第16話 そして時は動き出す

あれから、止まっていた時間が急に動き出したようだった。


ログの母親を手にかけたのは、毒を飲んだ男ではあった。が、そうなるよう仕向けたのは、フォールスの父親であったと、本人が白状したのだ。


動機や方法などは、これから追求するとの事だが、じきに明らかになるだろう。


魔王様は、決して追求の手を緩めない。


きっかけとなった髪の束。

フォールスは一度、父親がその束を手に持ち、大切そうにしている姿を見ていたのだ。

それは一体?と尋ねたフォールスに、父親は一言こう返したという。


「世界で一番大切で、一番憎いひとの形見だよ」


***


「あ、フォールスくん!」


廊下を歩くフォールスの背中に、声がかけられる。振り向かずとも、彼には誰だかわかる。

だから。


「あっ!な、何で逃げるの!?」


ものすごい勢いで、その場から走り去るフォールス。

声をかけた人物は、追いかけようと思ったが、走りに自信がないことを思い出し、渋々諦める。


「なによ……逃げる事ないじゃない!!!」


その声は、フォールスにかろうじて届いたが、彼は振り向かずそのまま遠くへと消えていった。


「ごめん……ログ」


あの一件があってからというもの、フォールスはログと顔を合わせる事ができないでいた。

それも仕方のないことではある。実の父親が、好きな人の母親を殺した犯人と知ってしまったのだ。彼には何も責任はないはずだが、それでも、他人事と片付けることもできない。


犯人は、内密に処分され、突然の病死という事で片付けられた。魔王様は約束を決して違えないのだ。

そしてそれは、犯人の一族でさえ、真実を知らない……フォールスを除いては。


「いつまでも逃げ続けるわけにもいかないけど……くそ……どうしたらいいんだ」


フォールスは、滅多に人が来ない、魔王城の資料室に逃げ込んでいた。


ログの過去を知った場所。


部屋の一番奥、棚と棚に挟まれた死角で、フォールスは床に座り込む。息が荒い。

項垂れたまま、動けないでいた彼の背後に、何者かの影が覆いかぶさった。が、フォールスは気づかない。


「ちくしょう……なんでこんな事になったんだよ……好きな子を悲しませるようなことを実の父親がしていたなんて……もう、魔王城を辞めてどこか遠くの土地に行くしかないか……」


ぶつぶつとつぶやき、涙を流すフォールス。泣く事など、子供の頃以来だ。


「辞めないでよ」


突然声をかけられ、フォールスはビクッと体を震わせる。そして、恐る恐る振り返るとそこには。


「みーつけた」


困ったように笑うログがそこにいた。

フォールスは、立ち上がって逃げようとするが、狭い通路、ログを押し退けない限り出ることはできない。彼女に触れることは、今の自分にはどうしてもできない。

諦めて、浮かせた腰を再び床に置く。


ログは、フォールスが逃げ出さないだろうことを理解し、少しだけ彼に近づくと、同じように床に座った。そして目線を合わせる。


「どうして逃げるの?」

「別に……逃げているわけじゃ……」

「あれを、逃げてる以外になんて言うの?避けてる?嫌ってる?見るのも嫌?」


きつい口調で問うログ。目の周りが少し赤い。瞳が涙で潤んでいる。


「嫌じゃない!……そんなわけないだろう、僕は……君を……」


その先を言えないフォールス。だが、ログはその先を続けた。


「女の子として、好きって思ってる?」

「……そ、そうだよ!!!ごめん!!!」


直球で返されて、まともな返し方さえできないフォールス。


「ごめんって……それ謝ること?」


クスクス笑うログ。それを見て、フォールスは胸が苦しくなる。


「僕に好かれても、迷惑なだけだろう?きっと君は、僕を見るたびに嫌な思いをする」


だが、ログはわけがわからないといった顔で、首を傾げる。


「迷惑?嫌な思い?なんでそうやって、わたしの気持ちを勝手に決めつけるの?

わたしは!嫌なんて!ちっとも思ってない!わたしの言ってること分かる?」


はっきりくっきりと言われ、フォールスは「はい!」と返事するしかなかった。


「よろしい!……まったくさ、フォールスくんが何で悩んでるか知らないけど、わたしはずっと、変わってないよ?だから、今まで通り、仲良くしてほしい。ね?」


そう言って、ログはフォールスの手を優しく握る。あの時とは逆だ。


「まだ、恋がなにかも分からないから、男とか女とか、そういう関係になるのは無理だけど、わたしはフォールスくんと、この魔王城で初めてのお友達として、とても大切に思ってる。それより先のことは、進んでみないとわからないけど、今ここで繋がった縁が切れるのだけは嫌」


いつの間にか、ログは涙を流していた。

その顔があまりにも綺麗で、フォールスはただただ見惚れていた。


「わかった……勝手に君の気持ちを決めつけるような事をして、ごめん。

これからも、よろしくお願いします」


そう言うと、フォールスは、ログの手を取り、優しく唇を落とした。


「……友達は、こんな事しないんじゃないの?」


抵抗力がついたのか、ログは動揺する事なく、フォールスを睨みつけた。


「するよ……だって、僕はもう君を友達以上にしか見ていないからね」

「んー、もう!わたしはまだまだだからね!待ってても、無駄かもしれないよ?」


怒った顔も可愛いな……そう思いながら、フォールスは笑った。


「待つよ。だって、まだ僕たちはこれからだからね」

「いつまでもつかなあ……根比べだね」


フォールスの笑いに、ログもつられて笑った。

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