第173話 閉ざされる扉


 エガートンとブラッドリーの街のみんなへは決闘の勝利の報告を終えた。あと特にお世話になったのはBランク冒険者パーティのボリスさんやアレックさん達だ。


 ボリスさん達がわざわざ隣のバードン国にまで行って、アンデの切り札であるマジックイレイザーの情報を教えてくれなければ、あの決闘に負けていた可能性が非常に高かった。


 残念ながらボリスさん達がどこの街を拠点にしているのか知らないため、冒険者ギルドに頼んで、以前にアレックさんの弟を治した治療費の残りを完済扱いにしてもらい、多めの報酬金を渡すように依頼しておいた。


 他の訓練を手伝ってくれた冒険者のみんなにはすでに報酬金を渡していたし、隣国とはいえ、移動費や情報集めの費用だって、決して安い金額ではなかったはずだ。


 決闘に勝てたのはボリスさん達からもらった貴重な情報のおかげでもあったわけだし、ちゃんとした報酬は受け取ってもらおう。伝言でも伝えてもらうが、今度直接会った時に改めて口頭でもお礼を言うとしよう。




 冒険者ギルドへの依頼を終えて、久しぶりに街でのんびりとひとりで食べ歩きをしたあと、大魔導士の家に戻ってきた。


「今日も研究をしていたのか。昼ごはんを街で適当に買ってきたから食べてくれ」


「……ああ。助かる」


 今日も扉を通って朝食を持っていったら、大魔導士が遺した書物を読み耽っていた。何かの研究に本気で没頭する人達はこんな感じなのかもしれないな。


「マサヨシ、このあと向こうの世界に行ってもよいか?」


「ああ、別に構わないぞ。また街でも案内しようか?」


「いや、少し気になることがあってな、この扉を向こうの世界の側から調べてみたいのだ」


「この扉をか」


 そういえば昨日もアンデは異世界からこの扉をじっと調べていた。世界同士を繋げる魔法、俺には魔法の理論がさっぱり分からないが、魔法を知る者にとっては興味があって当然だ。


「ああ、わかったよ」


 お昼も過ぎて、母さんは仕事に出かけているはずだ。それなら俺の部屋にアンデがいて、しばらくの間俺の部屋の天井を調べていても問題はないだろう。


 母さんが仕事に出かけたのを確認して、アンデを俺の部屋に入れる。俺がいつも天井の扉に入る時に使っている丈夫な脚立を貸してあげる。


「………………ふ〜む」


 アンデは脚立に登りながら、黒い面をじっくりと観察している。俺には真っ黒な水面にしか見えないが、アンデの目には何か別のものが見えていたりするのだろうか。


 少なくとも俺には分からないので、そろそろ始まる学校の予習をしている。今年の夏休みは印象に残った出来事が多すぎて、夏休み前までやっていた授業の内容なんてすべて吹っ飛んでいたからな。少しでも思い出しておくことにしよう。




「……やはり間違いないか」


「うん? 何か気になることでもあったのか?」


 アンデが異世界への扉をいろんな角度から観察すること数時間、脚立から降りてきてポツリと呟いた。


「……マサヨシ、大事な話がある。一度あちらの世界へついてきてくれ」




「それで大事な話というのは?」


 アンデの言う通り、異世界への扉を通って大魔導士の家へやってきた。先程からアンデはずっと真面目な表情をしている。


「マサヨシ、まずは落ち着いて話を聞いてほしい。この師匠が構築した黒い円、我の世界とマサヨシの世界を繋げる魔法、


「はあ!?」


 ちょ、ちょっと待て! この異世界へと通じる扉が!?


 そんな馬鹿な! この扉が閉ざされてしまえば、もう俺は元の世界と向こうの異世界を行き来することができなくなってしまう!


「冗談だろ! だって大魔導士の手紙にはこの家がある限り、周囲から魔力を取り込んで半永久的に繋がっていると書いてあったぞ!」


 大魔導士が遺した手紙、俺がこの世界に来て最初に読んだあの手紙には、確かにそう書いてあったはずだ! 周囲の魔力を取り込んでいるから、半永久的にこの異世界への扉は繋がっていると!


 それにアンデがこの大魔導士の家に来てすぐにそんなことが起こるものなのか? アンデがここに来た、あるいはアンデが向こうの世界へ行ったために、そんな現象が起こってしまったのではないかと、嫌でも疑ってしまう。


「……マサヨシ、気持ちは分かるが落ち着いて話を聞いてほしい。こちらに来てくれ」


 そう言うとアンデは俺を大魔導士の家の庭にまで連れ出した。


「……ここだ」


 アンデは大魔導士の家の外にある柵の手前まで進む。そしてその奥にある一点を指差した。しかし、そこには俺の目には何も見えない。


「いや、別に何もないと思うんだが……」


「やはりマサヨシには見えぬか。我の……ハイエルフの目は少し特別でな。魔力や魔力の流れなどを見ることができるのだ」


 おう、さすがは魔力に長けたハイエルフという種族だ。普通の人族には見えない魔力が見えるらしい。改めて思うがチートみたいな種族だよな。


「ここにこの師匠の家周辺を覆っている障壁魔法がある。この障壁魔法が師匠の家を守ると同時に周囲の魔力を取り込む機能を担っているわけだ。その魔力は障壁魔法と異世界への扉を維持するために使われている」


「ふむふむ……」


 詳しいことはよく分からないが、ここは破滅の森と呼ばれる強大な魔力が溜まる場所。この強大な魔力に誘われて、周囲の強大な魔物が集まってくる。そんな魔物からこの家を守るために存在する障壁魔法自体が周囲の魔力を取り込んで、この障壁と扉を維持しているらしい。


「そして問題となるのはその周囲の魔力を取り込む障壁魔法なのだが……この部分が破損している。おそらくだが、自然にこうなったわけではなく、何か強大な魔法か力によって破損したと思われる。少なくとも我が師匠の家に来た時にはもう破損していたようだが、何か心当たりはあったりしないか?」


「いや心当たりって言われても俺にはないぞ。たまにやってくる魔物が障壁を壊したとかじゃないか?」


「……ふ〜む。我もこの森の魔物と戦ってみた。しかし師匠の障壁魔法を壊せるほどの力はなかったように思える。よっぽどの強大な力を持った個体がいたのかもしれん……」


「これだけ広い森だもんな。もしかしたらとんでもない力を持った魔物がいても………………ん?」


「どうした?」


 なんだろう、何か忘れている気がする。この森に住む魔物を超える力、そしてこのあたりの柵の場所……


「………………ごめん、たぶんその障壁魔法を壊したのは俺だ」

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