第8話 魔王様は過保護

フォールスが家を訪れれば、さすがに出てくるのでは……そう考えたログの企みは見事成功した。


玄関から出てフォールスをうっとり見つめるジャイル。そこへ、隠れていたログが姿を表すと、驚いて家の中に逃げ込もうとする。

が、ログが彼女の手を引く方が早かった。


「逃げないで。あなたを責めるために来たんじゃないの」

「え……?」

「あなたの気持ちを聞きたい。それでどうこうするつもりはないの。納得できれば、何もなかったと報告する。だからお願い、話を聞かせて」


予想外の言葉だったのだろう、ジャイルは驚きの表情でログを見つめている。


「……わかりましたわ」


ジャイルの言葉に、ログは笑顔を見せた。


***


ジャイルは、ログとフォールスを応接間に通してくれた。

ログは、彼女が何を思っていたのかを尋ねる。


「フォールスくんと同じ部署にわたしみたいな人間がいるのが……目障りだった?」

「目障りだなんて!す、少し……うらやましいと思っていただけよ!……フォールス君がいるところで言うのも恥ずかしいけれど……」


もじもじするジャイルに苦笑するログ。


「確かに、部署は同じだけど、担当する仕事は全く別なの。だから、ほとんど接点もない……そうだよねフォールスくん」

「うん、お互いの上司も違うし。それぞれの上司のもとで仕事しているから、会話する機会もないんだ」


わかってもらえた?とログが聞くと、ジャイルは頷く。


「でも、同期の子たちが、言っていたわ。あなたとフォールス君が楽しそうに話してるって」

「え……ちょっと待ってよ!同僚と話すのに機嫌悪くする方が失礼でしょ!?」


嫉妬の心、恐るべし。


「でも、別に、だからといって何かしてやろうだなんて事は思っていなかったの……でも、最近、何故か急に憎しみが膨れ上がって……困らせてやろうと思うようになって……持病の薬が人間には禁忌だと書いてあったのを見て……」


わけが分からない、と言ったように、頭を抱えるジャイル。


「そうだったの……。じゃあ今は?今はもう、わたしに何かしたいとは思ってない?」

「ええ!魔王様に誓うわ!うらやましいと思う気持ちは今でもあるけれど、あなたに危害を加えたいなんて、これっぽっちも思わないわ」


そう言うジャイルを、ログは真っ直ぐに見つめる。


「……わかった、信じる。あなたは持病の薬が入った飲み物を持っていただけ。わたしに何かしようとしたわけじゃない。そうよね?」

「……そう……だけど……いいの?」


不安そうにログを見るジャイル。だが、ログは迷いなく言った。


「いい。わたしは、今のあなたの気持ちを尊重する」

「ログさん……ありがとう」


目に溜まった涙を拭うジャイル。

これで一件落着、と思ったログだったが、思いもよらない言葉を聞いた。


「……それは困るなあ」


フォールスの声に、ログは横に座っているはずの彼を見る。が、いつのまにか彼はジャイルの背後に立っている。そして、彼女の耳元で何かを囁いた。


「フォールスくん……何してるの?」


ログの問いに、フォールスは怪しい笑みを浮かべる。

ジャイルの肩を優しく抱いたその姿は、まるで物語の中の姫と王子のように美しい。


「君は目障りなんだよ?ねえ、ジャイル?君もそう思うだろう?」

「……ええ、憎くてたまらないわ」


思わず舌打ちするログ。

彼が魅了のスキルを持っていることは知っていたが、憎しみを植え付けるような使い方があるのか、と。


「それで?このあと、わたしをどうしようっていうの?」

「さあ?僕は何もするつもりないよ?でも、彼女には……何か思うところ、ありそうだけど」


くすくすと楽しそうに笑うフォールス。それに反比例して、ジャイルの表情は醜く、ログを睨みつけている。


「殺したいくらい憎い……人間なんているだけで穢らわしい。魔王城にも、フォールス君の側にいることも相応しくないのよ……」


聞くに耐えない言葉に、ログの顔が歪む。

フォールスは、よくできましたとジャイルの頭を撫でている。


「君の存在が、彼女にはどうしても耐えられないんだよ?耐えられないほどの憎しみに、生きていくのも辛くなっている……そうだよね?」

「そう……こんなの耐えられない……死んでしまった方がマシよ……」


ジャイルの言葉に、ログの背筋が凍る。


「ああ、こんなところにナイフがあるね……」


フォールスは、ジャイルの太ももにそっと触れる。そこには、護身用のナイフがある。


「これさえあれば、辛いことから解放されるんじゃあないかな?」

「……そうね」


ジャイルは、ナイフを抜き取ると、その刃を自らに向ける。


「でも……ログ君が魔王城からいなくなるなら、死ぬ必要なんてなくなるのにね……。ログ君、こんなに苦しんでいるジャイルが可哀想だと思わない?」


言いたいことは分かるだろう?と言わんばかりにログを見るフォールス。

ログが魔王城を辞めれば、魔王様から離れれば、ジャイルは死なないと。


「可哀想……そうだね」


ログはため息をつく。


「これから起きることを想像するだけで可哀想だよ……フォールスくんが」


なんだって、と言うフォールスに、ログはもう一度ため息をつく。


「わたしの保護者って、めちゃくちゃ過保護なの」


そう言うと同時にログは、背後に大切な人の気配を感じた。


「呼んだか、ログ」

「うん、先生」

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