第6話 女の嫉妬
とある日、事務仕事をこなしていたログに、ハヤシが声をかけてきた。
「ログちゃん、そろそろ、相談業務も担当してもらおうかと思ってるダヨ」
「わ、本当ですか!」
相談業務とは、持ち込まれた相談に対応する業務である。なんの捻りもない文字そのままの意味だね。
「早速なんだけど、本人への聴き取りに行ってきて欲しいダヨ。はいこれ、相談者の詳細ヨ」
ハヤシに渡された紙には、相談者の名前や顔写真、所属部署などが記載されている。
ざっと目を通したログは、あれ?と首を傾げる。
「この人、どこかで見たことがあるような?」
秘書課のジャイルという女性だが、いまいち思い出せないでいるログに、ハヤシが少し呆れた表情で言った。
「ログちゃん、同期の顔くらいおぼえておくダヨ?」
「あ……ああ!同期の子!……いや、言い訳はしたくないんですけど、実は同期と仲良くなる機会がないままでして……」
それもこれも、ログと同じく相談室に配属されたフォールスが原因なのである。
彼の美しさに同期の女性陣は、同じ部署へ配属されたログを目の敵にしているとかなんとか。
……そんなことしても、意味ないのにねえ。
「じゃあ、いい機会だし、親交も深めてくるダヨ」
「親交ですか……まあ、相談業務は相手に心開いてもらわないと始まらないですもんね……とりあえず当たって砕けてきます!」
おーい、砕けちゃだめだって。
***
「相談室のログと申しますが、ジャイルさんいらっしゃいますか?あ、はい、わかりました、ここで待ってますので」
ログは、秘書課入口の内線で、相談者のジャイルを呼び出していた。
「あら、ログ嬢じゃないの」
「あ、フラスさん、こんにちわ!」
ちょうど入口のドアから出てきたフラスに、受話器を置きながら挨拶する。
「秘書課にご用事?」
「あ、はい、今ジャイルさんをお願いしたところで」
「あらそうなの。新人なのに相談室を使うなんて、どうしたのかしら……って、いけないわ、これは相談室にお任せするべきことよね。ログ嬢、よろしくお願いね」
「はい、できる限りのことはさせていただきます」
「あら、心強いこと。じゃあ、わたくし失礼するわね」
ジャイルが出てきたのを見て、フラスはその場を立ち去った。
「お待たせしました、ログさん。わざわざ来てもらってごめんなさい。会議室を取ってあるから、そこでお話聞いてもらえる?」
「はい、大丈夫です!」
ジャイルに案内され、秘書課近くにある会議室へと入るログ。
ジャイルと向かい合わせで座る。
「これ、よかったらどうぞ」
ジャイルから飲み物を差し出される。いつも来客に配る用の飲み物だろう。
ありがとうございます、と受け取るログ。
「なかなか美味しいのよ、ぜひ飲んでちょうだい」
「そうなんですか、じゃあ後でいただきますね」
そう言い、持参したノートを開き、ハヤシから受け取った相談者の情報が書かれた書類を横に置いた。
すると慌てた様子のジャイルが言う。
「あ、あ、ぜひ、今飲んでいただきたかったのに!」
挙動不審な様子を、ログは見逃さなかった。
「いいえ、後でいただきますから。まずはお話を……」
「そんな、ぜ、ぜひ飲んでほしいんだけど、ね?ね?」
ログはひとつため息をつくと、ジャイルを真っ直ぐ見つめる。が、すぐ目を逸らされてしまう。
「ジャイルさん、どうしたの?様子がおかしいけれど。……この飲み物に、何か?」
「べ、別に!何もありませんけど!?」
「……そうですか。じゃあ、ちょっとお待ちいただいて」
そう言うと、ログは会議室にある内線で秘書課へとかける。
「相談室のログと申します、フラスさんお戻りでしょうか?あ、お手数ですが会議室にいますので、こちらまで来ていただけるようお伝えいただけますか?はい、お願いいたします」
がちゃん、と内線を置き、ジャイルをちらと見る。明らかに、やべーと思っている表情だ。
そして1分ほどして、会議室のドアが開く。
「ログ嬢、何かありました?」
「フラスさん!お忙しいのにお呼びしてしまいすみません」
フラスが会議室へと入ってくる。ぺこりとおじぎをした後、ログはジャイルに向き直る。
「ジャイルさん、この飲み物、何も問題がないなら……フラスさんに飲んでいただいても問題、ないですよね?」
「あ……え……そ……それは……」
ログは飲み物をフラスに手渡す。その瞬間、ジャイルは顔を真っ青にし、慌ててフラスに駆け寄り飲み物を奪い取る。
「ご……ごめんなさい!」
「……ジャイルさん?これは、どういうことかしら?」
フラスは突然の出来事にも動じることなく、ジャイルに問いかける。
だが、ジャイルは答えられない。
「……ログ嬢、ここはわたくしに任せていただけるかしら?わざわざ来ていただいたのに、ごめんなさいね」
「いえ、では後はよろしくお願いいたします」
ぺこりとおじぎをし、荷物を回収して会議室を出るログ。
「相談業務デビューは延期か……残念」
と、呟いた。
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