第180話 別れの時


 サーラさんと初めてキスをした。というよりも、今までの人生の中で女性との初めてのキスだった。キスというのはあれほど幸せな気持ちになるものなんだな。


 彼女を抱きしめて改めて思ったのだが、やはり彼女はまだ幼い。そんな彼女をいきなりこっちの世界に連れていくわけにはいかない。


 彼女とキスをしたあと、アンデと連絡を取るために、俺が以前に使っていた大魔導士が作った連絡用の魔道具を渡した。サーラさんに何かあった時には、アンデに力を貸してもらうように頼んである。同様の魔道具をリリスさん達にも渡しており、リリスさん達だけでなく、他のみんなにも緊急事態があれば、アンデに連絡をするように頼んである。


 アンデには世界を繋ぐ扉の修理だけでなく、みんなのことも頼んでしまって、本当に感謝している。そして連絡用の魔道具だけではなく、この世界のお金や大魔導士が作った魔道具の中から、サーラさんの身を守れるような魔道具を片っ端から渡しておいた。


 さすがにもうこの国の第一王子も第二王子もサーラさんの命を狙ってくることなんてないとは思うが、何が起こるかわからない世界だからな。用心するに越したことはない。


 他にも余っていたドラゴンの素材やら食材など、俺が収納魔法にしまっていた物もすべてサーラさんに渡してある。ちなみにリリスさん達には、大魔導士が作ったチート武器をいくつか渡している。さすがに天災の死骸は置く場所も使い道もなかったので、このままアンデに引き継ぐ予定だ。






 この異世界でお世話になった人達に別れを告げ、仮にこちらの世界と異世界を繋ぐ扉が閉じてしまったとしても大丈夫なように、いろいろと準備をしてきた。


 時間も数日は経ってしまい、大魔導士の家にある破損した障壁魔法に残っている魔力も少なくなってきた。いよいよ今日アンデに継承魔法を使って、俺が継承した大魔導士の力をアンデに継承する。


 そしてそれを境に、いつこの扉が閉じてしまうかわからないため、扉が直るまでは俺がこちらの世界へ来ないようにする。


「マサヨシ、何度も聞くが本当にいいんだな?」


「ああ、前にも言ったけれど、俺が元から持っていた力なんて何もないんだ。だからそれが元に戻るだけさ。それよりも全部任せることになって悪いと思っているよ」


「……ふん。それこそマサヨシが気にする必要はない。我がやりたいようにやっているだけだからな。それに決闘では我を殺さず、師匠の力を継承させてもらうのだ。その恩を仇で返すほど我は愚かではない」


「……その気持ちはとても嬉しいんだけど、あんまり無理はし過ぎないでくれよ。俺の寿命だってどんなに長くてもあと60年くらいだし、本当に無理だと思ったら、諦めても恨みはしないからな」


 いくらアンデがハイエルフとはいえ、この異世界への扉を直すために、何十年、何百年の月日を費やしてもらうわけにはいかない。というかそもそも俺がそこまで長生きできないと思う。


「それこそ我の勝手であるな」


「……まあそのあたりはアンデに任せるよ。アンデが継承魔法の力で別の世界への扉を繋げる魔法が使えるようになったら、すぐに直せるようになる可能性もあるしな。それじゃあそろそろ継承魔法を使うぞ」


「その前にひとつ聞きたいのだが、その格好はなんなのだ……?」


「俺は元々ものすごく太っていたんだ。だから体型維持スキルを継承してしまうと、元の体型に戻ってしまうんだ」


 そう、俺は元々かなり太っていた。だから大魔導士から継承した体型維持スキルがなくなれば、元の太った姿に戻ってしまうことになる。さっきまで着ていた服だと漫画のように弾け飛んでしまいそうなので、太っていたころの服を引っ張り出してきて着ているというわけだ。


 アンデからしたらダボダボの服を着ていて、何をしているんだこいつは、状態だろうな。先に体型維持スキルをオフにしてから継承魔法を使えばいいだけなんだが、できる限り痩せた今の姿でいたいんだよ……


 とはいえ、もう痩せた時にどんな姿になるのかを、俺は知ってしまっているからな。今度こそはダイエットできる自信がある! 母さんにまたリバウンドしたと誤魔化すのは大変だが、またすぐに痩せたこの姿に戻ってみせるさ!


「それじゃあアンデ、悪いけどあとはよろしく頼むな」


「ああ。安心しろ、扉はすぐに我が直してみせるさ」


 そうだな。アンデは努力で大魔導士以上の力を身につけた本物の天才だ。きっとアンデならすぐに扉を直してまたこちらの世界と行き来できるようにしてくれると信じている。


「いくぞ、継承魔法発動!」


『継承魔法が発動されました。タチハラ・マサヨシのすべての能力を対象に継承します』


 一番初めに大魔導士の力を継承した時と同じように、脳内に謎の声が響き渡る。おそらくは継承される側のアンデにも、この謎の声が聞こえているのだろう。


 そして次の瞬間、ふっと急激に力が失われた感覚がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る