第31話 みんな人が良すぎるよ


「佐山さん。今時間大丈夫?」


「あっ、はい! ちょうど今休憩中でしばらくの間は大丈夫ですよ」


 ストーカーさん(?)に少し待ってもらい、佐山さんに電話をかける。ちょうどタイミングよく休憩していたようだ。


「実は今、佐山さんをストーカーしていた男と話をしているんだ」


「えっ……ええええ〜〜!! なっ、なんでですか!? 今日は立原さん予定あるって! そっ、それよりも大丈夫なんですか!? 危険な目にあったりしてないですか?」


「うん、大丈夫。実は今こんな状況で……」


 とりあえず現状を佐山さんに伝える。この男は佐山さんの後を追ったり手紙を出したが、守ろうとしただけで危害を加えるつもりはなかったこと、これからはもう後をつけたりしないと約束したことを話した。




「俺の聞いた感じだと嘘じゃなくてたぶん本心なんだと思う。もちろん佐山さんが怖い思いをしたのも事実だし、警察とかに突き出したいならしょうがないと思うけど、できたら穏便にすませてあげてほしいんだ」


「……なるほど、事情はわかりました。いいですよ、もう後をつけたりしないなら、許しますと伝えてください」


「本当、いいの!?」


「ええ、確かに私が誰かに追われてるかもって思ったのは茂木さんに言い寄られ始めてからでしたし、それに手紙の内容も今思えば私を心配しているような文面だった気もします。私もその人の言うことを信じますよ」


 佐山さんめっちゃいい子だな!


「本当にありがとう! ちなみになんだけど、佐山さんがアイドルになってすぐの時に、どこかの公園で結構太った男の人と握手をして励ましたなんてこと覚えてないよね?」


 アイドルなんて毎日何百もの人と顔を合わせるわけだし、さすがに覚えているわけがないよね。


「アイドルを始めてすぐ……公園……太った男の人……ああ、もしかしてあの人ですか、覚えていますよ」


「えっ、本当に覚えてるの!」


「はい。なんだか今すぐ死にそうなくらいものすごく落ち込んでいて暗い顔をしてたからとても印象に残っています。あっ、もしかしてその人なんですか?」


 聞いておいてなんだが、まさか本当に覚えているとは。そりゃ今から死のうとしようとしていたんだから、暗い顔をしているのも当然だ。


「……うん、実はそうなんだ。でもそんなデブな人達を相手にも握手しないといけないなんてアイドルって大変なんだね」


 やっぱり佐山さんもデブの人と握手するのは嫌なんだろうなあ。ライブとか握手会にデブは来て欲しくないんじゃないのかな。


「立原さん、アイドルという仕事は見に来てくれた人に夢や元気を分け与える仕事なんですよ。確かに外見を見て露骨に態度を変えてしまうアイドルもいるかもしれませんが、私は出会った人や見に来てくれた人達に外見とか関係なく、全員に同じくらい夢や元気を分けてあげられたらいいなって思っています」


 そこには天使がいた! あの人の言うとおり、こんなに可愛くて優しい女の子が握手して励ましてくれたなら生きる希望が持てるかもしれない。


  そして俺はアイドルという仕事を誤解していたのかもしれない。あんなに高いお金を払ってライブに行ったりグッズを買ったりするのは無駄なことでしかないと思っていたが、夢や元気を分け与えられるアイドル達に救われている人は大勢いるのだろう。


「佐山さん!!」


「はい?」


「俺は佐山さんを尊敬する! 太った人や外見の悪い人に偏見を持たない佐山さんは本当に凄いと思う!」


「ふえっ、ふえっ!?」


「今度友達とこの人と一緒に佐山さんのライブに行ってみんなで応援するよ! 佐山さん達のライブを最初から見てみたいんだ。ないと思うけど、この人が佐山さんに何かしようとしたら、絶対に俺が守るから安心してね!」


「っ!!……どど、どうしよう、ちょっとやばいかも! のぞみになんて言おう……」


 なぜか佐山さんがすごく慌てている。


「やっぱり俺やこの人がライブとかに行ったら迷惑かな?」


「そそ、そんなこと絶対にないです! その人も一緒でいいですから、立原さんも絶対に見に来てください! 約束ですよ!」


「ありがとう、約束するよ! それじゃあ休憩中にごめんね。もうこれでストーカーについては大丈夫だと思うけど、また何かあったらいつでも連絡してね」


「はっ、はい! 立原さん、茂木さんのことも含めて本当にありがとうございました! あの、また連絡しますね!」


「うん、それじゃあライブ頑張ってね!」


 佐山さんとの電話を切って、元の席に戻る。佐山さんが許してくれたことを伝えて、今度一緒に佐山さん達のライブに行くことも許してもらえたことを伝えたらとても喜んでくれた。




 そのあとはこの人、飯島さんと連絡先を交換してデブあるあるの話で盛り上がったりした。今まで同じくらいの体型の人と話したことがなかったから、かなり話し込んでしまったよ。


 そして護衛のアルバイト代のことについて話したら、やはりというべきか飯島さんが自分が払うと言ってくれた。俺としては貰わなくてもいいのだが、それだとみんな罪悪感を覚えてしまうと思い、少しだけ貰うことにした。


 こっそりと時給1500円で計算したのだが、俺にも迷惑をかけたことと、茂木さんの件も解決してくれたこともあわせて、結局日給1万円として3万円も貰ってしまった。まったくみんな人が良すぎるよ。

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