第21話 エピローグ
ログが入城してから三度目の春を迎えた。
ログはその日、魔王様を連れてとある場所に来ていた。
ふたりの前にあるのは、ログの両親の墓。
父親は、ログが記憶にないくらい小さい頃に亡くなっている。母親から聞いていただろう父親の話も、ログには思い出せない。
ログは、母親がよく飾っていた花を、墓に供える。
「先生、母様って、どんな人だったの?」
一度も聞かれた事がなかった質問だ、と魔王様は思った。
「今まで、母親のことを聞かれたことはなかったから、少し驚いているよ」
「なんか、聞いたら、母様が死んでしまったことを認めるみたいで、嫌だったの」
そんな風に思っていたとは。長く一緒にいたつもりだが、いまだ知らないことばかりだ。
退屈しないな、と魔王様は笑う。
「……ログとは正反対のひとだったよ。真面目で、厳しくて、誰にも隙を見せない、鉄の女と呼ばれていたな。まあ、なにせ小柄で、よく吠える犬のような愛らしさはあったが」
「鉄の女……」
想定外の答えにログは驚く。彼女の記憶の中の母親は優しくて、たまに怒ることはあったけれど、決して鉄の女と言われるようなひとではなかった。
「あの頃は、今より、人間に対する風当たりが強かった。だから、魔王城の中で、彼女はそうせざるを得なかった」
「そんなに……?」
魔王城ではたまにログをよく思ってなさそうな態度のひともいたが、ログが共に働くひとたちは皆ログに好意的だ。
親の世代が、決してそうではなかったというのは、なかなか信じがたい。
「そういう空気を変えたくて、私は彼女を秘書に採用したんだ。大変に苦労したとは思うが、彼女のおかげで、魔王城に働く者の意識がだいぶ変わった。だから皆、娘であるログを大切にしているんだよ」
そうだったのかと驚くログ。母の遺したものは、こんなにも自分を守ってくれていたのだ。
「彼女に子どもができた時は、仕事を辞めると言われてな……必死で引き留めたのをおぼえているよ。結局、彼女が折れて、まだ赤ん坊だったログは、彼女が働いている間は私の姉様が世話をしていたんだよ」
「え?クライアさんが?知らなかった……」
「姉様は、子供が大好きなんだ……世話をさせろとしつこく迫ってきた」
その時のことを思い出し、魔王様は苦笑する。
赤ちゃん……なんて可愛いのかしら……すりすり……ほんとうに可愛い……と、クライアはログにメロメロだったのだ。
「母様は、今でも皆んなの心の中で生きてるのかもしれないね……」
「ああ、そうだな」
ログの胸が、苦しいくらい熱くなる。
これまでずっと、母親のことを思い出すたび悲しい気持ちにしかならなかった彼女の心が、今初めて、暖かい気持ちに変わった。
ログは、心を決めた。
墓に向かって、決意を伝える。
「母様……わたし、先生のお嫁さんになる。いいよね?」
息を呑む音が聞こえたような気がして、ログは後ろに立つ魔王様を振り返る。
「……私でいいのか?」
喜びと、ためらいとが混ざったような顔の魔王様に、ログはいたずらっぽく笑う。
「先生こそ、いいの?」
問われて、魔王様はログの手を取り、立ち上がらせる。
何も言わず、ログを抱き寄せた。
「ログでなければ駄目だ」
「……わたしも、先生じゃなきゃ、駄目」
体を少し離し、嬉しそうに笑うと、魔王様は、墓からログを隠すようにして、彼女に口づけた。
***
その年、魔王様が妃を迎えるということが国中に伝えられた。
人間だった少女が、魔族となり、妃となる。
人と魔族の間にある、目に見えない垣根。それがいまだ残るこの国も、きっと変わる。そんな予感に、国の誰もが心を躍らせたという。
魔王直下の相談室 じぇいそんむらた @rikatyuntyun
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