第139話 故意
「おらあ!」
パンッ
「うおっと!」
安倍が金髪男のサーブを上手くレシーブする。そして勢いの落ちたボールを安倍に向かってトスする。
「安倍、任せた!」
「任せろっと!」
ザンッ
「ちっ……!」
「ポイント安倍・立原ペア。18対18」
「「「おおおおおおお!」」」
さすがに準決勝戦だけあってレベルが高い。チンピラかと思っていた金髪男と鼻ピアス男は息のあったプレーをして俺達と互角に戦っている。
身体能力的には体育会系の部活に入っている安倍や俺に分があるのだが、向こうはその差を連携の巧さや経験でカバーしている。たぶんビーチバレーの経験がありそうだ。
これだけいい勝負をしているのなら、これ以上力を強くする必要はまったくないな。正直に言って、準決勝までこられるとは思っていなかったから、たとえここで負けても十分に満足だ。
「くそ、やるじゃねえか!」
この試合にはデュースがあるからお互いに20点になれば先に2ポイントを先取した方が勝ちになる。理想を言えばデュースになる前に勝負をつけたい所だ。
「いけ!」
「クソッ!」
「「「おおおおおお!」」」
ここで安倍のアタックが決まる。19対18で俺達が1点リードの展開だ。ここで決めてくれたのはかなりデカイ。
「安部くん、立原くん、頑張って」
「ファイト!」
川端さんと佐山さんの応援が聞こえる。準決勝まで勝ち残ってきたことだけあって、観客も増えており、お客さんたちも盛り上がっている。
「……ちっ、おい!」
「ああ!」
敵チームの2人が目配りをする。なんだ、まさか今までは手を抜いていたとかじゃないよな? それともビーチバレーに必殺技? いや、そんなんないよな……
安倍が得点を決めたのでサーブ権がこちらに移る。さっきは安倍がサーブを打ったから今度は俺の番だ。ジャンピングサーブもできそうだが、このビーチバレー大会でも経験者の数人くらいしかやっていないし、何より失敗がしやすいからな。
下手サーブでボールを打つ。スピードはそこまでないがコントロールを重視したため、コートの隅へとボールが飛んでいく。
「せい!」
「ナイス!」
しかし金髪男がそれをうまくレシーブし、ボールが高く舞い上がる。
「いくぞ!」
「おう!」
鼻ピアス男がボールをトスする。このまま金髪男のアタックで決めにくるつもりだ。
「させるか!」
ネット際に詰めていた安倍がジャンプし、金髪男のアタックをブロックしようとする。たとえブロックができなくても、アタックのコースをだいぶ塞いでくれたので、その残りを俺が守れる。
アタックを打つ直前に金髪男と鼻ピアス男が一瞬だけニヤリと笑うのを、俺は見逃さなかった。
「がは!」
金髪男のアタックが安倍の顔面に炸裂した。
「安倍!」
「きゃあ!」
「安倍くん!」
「ピピッ! タイム、タイム!」
「おい、安倍大丈夫か?」
「ああ、なんとか大丈夫だ。痛って〜」
「いいから、起き上がるな! うわ、鼻血がヤバい!」
こういう時は頭を動かさないほうがいいんだったよな。危機察知スキルには反応がないから、少なくとも今すぐ命が危険な状態ではないようだ。
「頭を強く打っているみたいだね、念のためこのまま病院で検査をしてもらったほうがいい」
バレーボールは意外と重くて硬い。そんなものが思いっきり顔面に当たれば何が起こっても不思議ではない。
「いや全然大丈夫っすよ。鼻血も少しすればすぐに止まりますよ。俺昔っからこういう怪我の治りは早いんで!」
「いいから大人しく病院に行っておけ。夜はバーベキューに花火をするんだから、ここで無理する必要はまったくないぞ!」
「わ、わかったよ。相変わらず立原は心配性だな」
「本当にすみませんっした」
「大丈夫そうですか?」
……わざとらしく心配をしたふりをした金髪男と鼻ピアスの男が近付いてくる。
安倍が顔面にアタックを食らったときに、鼻ピアス男が後ろのほうで誰にも聞こえないほど小さく、よっしゃと呟いていたのを俺は聞き逃さなかった。明らかに故意である。
「ああ、全然大丈夫っすよ。気にしないでください」
人の良い安倍はわざと顔面を狙った2人にも気を遣っている。
「それではすぐに病院にお送りします。すみませんがどなたかおひとり一緒に来てもらってもよろしいですか?」
「あ、それじゃあ僕が」
「すまん、渡辺。安倍を頼む」
「うん、任せて! 安倍くん、僕が付いているからね!」
「いや、鼻血出てるだけでそこまで重傷じゃねえからな!?」
渡辺が付き添い、念のため大会スタッフの車で近くの病院で検査することになった。川端さんや佐山さんも同行すると言ったのだが、せっかく海で遊んでいるのだからとそれを安倍が制した。
まったく、可愛い女の子2人に付き添ってもらえる機会なのに本当に人の良いやつだ。
「それでは誠に残念ですが、この試合は安倍・立原ペアの棄権ということで……」
「……反則であちらのペアの負けにはならないんですか?」
「あ……いえ、さすがに事故では失格には……」
「本当にすんません」
「すんませんっした」
……頭を下げてはいるが、心の中ではニヤニヤ笑っているんだろうな。
「それではメンバーチェンジとかはできませんか?」
最悪茂木さんは立っているだけで構わない、俺がなんとかする。もちろん準決勝で勝ったとしても決勝戦は棄権する気だ。こいつらをこのまま決勝戦に進めたくない。
「あ、いえ。大変申し訳ないのですが、大会の規定でメンバーの交代は認められておりませんので……」
「そうですか……ではこのままひとりで続けます」
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