第150話 本当は出会った時から…


 ガタガタガタ


 馬車が揺れる。


 この馬車には私の他にこのエドワーズ国の国王であるお父様と、第一王子であるジャレンお兄様、第二王子であるエドワードお兄様、おふたりのお母様であるエルマ様、そしてエルマ様のお母様であるベルナ様の6人が乗っています。こちらの国の王族全員がこの馬車の中にいるということになります。

 

 これから私達が向かっている場所はベージル平原です。このあと国を賭けた大きな決闘があるというのに馬車の中の空気はとても重いです。


 それもそのはず……この戦いで私達エドワーズ国の勝ち目はほとんどありません。相手国の代表者が最近噂になっている大魔導士を継ぐ者に決まったことがわかり、国の総力をあげてその者について調べてみた結果、その強さが圧倒的なものであることが嫌でもわかってしまいました。


 隣国にもかかわらず、こちらの国にまで名が聞こえてくるほどの強者をことごとく打ち倒し、本来ならば複数の高ランク冒険者パーティで挑むべきドラゴンやベヒーモスを単独で討伐、さらには高レベルのダンジョンを単独で踏破など、ただひたすらに力を求めている圧倒的な強者でした。確かに大魔導士を継ぐ者と称されていてもおかしくないほどの実力者です。


 情報を封鎖していてもその圧倒的な強さを隠せないのか、それとも勝利を確信して情報を隠す気がないのかはわからないのですが、どちらにせよこちらの国にとっては絶望的な情報であることは間違いありません。


 こちらの国の代表者であるパジア様も歴戦の強者であることは間違いないのですが、今では40を過ぎてその強さの絶頂期であるとはいえません。事前の情報だけでいうと、こちらの国の勝利は絶望的と言わざるを得ないでしょう。


 お父様もなんとか国同士での戦争を回避しようとしていたのですが、バードン国は断固として交渉を受け入れなかったようです。代表者での決闘が認められない場合には、国民を含めた全面戦争も辞さないと宣言されてしまえば、勝てる可能性が低くともその提案を受け入れる他にないでしょう。


 どのような手段を用いたのかはわかりませんが、大魔導士を継ぐ者と呼ばれるほどの強者を手中に収めることができた国の重鎮達が増長しているのかもしれません。


 唯一の救いがあるとすれば、この決闘での勝者の取り決めとして、敗戦国の民については今まで通りの生活ができることを保証するということですかね。そのかわりに王族である私達は処刑されると思いますけど。




 もともと私は何度もマサヨシ様に命を救ってもらった身です。あの時にもう死んでいたと思えば、死はそれほど怖いというわけではありません。


 ……ですがもし神様がいるならば、あの幸せな日々をもう少しだけでいいから過ごさせてほしかったですね。目をつむると幸せだった思い出が次々と浮かんできます。


 マサヨシ様が屋敷にやってくる日を毎日楽しみに待つ日々。マサヨシ様がお土産に持ってきてくれる甘いお菓子や美味しい食べ物をじいやジーナやファラーと一緒にいただいて楽しくお話をする日々。そんな日々が続けばいいと思っていました。


 そして初めてマサヨシ様と出会いました時に、この耳を可愛らしくて綺麗だと褒めていただいて私がどれほど嬉しかったか、どんなに舞い上がらないように自分を抑えていたか、マサヨシ様は知るよしもないでしょう。


 いつもお兄様達からからかわれていたエルフの象徴である私の長い耳。病気で亡くなってしまったお母様とお揃いで、本当は大好きだったのに、みんなが忌避の目で見る私の長い耳。


 ふふ……死にゆく私を助けてくれた上に、そんな甘い言葉をかけてくれたら、こんな小娘なんてイチコロですね。本当は出会った時から、マサヨシ様のことをずっとお慕いしていたのですよ。


 誰よりも強いのにその強さを表に出さず人のために使い、誰よりも優しくみんなのことを気遣い、一緒にいるだけで幸せになってくる優しい笑顔の持ち主、そんなマサヨシ様のことが大好きです。

 

 将来はどこかの国と同盟を結ぶ際に人質として送り込まれるか、エルフの亜人でも構わないという国の有力者と政略結婚させられる運命である私に、愛しい人と結婚して幸せな生活を送るなんて素敵な夢を見させてもらえました。


 ……死は怖くないはずなのに、マサヨシ様のことを思い返すと涙が溢れてきました。出会ってからまだ1年も経っていないというのに、私はこれほどまでにあの方のことを大好きになっていたのですね。


 ……最後にもう一度だけでいいからマサヨシ様にお会いしたい、そんなことを思ってしまうのは私の我が儘なんですよね。






「きゃ!?」


「うおっ!?」


 馬車がいきなり急停車しました。まさかバードン国の刺客? ですが、ほぼ勝てる勝負なのになぜ? それにこの厳重な警備を相手に、一体誰が?


「な、何事だ!」

 

「わ、わかりません! く、黒い仮面を被った男がたったひとりでこの大部隊の前に立ち塞がっております!」


「ええい、そんな男ひとりさっさと斬り捨ててしまえ!」


「我こそは大魔導士を継ぐ者なり! 此度のバードン国との決闘でこの国の代表者として戦いたく参上しました!」


「っ!?」


 あの声!? そんなまさか、どうして!?


「おい、サーラ!?」


 お父様の呼び止める声を無視して急いで馬車を降りました。馬車の周りにいる数人の護衛の隙間をくぐり抜けて声がした方へ全力で走ります。


「サ、サーラ様!? なぜこんなところへ!」


 国の騎士団長で今回の決闘の代表者であるパジア様に引き留められましたが、精鋭部隊の隙間の先からその声の主の姿が見えました。


 黒い仮面や銀色の鎧を身に付けていて顔や体型は見えません。でも私にはわかります!


(マサヨシ様!!)

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