第174話 残された時間


 そう、あれはこの異世界に来たばかりの頃だ。俺が扉を通ってこの世界にやってきてすぐに、大魔導士の家に入ってこようとする強そうなオークが現れた。


 当時の俺はこの障壁魔法の強さをまったく知らずに、そのオークを追い払おうと、継承した大魔導士の力でオークを攻撃したことがあった。当然その時の俺は力加減などわかるはずもなく、極大魔法の次に強い上級魔法をぶっ放してオークをケシズミにした。


「……確かその位置がこの辺りだった気がする」


「なるほど……師匠の力を継承した上での上級魔法であれば、この障壁魔法が破損するのも納得がいく」


 この障壁魔法が破損したのは完全に俺のせいだった。一瞬とはいえアンデが向こうの世界に行ったから、この扉が消えてしまうと思った自分が恥ずかしい。


「この障壁魔法が壊れるとどうなるんだ!? あの世界を繋げる扉もすぐに消えてしまうのか!?」


「……いや、今すぐにどうなるというわけではないはずだ。今回破損したのは魔力を取り込む機能の部分になる。少しずつ魔力を取り込む力が弱くなり、障壁魔法と扉をつなぐ魔力を保てなくなった時点で、その両方がなくなると我は推測している」


 ……え〜と、簡単に言うと俺がこの障壁魔法を破損させてしまったことにより、しばらくするとこの扉も障壁魔法も消えてしまうということか。……ヤバい、どうしよう!?


「なんとかならないのか! そうだ、魔道具とか魔法石とかを使って魔力を供給できるようにすれば……」


「残念だが、この障壁魔法と異世界への扉の構築式はすべてでひとつとなっているようだ。外部からの魔力供給を挟んだりすることはできぬ」


「じゃあ、この構築式とかいうやつか、その破損した部分を直したりすることはできないのか?」


「そのために師匠の遺した資料に目を通し、障壁魔法やあの異世界への扉を詳しく調べてみたのだが、今の我には難しい。このまま調査を続けていくが、どれほどの時間が掛かるのかはわからん。……いや、どんなに時間を掛けても、直すことができない可能性のほうが高いと思っていてくれ」


「そん……な……」


 異世界への扉が閉ざされる。元の世界とこっちの世界を行き来することができなくなってしまう。そうなるとサーラさんやリリスさん達やみんなにもう二度と会うことができなくなる……


「我もマサヨシの世界には非常に興味がある。それに師匠が遺した最期の魔法でもあるわけだからな。全力を尽くしてこの扉を修復することを誓おう」


「ああ……ありがとう……」


 駄目だ……アンデの言葉がまともに聞こえてこない。この世界へ来れなくなる……そんな……


 ……むしろ運が良かったことは自分でも分かっている。オークが現れた時にもっと強い魔法を撃っていたり、障壁魔法のもっとおかしな場所に当たっていたら、あの時点で異世界への扉は閉ざされ、こちらの世界に帰ってくることができなくなっていたとしてもおかしくはなかった。


 それにもしアンデがこの大魔導士の家に来なければ、俺には魔法の知識なんかないから、気付いた時に帰れなくなっていたことも大いにあり得た。そしてアンデがここにいることによって、まだこの扉を維持できる可能性は残っている。


「……俺にできることは何かないか?」


「……いや、今はないな」


 ……そうだよな。俺は大魔導士から力を継承魔法でもらっただけで、魔法の知識なんかこれっぽっちもない。大規模な魔力が必要とかならともかく、それ以外ではなんの役にも立てない。


「わかった。すまないけどよろしく頼む」


「ああ。我に任せておけ、と言えないところはつらいが、全力を尽くすと約束しよう」






「………………」


 そのあとアンデからここ数日間で調べたことについての現状を分かる範囲で説明してもらった。アンデの見立てではあと数週間〜数ヶ月の間は扉が繋がっているとのことだが、それも保証などはなく、今この瞬間に扉が閉ざされる可能性もあるそうだ。


 障壁魔法の破損部分を直せるかも今の状況では分からない。そして一度扉が閉ざされてしまえば、もう一度この世界と繋げることができるのかも分からない。そもそも異世界というものがどれだけあるのか、なぜこの世界と繋がっているのかも分からないらしい。


 これについては大魔導士が遺した資料に、どうして俺の世界と繋がったのかは分からないと書かれていた。確か大魔導士の手紙には、俺が向こうの世界から扉を開けた時点でこちらの世界と繋がると書かれていたが、それも推測に過ぎないわけだからな。


「……いきなり過ぎるんだよな。とはいえ元の生活に戻るだけか」


 元々世界と世界を繋げる扉なんて代物が存在する時点でいろいろとおかしいことは分かっている。それがなくなったとしても元の生活に戻るだけだ。


「ホー!」


「……そうだな、少なくともフー助は一緒にいてくれるもんな」


 フー助は俺が召喚した召喚獣だ。俺が召喚を解除しなければ、こちらの世界でずっと一緒にいることができる。それには魔法石が必要となるが、以前からギルダートさんから魔法石を購入し続けていたから結構なストックがある。とはいえ扉が閉ざされてしまうから、今買えるだけの魔法石を集めておいたほうがいいだろう。


「……もしも扉が閉ざされるとしたら、俺はどうすればいいんだろうな?」


「ホー……」


「そうだな、それは俺がちゃんと考えないと駄目だよな」


 もう二度と向こうの世界に行けなくなるかもしれないこと、サーラさんやリリスさん達からの告白、そして今の俺にできること。しっかりと自分なりに考えないとな。

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