第1話 相談室の新入社員
魔物が蔓延り、魔王が支配する国。
人間は迫害され、恐怖が支配していた……のは昔々のお話。
「きゃー!!!魔王様ぁ!!!」
「魔王様あ!結婚してえ!!!」
街中を進む馬車に、人間の女がたくさん群がり、黄色い悲鳴をあげている。
馬車の窓から顔を出し手を振るだけで、女たちからはさらに黄色い悲鳴が上がり、中には気絶してしまう者さえいた。
そんな、女性のハートを掴んで離さないのは、5代目魔王にして魔性の美しさを持つレミス。
彼は、女性たちに手を振りながらも、街の風景に目を細める。
「平和だなあ……」
***
何百年も前の話。
殺戮の限りを尽くした初代魔王の非道は止まることを知らなかった。だが、その息子である王子は、人間との和睦を望み、その手で父親を倒したのだった。
王子は、父親の罪を全て背負うといい、人間への償いに身も心も尽くしたという。
初めは憎しみをぶつけていた人間たちも、王子の誠意に少しずつ心動かされ、それから5代目が成人する頃には、魔物と人間は共に手を取り合って暮らすようにまでなったのである。
***
そんな、すっかり平和になった魔王城、その城下町の外れにひっそりと佇む古民家がある。
その玄関脇には「相談室」と書かれた古びた看板が立っている。
ここは、魔王城で働く者たちの相談室。
忙しい魔王や側近に代わって、さまざまな相談事を聞き、適切に対処する部署である。
魔物ばかりの部署だが、ひとりだけ人間も働いている。その人物の名前は……。
「ログちゃん!おはようダヨ!」
「おはようございますハヤシ先輩!」
竜族のハヤシに挨拶を返したのが、この相談室で働く唯一の人間、ログ。
18歳になったばかりの女性で、2年前からバイトとして働き始め、高校を卒業すると同時に正社員採用された。
今日は、正社員としての勤務初日である。
「しばらく会ってなかったから、寂しくて寂しくて、鱗が荒れちゃったヨ」
シクシクと泣き真似をするハヤシ。
だがログは鼻で笑う。
「またまた……寂しいなんてウソばっかり。溜まった仕事を押し付ける相手がいなくて困ってただけ、ですよね?」
「うっ、なぜわかったのヨ……」
本音を言い当てられたハヤシに、ログは、やれやれという表情で言った。
「だって、机の上、書類の山ですもん」
「うえーんダヨ!!!」
ハヤシは本気で泣いた。
***
「えー、みんな、新入社員さんの紹介をしますよ」
室長で吸血鬼族のディフが言うと、みな仕事の手を止めた。
「今日は、我が室実に5年ぶり!5年ぶりに新入社員を迎えます!しかも2名!いやあ、実に喜ばしい!」
オフィスから、わーい!とか、よくやった室長!といった喜びの声があがる。
「まずは、エルフ族のフォールス君。彼はすごいんですよ、入城試験ダントツトップ!なのに配属希望が相談室というね……他の部署からは悲鳴が上がったという噂を聞いていますよ……フフフ」
嬉しそうに笑顔を浮かべる室長。
不気味な笑顔で彼の右に出る者はいない。
「フォールスです。説明会でこちらの業務にとても惹かれて配属希望いたしました。
社会人としては知らない事ばかり、皆さんから学ばせていただきたいと思います。よろしくお願いします」
フォールスのお辞儀とともに拍手が起こる。
「そしてもうひとり……まあみなさんご存知かとは思いますが、2年間アルバイトとして大変頑張ってくれたログくんが、見事正社員として採用されました!」
オフィスに、大きな拍手が響き渡る。
待ってましたー!と喜びの声。
「ログです。アルバイト時代は、皆さんに守られてばかりいました。でも今日からは正社員として、みなさんと同じ立場で動く立場です。頼られるような存在になれるよう、必死で頑張ります!」
深くお辞儀をするログに、皆が喜びの拍手を送った。
「えー、本日が勤務初日ということで、彼らもですが、我々も、先輩として新たな気持ちで仕事に取り掛かりましょう!」
室長の言葉に、オフィスには「はい!」と返事が響いた。
***
挨拶の後、フォールスは室長から仕事の説明という事で別室へ連れられていく。
そしてログは、上司となったハヤシと早速仕事に取り掛かっていた。
「ハヤシさん……不思議です……私、新入社員なのに、手に取るように仕事のやり方が分かります」
「きっと上司のワタシの教え方がいいからですヨ」
などと冗談を言いつつ、山積みの書類を片付けていく2人。
「OJTにピッタリだと思って、仕事を取っておいてよかったダヨ」
「ウワーダレカタスケテーパワハラデスー」
ログの言葉に、オフィスが笑いに包まれる。
みな、仕事をしつつも、ログの様子が気になって仕方ないのである。
「あらあら、出来の悪い上司には困ったものねぇ……お仕置きが必要かしらぁ?」
2人分のコーヒ缶を持った妖艶なマダムが、ログとハヤシのそばに来た。
「あ、クライアさん!」
ログがぱあっと嬉しそうな表情になる。
サキュバスのクライアは、相談室設立当初からのメンバーで、優しく時には厳しい、みんなのお母さん的存在である。
ログも、クライアのことが大好きなのだ。
「はい、貰い物だけど、よかったらどうぞ」
そう言って、コーヒー缶をログとハヤシに手渡す。
「わあ、マックスゲロ甘コーヒーだ、嬉しい!ありがとうございます!」
「おお、嬉しいダヨ」
お砂糖たっぷり、疲れた脳にこれ1本!
マックスゲロ甘コーヒーは、社会人にとって欠かせない飲み物だ。
「何か困ったことがあったらすぐ言うのよ?クビ飛ばしてあげるからぁ……物理的に」
何かおっかない発言を残して、クライアは自分のデスクへと戻っていった。
「さてと、背筋も凍ってシャキッとしたし、そろそろ挨拶回りに行きますヨ」
「挨拶回り?」
「ええ、魔王様がおまちかねヨ」
そう、ここは魔王直下の部署。魔王やその側近たちに挨拶に行くのは当然なのだが。
「気が進まないなあ……気まずいなあ……」
頭を抱えるログ。
「ダメですよログちゃん、プライベートと仕事はきちんと切り分けて考えるんですヨ?」
「……分かってますよお……行く……行きますよ……」
ログがこんなにも嫌がっている理由、それはこの後すぐに判明するのであった……。
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