第30話 ストーカー犯(?)


 今俺の目の前には1人の男がいる。こいつが佐山さんをストーカーしている男だ。現在進行形で佐山さんと川端さんのあとをかなり離れた位置から尾行していた。


 俺がこのストーカーを見つけられたのは気配察知スキルのおかげだ。一昨日の佐山さんの護衛を始めた日の帰り道に、俺達を尾行しているやつがいることに気付いた。


 気配察知スキルを使ってその周囲の気配を探ってみると大勢の人々が行き交う中、1人だけ俺達から見えないくらいのかなり離れた距離を一定に保ちつつ、ずっと俺達を尾行していた。


 一応念のために昨日はライブ会場を出てからすぐに気配察知スキルを使ったが、会場を出てから電車で移動する際も常に俺達から一定の距離を保っていたのでこいつがストーカーであることを確信した。そこで今日は佐山さんと川端さんと別行動をし、2人の後を追うこのストーカーを見つけることができたというわけだ。


「……とりあえずこの場所から移動しないか?」


 意外にもストーカーの方から提案があった。俺としてもこんな街中で暴れられても困るので願ったりだ。


「いいですよ。あっ、あそこの喫茶店なら人も少ないですしあそこはどうですか?」


「……わかった」


 気配察知スキルで人があまり入っていないすぐそこにある喫茶店にストーカーと2人で入る。奥の方は誰もいないから聞き耳を立てられる心配もない。2人ともアイスコーヒーを注文し、アイスコーヒーが届くのを待った。さてどう切り出していこうかな?


「……君は」


 またも意外なことにストーカーのほうから話を切り出してきた。なんだ、何か言い訳でもする気か?


「君はゆかりさんに付きまとっているのか?」


「いやいやいや!!」


 人がいないとはいえ大声を出してしまった。何を言っているんだこいつは? ストーカーはあんただろうが!


「ゆかりさんと真剣に交際しているならそれでいい。だが、もしも彼女と浮ついた気持ちで付き合おうとしたり、彼女に危害を加えようとするなら僕が許さないぞ!」


 あれ、なんか話が噛み合っていない? なんでストーカーが佐山さんを守ろうとしているんだ?


「俺は彼女に雇われたただの護衛ですよ。こう見えて柔道を習っているので。最近佐山さんの周りでストーカー行為をしている人がいると相談を受けましてね」


「なに護衛!? やはりあの茂木とかいう衣装係の男か? それとも僕が気付かなかったストーカーがいるのか!?」


「いや、あんただよ!!」


 なんでそうなる! どう見ても佐山さんを尾行していたあんたのことだろ。


「……僕? はは、まさか! 少し前からあの茂木という男がゆかりさんに付きまとい始めたのを知ったんだ。調べたがあの茂木とかいう男は親が有名なのをいいことに好き勝手に遊んでいて、女関係も悪い噂しか聞かない。


 確かにあいつから彼女を守るために彼女を遠くから見守っていたが、絶対に彼女に迷惑をかけないようにかなり離れていたし、彼女に気付かれたはずはない!」


「あれ、手紙とかも送られてきたって聞いてますけど」


「ああ、あの男はゆかりさんに相応しくない、絶対にやめておくようにという内容の手紙は確かに出したな」


「それストーカーの手紙の定番だから!」


 男と別れろとか、あいつとは付き合うなとかいう内容はストーカーからの手紙の定番だから!


「そっ、そんな馬鹿な……まさか僕がゆかりさんに迷惑をかけてしまっただなんて!」


 う〜ん、なんか本気で落ち込んでいるし、どう見ても演技には見えない。この人はこの人なりに本気で佐山さんを心配しているようにも見える。


「あなたはなんで佐山さんをそんなに守ろうとしているんですか?」


「……君もゆかりさんを守ろうとしている同志ならば話しても問題ないか」


 ……うんまあ、同志といえば同志だな。


「僕はある日彼女に命を救われたんだ。あの日僕は本気で死のうとしていた、電車に飛び込んでね。しばらく前に痴漢に間違われて長年勤めていた会社をクビになった。


 僕はこう見えても今までずっと真面目に生きてきたんだよ。それなのに僕の外見がこんなんだから冤罪だと言っても誰も信じてくれなかったし、この世界に絶望してもう死ぬしかないと思っていた。


 いざ駅へ向かおうと思ったその時に彼女に声をかけられたんだ。その公園でちょうどイベントをやっていたらしく、自分はまだアイドルの卵だから応援してほしいと言われて、こんな僕に握手までしてくれた。


 もちろんアイドルの営業だってことは僕にだってわかっている。それでもこんな僕の目をまっすぐに見て笑って握手をしてくれた。


 それだけのことが僕にとっては本当に嬉しかったんだよ。彼女を本気で応援して守りたいと思った。死のうと思っていたことや痴漢冤罪のことなんてもう頭から消えていて、今では再就職もできて普通に働けている。全部彼女のおかげなんだ!」


「………………」


「まあ君みたいな痩せていて格好いい男には僕の気持ちなんて一生わからないだろうけどね」


 めちゃくちゃわかるううう!!


 そう、この男は普通の人よりもかなり太っていて痩せる前の俺といい勝負だ。しかも死のうとしていたところまで同じだなんて!


「その気持ちものすごく分かります! ただ女子と肩がぶつかったなのに太っているだけで白い目で見られたり、落とした物を拾ってあげただけなのに汚い物を触るように扱われたり、太っているだけで話しかけても嫌そうにされるし本当に辛いですよね!!」


「はっ? いや何を言っているの? だって君、そんなに痩せてるし格好いいじゃん。それって嫌味?」


「いえ、実は俺もちょっと前までものすごく太っていたんですよ。それまではあなたと同じくらい太っていました。ほらこれが証拠の学生証です!」


 太っていた頃の写真が載っている学生証を見せる。高校名や名前がバレてしまうがどうでもいい。何としてもこの同志を救わなければ!


「ほっ、本当だ! でっ、でもどうやったらこんなに痩せられるの?」


「俺の場合はなんか特殊な病気みたいで、身体中に激痛が走って1日でこんなに痩せちゃいました。それまでは糖質制限ダイエットとか朝バナナダイエットとか青汁ダイエットとかどんなことをしても全然痩せられなかったんですけどね」


「……病気、そうか僕にはできないのか。でも懐かしいな、よく流行りのダイエットに挑戦してたよ。結局どれも長続きしなかったけどね」


「あと服とか大変ですよねえ。普通の店には売ってないから、最近はネットで取り寄せるしか買えないし」


「そうだよね。昔はこのあたりにラージサイズ専門店とかあって3XLと4XLとかも売ってたんだけど潰れちゃってね。最近だとビッグワンってサイトをよく使っているよ」


「そのサイト俺も使ってました。大きいサイズのワイシャツとか靴下とかも売っているから便利ですよね。あとは……じゃなかった!!」


 デブあるあるトークで盛り上がっている場合じゃなかった! 今は佐山さんのストーカー問題についてだ。


「話を戻しますけど佐山さんは誰かに後をつけられていることに気付いて怯えています。佐山さんを守るためとはいえもう後をつけたりはしないでもらえますか?」


「ああ、約束するよ。元から彼女に迷惑をかけることは絶対にしないと誓っていたんだ。まさか彼女に気付かれて迷惑をかけていたなんて……ゆかりさんに本当にすまないと謝っておいてくれないか?」


 ものすっごい話が簡単に進む! 威圧スキルとかまったく必要なかったよ! 茂木さんよりもこの人の方が全然話が通じるぞ。というかそもそもの原因はあの人が佐山さんにつきまとい始めたからじゃねえか!


「わかりました、伝えておきます。というか応援とかするなら握手会にいったりすればいいんじゃないですか?」


「とんでもない! こんなデブがライブに行っては彼女の迷惑になるよ! 僕は今までと同じように大人しくネットでライブのDVDやグッズを買ってひっそりと応援するさ」


 健気!!


 うわ〜同志ということもあるけど、この人に好感が持てるわ〜。茂木さんよりも全然好感持てるわ〜〜。


 でもこればっかりはなあ。うん、とりあえず本人の意見も聞いてみよう。

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