閑話 地下牢にて

魔王城の一番深くに、死を待つだけの場所がある。

生きて償えないほどの罪を犯した者の、最期の場所。


そんな場所へ、フォールスは魔王様と共に降りていた。


「なぜ、ついてきたのですか?」


後ろを歩く魔王様を振り返ることもせず、フォールスは問いかけた。


「ひとりで行かせるわけにはいかぬだろう?」

「まさか……自分が父を逃すとでも?」

「いや……。フン、まあよい。そういうことにしておこう」


暗くじめじめした階段は、明かりひとつでは頼りない。深く進むほど、フォールスの心はざわついていった。


そして、とうとう目的の場所に辿り着いた。


「父上……」


先には、フォールスの父親の姿があった。

いつも威厳があり、上質な服を見に纏っていた。そんな父親が今は、粗末な服を着せられ、枯れ果て、今にも死にそうな老人のようだ。


「フォールス……なぜここに来た。愚かな父を笑いに来たか?」

「……あなたはそうやって……いつも……僕がくだらない考えも持っているように言う……」


怒りとも悲しみとも取れる表情のフォールス。


「そんな、出来損ないの息子しか会いに来ないなんて……一体どんなお気持ちですか?」


フォールスは嘘をついた。

……来ないのではない、そもそも誰も知らないのだ。

この男がどのような罪を犯したのかも、処刑を待つためこのような所に捕らえられていることも。

父に愛された兄も、母も、家の者たちは全て……。

フォールスの中に、どす黒い感情が渦巻き出す。


「父上も、あんなものを後生大事にしていたせいで……お可哀想に」

「あんなもの……だと?」

「過去に婚約していた女を殺して、その髪を持ち去るなど……穢らわしい」

「お前に……お前に何が分かると言うのだ!!!」


激昂した父親は、食事に使われたであろう器をフォールスに投げつける。だがそれは鉄格子に当たり、砕けて飛び散る。


「分かりませんよ……分かってたまるものか……」


フォールスは、鉄格子を握り、中を覗き込むように顔を近づける。


「そうやって、地の底を這いつくばって、苦しんで死ねばいい。……さようなら、父上」


そして、牢に背を向け、一度も振り返ることなくその場を去った。

その姿を、無言で見送る魔王様。牢に顔を向け、言う。


「お前は、全てを誤ったな」


それだけを言い残し、魔王様はフォールスの後を追った。


***


フォールスと魔王様は、暗く長い階段を、無言のまま上がっていく。

足音だけが響く中、魔王様から口を開いた。


「あれでよかったのか?」


フォールスは、足を止める。


「……正直、よく分かりません。自分が、何が言いたかったのかも、何をしたかったのかも……」


怒りをぶつけたかったのか、なぜ愛してくれなかったのか聞きたかったのか……。だが、とにかく、会わないままでは後悔するような気持ちが、フォールスの中にはあったのだ。


「……結局、悪態をついただけでしたね。子というのは悲しいものです……たとえ愛されなくても、愛することをやめられない」

「親になったとて、無条件で立派になれるわけではないのだよ。子には辛いことだが、それを見極め、子が自ら手を振り解くべきことに気付くしかない」


魔王様は、少し上にいるフォールスのそばまで階段を上がると、彼の背に手を添えた。


「憎しみも、父親への愛も、この地の底に置いていくがよい。お前が本当に愛すべき者は、ここにはいないだろう?」


誰とは言わなかったが、フォールスには、魔王様が誰のことを言ったのかなどすぐに気づいた。


「そうですね……」


魔王様に背を押され、フォールスは再び階段を上がっていった。


***


外へ出る扉を開くと、闇に慣れた目に陽の光が眩しく、思わず目を細めるフォールス。

それと同時に、全身に渦巻いていたどす黒いものが、その明るさで消えてしまったように感じた。


「余は、ログにでも会いにいくとするか」

「……そうですか。彼女の仕事の邪魔だけは、しないようにして下さいよ?」


わかっておるよ、と笑いながら、魔王様はその場を去った。


「魔王様!ついてきて下さって、よかったです!ありがとうございました!」


立ち去る魔王様の背中にフォールスが言うと、魔王様は振り返らないまま、手を上げてひらひらとさせた。

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