第2話 魔王様の秘蔵っ子

魔王城の、限られた者しか立ち入る事が出来ないエリア。その扉の前で、新入社員ログとその上司ハヤシは立っていた。


「ああ……やだな……なんかやだな……」


小声でぶつぶつ言うログに、苦笑いのハヤシ。


「まだ言ってるヨ、まったく困った子ダヨ」


すると、目の前の扉が開き、魔王の側近であるサイクロプス族の青年スクルが顔を見せた。

元々は巨人の一族だが、今ではすっかり普通の人間サイズである。


「ログ、ハヤシさん、お待たせ。中へどうぞ」


だが、ログはなかなか動こうとしない。もじもじ、もじもじ……。


「どうしたんだよログ、早く入りなよ。魔王様、待ちくたびれて手に負えないんだよ」

「だって……どんな顔して会えばいいかわかんないんだもの……」


それを聞きスクルは吹き出す。


「なに?もしかして、仕事の場で魔王様と会うのが恥ずかしいの?」

「だって……今までわたし、子どもみたいにじゃれついてた相手なのに、急に仕事の偉い人と下っ端みたいな関係で会うって……なんかわからないけど恥ずかしくなって……」


スクルとハヤシは、やれやれと言って顔を見合わせた。


「ログ、それを分かった上で入城試験を受けたのだろう?だったら、堂々としなさい」


先程と違い、厳しい口調で話すスクル。

ログは、一瞬傷ついた表情を見せるが、気合を入れるため両手で顔を叩いた。


「そうでした、すみません」

「……ならよろしい。行こう、魔王様がお待ちだ」


ログとハヤシは、スクルに続いて扉の中へと向かった。


***


長い廊下の先、もう一つの扉が待ち構えている。

スクルがその扉をノックし、扉の向こうへ告げる。


「魔王様、新入社員のログとその上司ハヤシを連れて参りました」

「遅かったじゃないか!」


声が聞こえると同時に、扉が勢いよくバーン!と開いた。


開いた扉の向こうには、あの、黄色い悲鳴に包まれていた魔王様が仁王立ちしていた。


「待ちくたびれたぞ、ログ!」


嬉しそうに、かつ偉そうに、魔王様は笑顔を浮かべている。


「お待たせして申し訳ありませんでした!新入社員のログと申します、よろしくお願いいたします!」


そんなログの背中を、よくできました、といった顔で見ていたハヤシとスクルであった。


***


ソファに座り、向かい合う魔王様とログ。

ハヤシとスクルは別室待機だ。


秘書のデルピュネ族フラスが、2人の前に紅茶の入ったカップと、お菓子の入った籠を置き、部屋を出ていく。


「ログもとうとう社会人か……時が経つのは早い」


美しい所作で紅茶を飲む魔王様。


「親戚のおじさんにも、全く同じ事言われました」


その言葉に、魔王様は笑う。


「それはそうさ、私もずっと君の成長を見守ってきたのだからね。おじさんみたいなものさ」

「そうですよね先生、あ……違う、魔王様」

「ああ、今はいい、2人きりだ、先生と呼んでくれ」


そう、実は魔王様、ログが幼い頃から、彼女の魔法の先生をしていたのだ。

当時は魔王である事を隠し、ログを指導していたが、いつまでも隠し通せるわけもなく。結局それでも、先生生徒の関係は終わる事なく続いていたのだった。


「いずれは私の側で働いて欲しいと思って、相談室のバイトを紹介したが、まんまと策にはまったなあ。早く僕の元まで辿り着くがいいさ」


出世してこい的な意味なのだろうが、魔王の血筋は言葉のチョイスも独特になるのだろう。


「……先生、ひとつ聞きたいんですが、入城試験はちゃんと判定してもらえたんですよね?」


万が一コネなるものが働いていたら、ログはそれを密かに心配していた。

魔王の生徒だから、アルバイト経験があるから……そういう点を優遇されるのはまっぴらごめんだと、ログは思っていた。


「それは、余の部下を侮辱している質問だが?」


魔王様の瞳に怒りが宿る。

ログは、目の前の相手を信じていなかった自分に気づき、顔を青くした。


「すみません」

「いや、いい。それだけ君は皆に愛されている。そう思ってしまうのも仕方のない事だろう。

だが、そのような事は一切ない。純粋な君の努力によって勝ち取ったものだ」


魔王様の言葉に、目頭が熱くなる。


「ログ、おめでとう」


優しく微笑みを向ける魔王様。

先生であった時に見せてくれていたその微笑みに、ログの涙腺が決壊した。


「泣がざないでぐだじゃい……」


鼻をズビズビさせながら、ログは言った。


***


秘書が控える隣室の扉から、ハヤシとスクルは魔王様とログが話す光景を覗き見ている。


「うっ……泣けますヨ……ログちゃんよかったダヨ……」

「あの子も色々と苦労しましたからね……よくここまで来たなと思うと、グッと来るものがありますね」


そんな2人を、冷ややかな目で見る魔王様秘書フラス。


「お二人とも、そのような下品な真似はおやめになって。ほら、お茶が入りましたよ」


ハヤシとスクルはそっと扉を閉め、お茶が置かれたテーブルの前に座る。


「でも、本当によかったですわ。人間が入城試験に合格するなんて、ほとんどありませんから」


自分用のお茶を置き、フラスも席につく。


「今年は倍率も高かったと聞きましたヨ」

「ですね。試験担当官が頭を悩ませてましたよ、数が多けりゃいいってもんじゃなーい!って」


スクルは、その担当官の愚痴を山ほど聞いてやっていたのだ。


「でも……正直言うとわたくし、ログさんは特別枠でも作ってねじ込むのかしら?なんて思っていましたわ」

「ワタシも実はそう思ってたダヨ」

「……自分もです」


こらあんたたち、魔王様の部下を侮辱してるぞ。


「でもあの子には、そんなものなくても大丈夫ダヨ。2年間見てきたワタシには分かるヨ」


正確には、2年間かけ、相談室の全員でログを育て上げた。

ちっぽけな種だった少女が、やっと蕾をつけたのだ。


魔王様の秘蔵っ子、ログ。


大輪の花を咲かせるか、または無惨に踏み潰されるか……それは誰にも分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る