第14話 彼女の過去
秘書課は、魔王様やそれに次ぐ地位の方々の秘書が集まる部署のため、昼休憩もバラバラになることがほとんどである。
その日はたまたま、フォールスと、彼に絶賛片思い中の同期ジャイルが同じ時間に昼休憩となった。
このチャンスをジャイルが逃すわけもなく、ふたりは一緒に昼食を取る事になった。
ちなみに、以前ちょっとした事件があったが、ジャイルの記憶が曖昧だったようで、特に深く追求されることはなく、フォールスとしては一安心と言ったところだろう。
影で何かしらの力が働いたのだろう。
「フォールスくん、仕事はもう慣れた?」
「いや、毎日新しいことの連続で、慣れるどころじゃないよ」
いきなり魔王様の秘書となってしまったフォールス。第一秘書にフラスがいるとはいえ、やる事は山積み、臨機応変に動かなければいけない事もしょっちゅうだ。
「困ったことがあったら、何でも言ってね!フォールスくんの助けになれるなら……私……」
「うん、ありがとう」
どんなに鈍感でも分かるだろう、というくらいに、ジャイルの好意は分かりやすい。だからこそ、利用しやすかった。
「そういえば、この間お仕事で、フォールスくんのお父様とお会いしたのだけど……とっても紳士的な方なのね!とても偉い方なのに、気さくに話しかけて下さって、私がフォールスくんと同僚だという事もご存知だったのよ!私みたいな下っ端まで把握されてるなんて、感動してしまったわ!
……そうそう、息子をよろしくと言ってらしたわ、ふふ、なんだか照れちゃう」
「そう……父と」
フォールスの父は、彼になるべく早く、有力な家の娘と結婚しろとでも思っている。おそらく、ジャイルもその有力な家の娘と考える中のひとりだろう。
ジャイルの態度を見れば、結婚まで容易いと思ったのではないだろうか。
本音では、ログに思いを寄せていると言ってしまいたい。好きでもない女の子たちからアプローチされ、適当にあしらうことに心底辟易している。思い人がいれば、彼女たちも諦めもつくのではないだろうか。
だが、それを言ったが最後、ログの立場が悪くなるだろう事を想像できないほど、フォールスは愚かではない。
「フォールスくんは、子供は何人欲しいと思う?」
質問があまりにも直接で、思わずむせてしまう。
「んんっ、ごほっ、いや……僕はとくに……まだ結婚も考えていないから」
「そうなの?私は、3人は欲しいわぁ。週末には、娘と料理をして、旦那様と息子にお腹いっぱい食べさせてあげるの……憧れるのよね」
夢見がちな子だとは思っていたが、聞くだけで胸焼けがするようだと、フォールスは少しうんざりした気分になった。
(……ログなら、なんと言うのだろう。結婚や子供の事など、全く考えていないような気がする。人間と魔族の垣根を壊す事しか頭になく、ずっと仕事に邁進するのだろうか。そしていつか、魔王様の隣に妃として……いやいや!それだけは認められない!)
急に頭を抱え出すフォールスに、ジャイルは何事かと不安な表情を見せる。
「あ……あの、大丈夫?」
「ご、ごめん。ちょっと考え事してしまって」
「そう……ならいいけれど。
あ……そういえば、フォールス君知ってる?ログさんって、小さい頃お母様を事件で亡くされて、その後魔王様に引き取られたって話!私、ついこの間聞いてびっくりしちゃって!お父様も早くに亡くなって、身寄りがなかったそうよ。魔王様が引き取るなんて、すごいわよね……人間なのに」
「……事件で母親を、亡くした?」
「え、ええ!詳しくは知らないのだけど、家に忍び込んだ男に殺されてしまったそうよ……恐ろしいわ」
フォールスは以前、フラスに聞いた話を思い返す。あの時は、そんな事一言も言っていなかったではないか、と。
だが、フラスはログを大切に思っている人だ。あの場でそんな踏み込んだ話をするような人ではない、あえて避けたのだという結論に至るフォールス。
両親は存命だとばかり思い込んでいた彼には、ログの母親の話はかなりの衝撃だった。
「……ごめん、もう行かなきゃ。」
急に、ジャイルといる事に耐えられなくなったフォールスは、一言断りをいれると、席を立つ。
「あ……フォールスくん、またね!」
その言葉に、否定も肯定もせず、フォールスは休憩室を出ると、そのまま城にある資料室へと向かった。
***
人が殺されたという事件なら、新聞の記事になっているだろう。
そして、ログの母親は、魔王様の秘書だったとフラスが言っていた。
(まずは、ログの母親がいつまで働いていたかを調べれば、いつまで存命だったかが分かる)
なぜこんな事を調べる。調べてどうなると言うのだ。そう思いつつ、なぜか止めることができないフォールス。好奇心なのか、ログの全てを知りたいのか……本人にも分からない。
(あった!ログのラストネームと同じ人間の女性……ということは、ログは魔王様の養子にはならなかったのか。
……退職理由は、不慮の死。退職日の手続きは、亡くなった日からそう離れてないだろう。その辺りの新聞記事を探そう)
過去の新聞記事も全て残されている事に驚きつつ、該当する日付の辺りの新聞を抜き取るフォールス。
退職日から1日ずつ遡ってチェックしていく。そして、とうとう事件の記事を見つけた。
(男が忍び込み、ログの母親を殺害……犯人は毒を飲みその場で死亡……そのため動機は不明……被害者と犯人には何の接点もない……通り魔的犯行ではないかと推測される……被害者の娘もその場にいたが怪我もなく無事だった……)
最後の一文に、フォールスは思わず顔を歪める。
(母親が殺された現場に……ログがいた?なんて事だ、彼女は目の前で母親を失ったのか!?)
想像していた以上の内容に、調べた事への後悔に、そして……欲に負けた自分の下衆さ、それらの重さに押し潰されるフォールス。
(いや、それでも、ログへの思いは何も変わらない……それに、こんな事件があっても、今のログはそんな事微塵も感じさせない、前だけを向いているじゃないか……同情するなどもってのほかだ……忘れよう……今まで通りでいい)
変わらない、いやそれ以上に、フォールスの中はログへの想いが占めていった。
それは、彼が否定した憐れみの気持ち、なのかもしれない……。
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