第12話 恋のライバル

「フラスさん、少し、雑談をしてもいいでしょうか?」


相談室から秘書課に異動したフォールスはある日、業務がひと段落して空き時間となった時に、指導担当のフラスに声をかけた。


「あらフォールス君……雑談?いいわよ、何か聞きたいことでも?」

「ログが、魔王様に師事しているのは、どういった経緯なのか……ご存じですか?」


噂では、実は愛人だとか、色々と飛躍した内容ばかり。フォールスは好奇心に勝てず、魔王城で一番魔王様に近い秘書のフラスなら正確に知っているだろうと思ったのだ。


「あら、ライバル調査?」

「え?どういう意味でしょうか……」

「ふふ……魔王様とログが、噂の通りの男女関係かどうか気にしてるのかしら……と思って」


やけに楽しそうな表情のフラスに、フォールスはたじろぐ。


「あなた、ログ嬢を見る時だけ、やけに艶っぽいのよ。相手がログ嬢だからなびかないだけで、魔族相手だったら大変なことになってるわよ」

「なっ……」


自覚が全くなかったフォールスは、驚きで固まってしまう。


「無意識に、相手を振り向かせようとしているのかもしれないわね。まだまだ若いわ、精進なさい」

「はい……」


魔力のコントロールが出来ていないと、遠回しに言われ、フォールスは悔しさと恥ずかしさに襲われる。しかもその原因が色恋絡みだから尚更である。


「あ、話が脱線しちゃったわね。ログと魔王様の馴れ初めよね」

「な、馴れ初め……!」

「ふふ、冗談よ。そうねえ、どこから話そうかしら」


しばらく考え込んでから、フラスは口を開いた。


「昔、魔王様の秘書に人間の女性がいたの。その娘がログ嬢。ログ嬢は、魔族さえ凌ぐ魔力を持って生まれたのだけど、当然人間には手に負えない……そういう理由もあって、魔王様が魔法を直々に教えることになったの」


そこまで聞き、フォールスは首を傾げる。


「でも、ログからはほとんど魔力を感じないです。魔法を使っているところも全く見たことがありませんが……」

「それは、普段は魔王様によって魔力を封印されているの。コントロールできるようにはなったようだけれど、それでも威力がすごくて、建物ひとつ簡単に吹き飛ばしてしまうとかなんとか……」


そこまでのものだとは……と驚くフォールス。だが、魔王様が直々というのも……魔法であれば他にも何人か、魔王様に次ぐ魔術の使い手はいるだろう。

フラスは、そんなフォールスの考えもお見通しのようで、こう続けた。


「魔王様は、人間との親和を重要視しているのは知っているわよね?自分の息のかかった、才能ある人間を手元に置きたい、という考えもあったの。魔族を凌ぐ才能を持ち、十言わずとも理解し、動けるようなそんな人間を」


幼い頃からの英才教育、ログの存在はうってつけだった。魔王様の秘書の子という点でも御し易い。普通の家庭であれば、魔族に自分の子を託すのも恐怖だろう。人間と魔族の間には、まだ見えない壁のようなものは存在する。


「まあ、色々理屈くさく説明したけれど、魔王様に下心がないわけでもないのよね」

「え……」


フラスの一言に動揺するフォールス。下心とは……まさか。


「魔王様がいまだ妃を迎えないのは、どうしてかしらね……ふふ」


いたずらっぽく笑うフラス。

そう、魔王様はこれまでひとりも妃を迎えていない。そろそろという声も、うるさいと一蹴しているとか。


「そんな……ログが妃……。いや、それはありえないのでは!?人間を妃に迎えるなど、前例がない。魔王様が良しとしても、周りの反発が大きいはず。流石にそれを無視するのは悪手すぎる」

「そう……人間のままでは、ね」


含みのある言い方に、フォールスは眉をひそめる。人間のままでは駄目……ならばどうするか。


「まさか……ログを魔族に?」

「そう。魔王様にだけは可能なの、知っているわよね?人間を魔族に迎え入れることが……たったひとりだけだけれど」


それならば、全くないとは言わないが、反対される事もなくなる。

人として魔王城で地位を得て、さらに魔族となり、妃の座に迎える。人間との親和という点でも理想的ではないか。


「……それでは、僕に勝ち目はないじゃないですか」

「ふふ、でも、そうとも言い切れないわよ?魔王様、ログがその気になるのをのんびり待っていらっしゃるもの……あなたの努力次第でどう転がるか……分からないわよ?」


諦めるにはまだ早い、その事実に、フォールスの胸は高鳴る。

自分であれば、人間のままでも伴侶として迎えられるとフォールスは思う。父親の説得は厳しいだろうが、長男でないことを考えると、何とかうまくやれるのではないか。


「あなたのお父様も、まったくの人間嫌いというわけでもなかったし……」


その一言に、フォールスは驚く。父が、人間嫌いではなかった?

城内でも、人間との親和に意を唱えているあの父親のどこにそんな要素が?


「あら、あなた知らないの?あなたのお父様、ログ嬢の母親と婚約までしていたのよ?」

「……え?」


あまりのことに、思考が追いつかない。父の婚約者が、ログの母親?


「色々あって解消になったけれど、それもあってか急に反親和になったのよね……ほんと、わかりやすいこと」

「それは……本当に知りませんでした……誰もそんなこと……」

「あら、余計なこと教えちゃったわね……。私が言ったということは、内緒よ?」


人差し指を、フォールスの口に当てて、怪しい笑みを向けるフラス。年上の女性の魅力に、思わずくらりと来てしまいそうである。


「わかりました……」

「よろしくね。あら、まあもうこんな時間!魔王様戻ってらっしゃる頃よ、仕事に戻りましょ?」


そう言って、先に部屋を出て行くフラス。

色々知りすぎたため、どっと疲労感に襲われたフォールスは、ため息をついた後、慌てて彼女の後に続いて部屋を出た。

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