第56話 黒歴史
「そう、その動画! その工場の関係者の人があげたって言われているけど本当のところはわからないらしいね」
「画質とかあんまりよくないけど、それが逆に本物っぽいよな! あの能力マジなんかな?」
渡辺のスマホで動画を再生してみる。
その動画はいくつかの工場内の監視カメラの映像を繋ぎ合わせた動画になっており、仮面をかぶった謎の男が次々と人々を助けている映像が流れていた。さすがに音声まではないようだ。
「ほら、このあたりとかもう人間業じゃないよね! 爆発の衝撃でグシャグシャになって3人がかりでも開かなかったドアを一人でこじ開けちゃってる」
確かに渡辺の言う通り人間業じゃない。実際に第三者視点で見てみるとものすごい力だな。3人がかりでビクともしなかったドアを片手で軽々と開けている。
「それにこことか! どこから水出してるんだろうな!」
oh……
今度は何もない空間から水を発生させて消火活動を行なっている。まるで映画のCGシーンみたいだ。
「そもそも天井をブチ破って現れてるし、やっぱり空を飛んできたんだろうね」
……いや空は飛んでない。風魔法で足場を作って歩いているだけだ。
というかそういう問題ではない。まさかここまではっきりと映像として残っているとは誤算だった。この画質だと回復魔法や催眠魔法をかけているところまではわからなそうだ。救助者が急に倒れて仮面の男が手をかざしているだけに見える。
そして意図的にかはわからないが、転移魔法での移動はこの動画には映ってはいなかったのは不幸中の幸いだ。
しかし本当に危なかった。もしもこの変装スーツを作っていなければ、俺の正体はバレバレで今頃はこの高校に大勢のマスコミが押しかけていたかもしれない。
「……この動画は本物だと思う?」
「怪しいけど本物なんじゃね? わざわざ偽物の動画をあげる意味もないし」
「う〜ん、僕はなんとも言えないかな。でもまだ地震から3日しか経ってないし、動画を加工するのは難しいんじゃないかな」
そうだよなあ、わざわざ偽物や加工した動画をあげる理由もないもんなあ。
「でもこれ完全に超能力だよなサイキックってやつ?」
「そうだね! サイコキネシスで身体を浮かしたり、パイロキネシスの水版みたいなかんじかな」
……言われてみると超能力と魔法の違いってイマイチわからんな。まあ魔法も超能力も同じような超常現象であることは同じか。これがスーツにマントではなくローブとかを着ていたら魔法だと言われていたかもしれない。
「それにしても動画が本物だとしたら、なんでこの人はこんな格好しているんだろうな?」
「ん? ただ正体を隠したいだけじゃないの?」
正に正体を隠すためなんだけど、何かおかしいのか?
「いや、正体を隠したいだけなら、こんな目立つ格好をしているのはおかしいよ」
うぐっ!!
「そうだよな。本気で正体を隠したいだけだったら、体型も隠れて男か女かもわからないような長い厚手のコートとかに普通するよな」
ぐはっ!!
「それに今時マントってないよねえ。あんなの実際にあったら挟まったりして邪魔なだけだと思うよ」
ごふっ!!
……もう俺のライフはゼロだから、これ以上は勘弁してください。
冷静になって動画を見てみる。そこにはマントをたなびかせて動き回る、黒い仮面に青いスーツの怪しくて目立つ男がいた。……というか俺だ。
あれ、どうしてこうなった? 確か最初は正体がバレないように学生服の上から着ることができる目立たないスーツを作っていたはずだ。
それなのになぜか途中からこっちの方が格好いいかな、マントはあった方がいいかなといろいろと付け足していつの間にかこんなスーツになってしまった!
安倍の言う通り、ただ正体を隠すだけだったら、体型も隠せる単色の長いコートでよかったじゃねえか! うわっ、なにをやっているんだよ俺は〜!!
「お〜し、朝のHRを始めるぞ」
朝の予鈴が鳴り、担任が教室に入ってきた。今の俺にとっては一度頭を落ち着かせたいからちょうどよい。
よし、朝のHR中に落ち着いて考えてみた。とりあえず変装スーツについてはもう諦めよう。たとえ次回からスーツの形を変えたとしても、もうこの動画は出回ってしまっているので、明らかにこの動画の人物と同一人物なのはすぐにバレてしまうだろう。
……あの時にノリノリでこれを作っていた俺を本気でぶん殴ってでも止めたい。どう考えても黒歴史確定じゃねえか!!
こうなるとあの時は完璧なプランじゃね、とか自画自賛していた俺の計画に穴があるような気しかしない。学校から転移魔法で中継ポイントに転移したからどんなに居場所を捕捉されたとしても、あそこのビルからになるから大丈夫だと信じたい。
映像から俺という個人がバレるということもおそらくはないはずだ。画質も悪かったし、同じくらいの体型の男なんていくらでもいる。
あとは声も変えたほうがいいのか? 詳しくは知らないが、声紋で個人が判別できるというのを何かのミステリーで読んだ気がする。たぶんネットで購入できると思うから家に帰ったら見てみよう。……あのスーツに変声機とか不審者度が当社比で30%は増すが、もう今更だ。
とりあえず授業が終わったら家に帰って動画をもう一度しっかりとチェックしてみよう。
「連絡事項はこれくらいか」
おっと、この担任を状態異常魔法で下痢にするのを忘れるところだった。てい!
「うっ……! またきた! 連絡事項は以上だ。これで朝のHRを終了する」
お腹を押さえながら足早に教室を出ていく担任。これをあと何度か繰り返せば先週の金曜日に俺と話している時に突然下痢になったことを変に思う人はいなくなるだろう。うん、八つ当たりとかでは決してないよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます