では鑑定するとかいう番組が流行っているので俺もそういう気持ちが多少あってこの家屋を購入したが、マジでそこまで手が回らなかったわけだ。

お金もかかるしな。

価値あるものがごみとして捨てられる理由もよくわかる。

本当に面倒くさいのだ。


「なるほど。それでしたら私もお金というか手伝いましょう。歴史あるモノがあれば譲っていただければいいですから。ああ、もちろん私にくれてもいいものでいいですから」

「あはは、手伝ってくれるのでしたら構いませんよ」

「ありがとうございます。実は幽霊とか霊力とかこもっているものがあればと思っていたんですよね」

「え? オカルトですか?」

「ん? おかしいですか? 世界には未知のエネルギーを利用している世界は多々あります。地球もその一つですよ。だからこそこうして観察調査対象になっています」

「それがオカルトですか?」

「ええ。地球の文化は面白いですよね。死後の世界、幽体など、とはいえまだ現物を見つける機会はないのですが……。おっと、失礼しました。それは私の仕事ですから、今は契約のお話ですね」

「あ、はい」


なんか重要な話な気がしたが、俺の仕事ではないと言われると首を突っ込むわけにもいかない。

何せまだ関係者でもないし、信頼も得ているわけでもない。

そんなことを考えていると、机に書類を数枚置く。


「こちらが雇用契約書になります。こちらが雇用契約の内容ですね。とりあえず、読み上げます。退屈かもしれませんがご容赦ください」


そういってから佐藤さんが読み上げた内容はごく一般的なものだ。

週休二日制、お昼休み一時間、8時間労働、休息30分とまあ本当にどこにでもある内容だ。

有給もありだが……これが使用できるかはちょっとわからん。

建前だけ書いているところは多いからな。

人手不足なんだからそこは仕方ないか。


「とまあ、今回は一週間の短期にはなりますが、表向きは普通に就職してもらっての試用期間ということになるのはご了承ください」

「わかりました」

「では、こちらにサインと捺印を。あと、給与を振りこみ先のわかるモノ、国民年金手帳を……」


と、どこからどう見ても本当に雇用契約をしているだけになった。

で、そのとき目ざとく怪我の際の補償についてという項目が目に付く。


・どのようなケガも完治まで保証したします。


そう書いてあった。


「すみません。この怪我は完治まで保証というのは?」

「ああ、それはそのままの意味ですよ医療技術もありますので死んでいても蘇生できます。流石に頭部が消滅すると無理ですが、それ以外でしたら、切断しても下半身が全部なくなろうが治します」

「あはは。それだけ危険ということでしょうか?」


やべー職業だったのかと思ってサインする手を止める。


「あ、いえ。もちろんそういうことがないように安全は保障させていただきますから、大丈夫ですよ。むしろそんな危険区域に派遣したとか、私が処罰を受けますから。ほら、わかるでしょう? 部下を死傷させるとかとんでもない事故ですから」


必死に佐藤さんは説明する。

確かにそれもそうか。

数少ない職員を死傷されるとかそれこをなり手が無くなる。


「まず、安全が最優先です。あの宇宙船の技術を転用していますので、まず傷つくことはないと思ってください」

「わかりました。佐藤さんを信じます」

「野田さん……。ありがとうございます」


今更あーだーこーだ言って反故にするのは俺のちっぽけなプライドが許さない。

佐藤さんを信じた自分を信じるんだ。

死んでないじいちゃんが言ってた。

まずは人を信じないと相手もしんじてくれないと。


こうして俺はこの契約書にサインと捺印を済ませる。

さあ、これで俺は佐藤さんの会社の一員となるわけだ。


「確認させていただきます。はい、問題ありませんね。口座番号なども問題なしと。あとはこちらで手続きをしておきます。ほかに何か聞きたいことなどはありますか?」

「正直何を聞いていいのかわからないですね。私がこの職に就くにあたってなにかすることはないでしょうか? 出勤にはスーツがいいとか?」


今更ながらこのよくわからない佐藤さんの会社に出社するにはどうしたらいいのかわからないことだらけだ。


「そちらは、また明日にでもご説明いたします。必要な道具一式をそろえて明日はこちらで講習となりますが、ご都合はよろしいでしょうか?」

「はい。大丈夫です」

「そうですか。では、また明日、そうですね10時によろしくお願いいたします」


そういって佐藤さんは宇宙船に乗り込んで霧のように消えていった。


「あー、ワープってそういう風に見えるのか……」


もっとこう、光がかっとなるとか、足元に炎が走るとか……あ、炎は時間だっけか?

そんなことを考えながら、俺は家に戻るのであった。


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