第15話 真犯人

「魔王様……少し、ログの事でご報告が」


魔王様の側近であるスクルは、最近耳にした噂について、魔王様へ報告に訪れた。


「ログの母親の事件について、何故か今頃になって噂が回っているようで……。事実とは違い、母親についてあまり良くない話になっているものもありました」


詳しくは言わなかったが、口にするのも憚られる内容である事は魔王様にも伝わっただろう。


「くだらん。そこまでして、ログを引き摺り下ろしたいか」

「反親和派も、なりふり構っていられないのでしょうか……」

「表だった動きをしなければ、目をつぶってやろうと思っておったが……そうも言っていられんところまで来たか。無くすのは惜しい人材ばかりだ」


腕を組み、天を仰ぐ魔王様。やはり、先代から受け継いだ人材は、頭が固い。新しい時代とは、どうしても相入れないのだろうか……。


「とはいえ、あまり混乱を招くような事もしたくない。何代もかかって、やっと落ち着いた時代を迎えられているというのに。何かいい方法はないかのう……」

「そうですね……。もういっそ、真犯人を探して吊し上げますか?」


真犯人。その言葉に、魔王様は舌打ちする。


「あれは……手がかりが少なすぎる。お手上げだと、あの時に結論が出てしまった。不本意だがな」


あんな不愉快なことはない、魔王様の表情にそれが表れている。


「あの場にいたはずの、もうひとり……全く痕跡が残っていなかったのですよね?」

「ああ。だが、確かにあそこには、犯人以外の何者かがいた」

「ログの母親の髪が、一部短く切られていたのですよね?その場に何本か落ちていたけれど、切られた量にはとても足りなかったとか」


魔王様は頷く。


「毒薬を飲んだ男は持っていなかった。もちろん、ログも母親もだ。それ以外の者が持ち去ったとしか考えられぬ」

「ログさんは、目撃していないのですよね?」

「ああ。ログは、男が毒薬を飲むところで部屋に入ったと言っている。もう少し早ければ、あの子の命も失われていたかもしれぬ。それだけでも、喜ぶべきだろうが……」


あの時の、涙に濡れながら、怒りに満ちたログの顔を、魔王様は思い出していた。


(あんなに美しいものを、余は見たことがない。それまでも……そして、これからもだ)


その時、執務室の扉が開いた。


「誰だ!断りもなく入るなど、許されんぞ!」


スクルが、扉を開けた人物を威嚇するよう怒鳴る。

だが、姿を見せた者の表情を見て、驚く。

そこには、真っ青な顔をしたフォールスがいた。


「その話……本当でしょうか」

「……何のことだ?」


魔王様との会話は外まで聞こえていたとは思えない。スクルは、手札を見せないよう問うた。


「自分は……耳がいい方で……おふたりの会話が聞こえてしまいました。

……持ち去られたというログの母親の……その髪の色は……明るい栗色のふわっとした髪質の、長さは……30センチほど……でしょうか……?」


苦しげに聞いてくるフォールス。言いたくない事を、無理矢理絞り出しているように見える。


「なぜお前が、それを知っている?」


魔王様が、恐ろしい眼差しを向けフォールスに問う。

ログの髪色は真っ黒のストレートだが、母親は彼女と違い、明るい栗色の、ゆるくウェーブした長髪だった。

ログだけを見て、母親の髪色や長さを言い当てることは無理だろう。


フォールスは、苦しげに顔を歪ませ、躊躇いながらも答える。


「……その髪の束を、大事に持つ者を……僕は知っています」


スクルは魔王様を振り返り、ふたりは顔を見合わせる。

本当なら、10年以上も手がかりがなかった事件の真相を明らかにできる。


「それは誰だ」


早く言え、そう言わんばかりに恐ろしい表情で問う魔王様。

だが。


「その前にひとつだけ、約束して下さい。その者の家族や親族は決して罪に問わないと。彼らは何も関係ない。それが約束されないなら、自分はその名前を墓場まで持っていきます」


この場で、交渉しようとするフォールスに、魔王様は暗い笑みを浮かべる。


「よかろう。その者だけを罪に問おう。だが、少しでも手を貸した者は別だ。それでいいか」

「はい」


そして、フォールスは深く呼吸する。

意味もわからなかった、その光景が、ここにつながるとは。信じられない気持ちのまま、彼はその人物を声に出した。


「私の、父です」


フォールスの父親、そしてログの母親の婚約者だった男。

彼の机の、鍵のかかった引き出しに、大切に仕舞われている……小箱の中身。

それこそが、魔王様が求めてやまないもの。

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