第176話 継承の準備


「……師匠の力を我が継いだとしても、修復できる可能性が上がるだけで、確実に直せるわけではない。師匠の力を受け継いだまま、元の世界で暮らせばよいであろう。そうまでしてこの世界と向こうの世界を繋げることに意味はあるのか?」


「異世界への扉を修復できる可能性は上がるんだろう、ならそれで意味はあるよ。それに大魔導士から力を継承して、もう俺は十分すぎるほどにその力に助けてもらったんだ」


 そもそもこの世界に来るきっかけになったのは、いじめられて死のうとしていたんだ。そんな俺がいじめをやめさせることができて、人助けまですることができた。それにいじめられる前と比べて、たくさんの人達と出会えた。


「たとえ大魔導士から継承した力をすべて失ったとしても、俺はこの世界と向こうの世界を行き来したい!」


 異世界へと繋がる扉は文字通り、俺の世界を大きく広げてくれた。見たこともないような景色に、味わったことのない食材、そしてなにより数えきれないほどの大切な人達と出会えたんだ。俺はこの繋がりを絶対に捨てたくない!


「マサヨシ自身がそう思うのなら構わんが……」


「もしもまたこの世界に行き来できるようになったら、一から魔法を学べばいいだけだろ。その時はアンデに弟子入りでもさせてもらえると助かるかな」


 大魔導士の力を継承した時に、元の世界ではまったく使えなかった魔法を使うことができたんだ。一から学べば、また魔法が使えるようになる可能性は十分ある。


「……くっくっく、弟子か。マサヨシが我の弟子に? はっはっは、それはそれで面白いかもしれんな!」


「お礼としてこちらの世界を案内することはくらいはできるぞ」


「ああ、それで十分だ。しかし、我が弟子を取るか。弟子など取ったことがないから、どのように教えるかもよくわからんぞ」


「少なくとも大魔導士よりは教えるのが上手そうだから大丈夫だろ。……それに大魔導士の悪いところを反面教師にしてくれそうだ」


「……くっくっく、そうだな。あのバカ師匠の悪いところだけは見習わないようにせねばいかんな」


「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 アンデともこんな軽口を叩けるような間柄にもなってきた。アンデにすべてを託してしまうのは申し訳ないが、異世界へ繋がる扉が直せることを信じて待とう。




 アンデへ継承魔法を使う許可が取れたので、俺はその準備を始める。


 アンデにはもう大魔導士の力を失っても構わないと宣言したが、それはそれとして扉が繋がらなかった時のためにいろいろと備えておくことにした。具体的には元の世界で何かあった時のために、お金や元の世界でも使えそうな魔道具などを用意しておこうと思っている。


 少しずるい気もするが、お金や身を守る術はとても大切だ。何かあった時の備えはしておきたい。収納魔法にしまっておいた宝石や金など、元の世界で換金しやすそうなものを中心に俺の部屋にしまっておく。


 継承魔法を使うと収納魔法にしまっていたものがどうなるのかは分からないので、できる限りの物は収納魔法の外に取り出しておく。元々大魔導士の家にあった物やそれほど場所を取らないドラゴンの素材などは、大魔導士の家に置いておいた。


 そして元の世界の家に置いていたらまずいような、テロリストや詐欺師集団から拝借した銃や刀などの武器も大魔導士の家に置いておく。……こんなものが家にあったら、銃刀法違反により一発で逮捕されてしまうからな。






「そうですか……当分の間この国を離れると……」


「はい。それでギルダートさんには多少高くなっても構いませんので、数日のうちにできる限りの魔法石を集めてほしいんです」


「ホー!」


 収納魔法の中に入っていた物の整理を終えて、ブラッドリーの街の冒険者ギルドに来ている。


「なるほど、フー助さんのためですね。わかりました、数日のうちにできる限りの魔法石を集めます」


「ありがとうございます」


「それにしても寂しくなりますね……あの念のためにお聞きしたいのですが、この前の決闘に何か関係があったりするのですか? 私にも何か力になれることはありますか?」


 どうやらギルダートさんは、この前の国同士の決闘によって、俺が国を追われたのかと思ったのかもしれない。


「いえ、この前の決闘とは何にも関係がありませんよ。本当に個人的な理由です。俺の故郷は日本というんですけれど、ここから本当に遠い国なんです。ですがその国への移動手段に問題が起きて、簡単にこの国まで来ることが難しくなりそうなんです……」


 ギルダートさんなら異世界のことについて話してもいいのだが、向こうも混乱してしまうだろう。故郷が異世界ということだけは黙っておいた。


「……そういうことでしたか。深いところまでお聞きしてすみませんでした。無事にこの国へ戻って来られることを祈っております!」


「ありがとうございます。でも、もしかしたらすぐに問題が解決して、戻って来る可能性も十分にありますからね!」


「ええ、いつでもお待ちしておりますよ!」


 そう、もしかしたら継承魔法でアンデに大魔導士の力を継承すれば、今すぐにでも解決することができるかもしれない。だからこそ大袈裟な別れは必要ないんだ。

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