第181話 なくなった力


「あががががががが!」


 俺の身体から力が抜けたと思った瞬間にアンデが急に苦しみ出した。もちろん事前に継承魔法はかなりの苦痛を伴うとアンデには伝えてある。


 よかった、下手をしたら継承する側の俺のほうにも、またあの地獄のような痛みが襲ってくるのではないかと心配していた。もうあの長い間続く痛みは二度と味わいたくない。


 やはりこの継承魔法の痛みはどんなに身体能力があっても、痛みは発生するらしい。……アンデのこんな苦悶の表情を見たのは初めてだ。


「……ってあれ、なんでだ?」


 継承魔法によって大魔導士から継承していた力をアンデへと継承したはずだ。その証拠に魔法やスキルを使おうとしても使うことができなかった。


 しかし、力を失ったにもかかわらず、俺の体型は元の太った姿には戻っておらずに、先程のままだった。……いや、上着をめくって確かめてみたが、割れていた腹の筋肉がなくなっていて、少しだけぽっちゃりしているから変化はあったらしい。


「……なんで体型維持スキルがなくなっていないんだ? いや、もしかしたらスキルがなくなってこの体型だったりするのか?」


 あれか、体型維持スキルを使ったまま、運動……というよりは戦闘をしていたから、痩せたってことか? 確かにあの体重であれだけ動いていたら間違いなく痩せていくとは思うが……


「うぐぐぐぐぐぐぐ!」

 

 ……とりあえずアンデが苦しんでいる横で、そんなことを考察していても仕方がない。アンデもこんなに苦しんでいる姿は他人に見られたくないだろう。


 アンデを置いたまま扉を通って元の世界に戻ってきた。大魔導士の家にはこちらの世界で購入しておいた飲み物や保存食をたくさん置いてあるから、継承が終わったら自分でなんとかできるだろう。




「ファイヤーボール!」


 ……やはりというべきか魔法は使うことができない。それに先程よりも身体が重い気がする。どうやら継承魔法自体は問題なく発動し、大魔導士の力はアンデに渡っている最中のようだ。


 そしてありがたいことに俺の体型は、先程よりも少しだけ太ったくらいですんでいる。これなら母さんに見られても変に思われることはないだろう。


「それにしても、元に戻ったか……」


 もう魔法も使えない、スキルも使えない、力もなくなった。幸い体型だけはなぜか少し太ったくらいだったが、もう大魔導士の圧倒的な力はない。そう思うと、なんだか今までの出来事がすべて夢だったように感じる。


 いや、そんなことを言っている場合ではないな。異世界へ繋ぐ扉を直すことはアンデに任せてしまうことになるが、たとえ大魔導士の力がなくなったって、俺には俺のやることがある。


「ホー!」


「そうだよな、フー助は一緒にいてくれるもんな」


 そう、夢なんかじゃない。フー助はいてくれるし、サーラさんやリリスさん達やみんなと出会ったことは決して夢なんかじゃないんだ。


「よし、できることから一歩ずつだな!」


「ホー!」






 大魔導士の力をアンデに継承してから3日が過ぎた。とりあえず継承魔法を発動した半日後に、アンデから異世界の扉を通して、無事に大魔導士の力を継承できたと連絡があった。


 これからは障壁魔法の破損により、いつ異世界への扉が閉ざされてしまってもおかしくない。そのため、これからは手紙を通してやりとりをする。ないとは思うが、首だけ扉を通した状態の時にタイミング悪く扉が閉じてしまうと、そのまま首と胴が泣き別れになってしまう可能性もあるらしい……


 もちろん俺は言語理解スキルをアンデに継承しているので、やりとりは日本語で行っている。もしも異世界の扉について何か進展があったら手紙で教えてくれることになっている。


 そして俺のほうはというと、長かった夏休みが終わり、ついに学校が始まった。


「あ〜あ、だりいなあ。もう明日から授業が始まるのかよ……」


「それにそろそろ来年の受験のことも考えないといけない時期だよね……」


 安倍も渡辺も久しぶりだが元気そうだ。まあ元気なのは肉体的だけで、精神的には沈んでいるみたいだ。夏休み明けだから当然といえば当然か。


「そうだな、将来のこともいろいろと考えないといけないよな」


「そういう現実は見たくないんだよなあ」


「そうだよねえ……あれ、立原くんなんか雰囲気変わった?」


「うん? ああ、そういえば体重が少しリバウンドしたな」


「いや、そういうことじゃねえって。渡辺の言う通りなんつーんだろ、雰囲気……姿勢、よくわかんねえけど一緒にバイトした時よりもなんか違う気がする」


「……むしろ夏休みで怠けすぎて、その時よりも力やスピードは落ちている気がするけどな」


 夏休みのバイトの後に異世界でいろいろとあったし、今はやることがあるからな。少しくらいは俺の面構えも良くなってきているのかもしれない。


 さあ、忙しくなるぞ。とりあえず始業式の終わったあとは守さんの家に行く予定だ。大魔導士の力がなくなった今、これまでしてきた救助活動などはできない。そのことを伝えにいくのと、守さんにはお願いしたいことがある。

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