第183話 告白と自己鍛練


「立原くんが好きです! 私と付き合ってください!」


「………………」


 学校が始まって数日後、川端さんから公園に呼び出しを受けて告白された。夏休みに海で遊んでいた最後の時も告白されそうな雰囲気だったから、天地がひっくり返るほどの衝撃とまでではないが、それでも驚いている。


「……ごめん。好きな子がいるんだ。だから川端さんと付き合うことはできない」


 そう、今の俺はサーラさんが好きだ。まだ異世界の扉は直っていないし、仮に異世界への扉が閉ざされたとしても、そんな気持ちのまま川端さんと付き合うことはできない。


「そっか、好きな人がいるんだ……やっぱり私じゃあ立原くんには釣り合わないね……」


「いや、そんなことは絶対にないよ! 川端さんは綺麗だし、優しいし、むしろ俺なんかにはもったいないからね! もしも俺に好きな人がいなかったら、迷わずに付き合っていたよ!」


 正直に言うと、海に行った時に川端さんに告白されていたら、川端さんと付き合うことになっていたかもしれない。あの時はまだサーラさんへの自分の気持ちには気付いていなかったからな。


「……そっか。立原くんにそう言ってもらえると嬉しいよ。振られちゃったけれど、今まで通りに接してくれると助かるかな」


「もちろんだよ」


「うん! それじゃあまた明日学校でね!」


「うん、また明日ね!」


 川端さんは走って公園から去っていった。本当に彼女は俺なんかにはもったいない女性だ。そんな彼女からの告白を断らなければいけないというのは、本当に心が痛む。川端さんほどの綺麗で優しい女性から告白されるなんて奇跡は、もう俺のこの先の人生で二度とないかもしれない。






『こんにちは。これはペンです。あなたは誰ですか?』


「……ふう。今日はこのくらいにしておくか」


 異世界へ行けなくなってから2週間が経過したが、まだ異世界への扉は直らない。アンデからは3日に一度、進捗状況を書いた紙を異世界の扉を通して送ってもらっている。


 アンデは大魔導士の力を俺から継承し、異世界への扉を繋げる魔法を使えるようになった。俺に詳しいことはわからないが、そのおかげでこの魔法の研究は劇的に進むようになったらしい。


「いつ扉が直ってもいいように、俺も頑張らないといけないな」


 今俺がやっているのは、異世界での言語の勉強だ。ボイスレコーダーによって記憶したアンデの音声と、こちらの世界の辞書を向こうの世界の文字に置き換えたお手製の辞書で、異世界の言語を勉強している。


 継承魔法により、言語理解能力がなくなってしまったので、俺はもう向こうの世界の言葉は話せない。そのため、俺は異世界の言語を一から学んでいる。


 俺は部活には入っていないから時間は沢山ある。サーラさん達と話すためという具体的な目的があるため、英語を学ぶ時よりも遥かに集中して学べている。


「言葉は順調なんだけど、魔法のほうが全然進まないんだよなあ……」


 魔法の鍛錬のほうも同様に行っているのだが、こっちのほうの進捗はイマイチだ。『はじめての魔法』とかいう初心者用の魔法の教本を向こうの異世界から持ってきて、こちらの世界でも魔法が使えるようにならないか試しているのだが、まだ魔法を使うことができてはいない。


 大魔導士の力を継承した時に魔法が使えたということは、こっちの世界でもまったく魔法が使えないというわけじゃないと思うんだけどな……


「フー助、ちょっと気分転換に散歩でも行こうか?」


「ホー!」




「母さん、ちょっとフー助と散歩に行ってくるよ」


「遅いんだから気をつけなさいよ」


「わかっているよ。そんなに遠くには行かないから」


「ホー♪」


 母さんにはフー助のことを話して、家で飼う許可をもらっている。怪我をしていた野生の野良フクロウを拾って、治療したら懐かれたという苦しい言い訳だったが、無事にフー助は立原家の一員となったわけだ。これにより家の中では元の大きさで自由に飛び回っている。


「はあ……はあ……」


「ホーホー」


 こちらの世界に戻ってきてからは、身体のほうも鍛えている。体型維持スキルがなくなっても元の太った体型に戻ることはなかったが、いつリバウンドするのかわからないし、異世界に再び行くことを考えて役に立つかわからないが、少しでも身体は鍛えておかないといけないからな。


 ちなみに先日守さんにお願いしていた宝石や金貨の売却のほうもうまくいき、今の俺の銀行口座には5000万円を超える大金が入っている。


 そんな大金を手にした俺だが、ビビって数万円しか下ろしていない。お金を使ったのも、普段の買い物で家の家計をこっそり助けているくらいだ。


 こんな大金を実際に手に入れたら、逆に使えなくなるんだよな……これといった使い道もないし、まだこの数倍の宝石や金貨が家にある。さすがにそんな高価な物を家に置いておくのは怖いので、今度貸金庫をいくつか借りて分散させて保管しておこうと思っている。




「ただいま〜」


「ホー」


「お帰りなさい。明日も学校なんだから早く寝なさいよ」


「うん、シャワーを浴びたらもう寝るよ」


 フー助と一緒にシャワーを浴びてから自分の部屋に戻る。


「さあ、明日も頑張るか。さて、いつものように……」


 脚立を出して、異世界へと繋がっている扉を確認する。最近は毎日寝る前と学校から帰ってきた際に、まだ異世界への扉が繋がっていることを確認するようにしている。


「んなっ……!?」


 今日学校から帰ってきた時には、確かに天井にあったはずの黒い面……それがいつの間にかなくなっており、天井にはポッカリとした穴が空いているだけだった。


 腕を空いた穴に通すが何も起こらない。意を決して頭を通してみるが、そこには暗くホコリの溜まった屋根裏があるだけだった。


「異世界への扉が閉じてしまったのか……」


 アンデが異世界への扉を直す前に、魔力を取り込む機能が切れてしまったようだ。


「一度扉が閉じたら、この世界と座標を繋ぐのが難しいと言っていたけれど大丈夫かな……」


 確か一度扉が閉じてしまうと、この世界の俺の部屋に扉を繋げるのが難しくなると言っていた。こんな状況でも俺には何もできることがないという事実に悔しくなる。あとはもうアンデを信じて待つことしかできない。

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