第27話 誰かが認めてくれるのは初めてで
「そういえばさっき茂木さんと試合をしていた時、最後のパンチって避けられましたよね?」
「あっ……うん」
やっぱりわかる人にはわかるか。初めの2回は簡単に避けてたのに最後は真正面から茂木さんの攻撃を受け止めたからな。
「それってやっぱり私達をかばうためにわざと受けたんですよね?」
「……そうだね。でもよくわかったね」
2回目までの茂木さんのパンチの時には俺は壁を背に受けていだが、最後のパンチの時には後ろに佐山さんと川端さんがいた。
もちろん俺がよけたとしてもそのまま茂木さんが止まってくれていたとは思うが、足元にはたくさんの荷物が置いてあったし、それに躓いて2人に激突してしまう可能性も大いにあった。護衛を試すために依頼人に怪我をさせてしまっては元も子もない。
「あそこにいた人なら茂木さん以外全員わかったんじゃないですか?」
「そうね、私もそう思うわ。明らかに最後だけ真正面から受けてたもの」
「やっぱり茂木さんに恥をかかせちゃったよなあ。次会った時に茂木さんに謝らないと」
衣装を担当しているって言ってたし、護衛をしている最中に顔を合わせることも多いはずだ。俺が悪いとは思わないが、とりあえず今度顔を合わせたら謝っておこう。
「いいんですよ、向こうが悪いんですから立原さんが謝る必要はありません」
「ええ、話も聞かずに勝手に攻撃してくる人にそんな配慮はいらないと思うわ。それにしても立原くんって柔道だけじゃなくて総合格闘技もやっていたの?」
ギクッ、痛いところをつかれた。適当に誤魔化さなければ。
「格闘技の防御は基本的にどれも同じだからね。だから構えも適当だったし、攻撃は適当なパンチだったでしょ」
「なるほどね、確かに構えとかなかったわね」
「ねえねえ、それよりも立原さんて芸能界には興味ないんですか? こんなに強くて格好よかったらすぐに私なんかよりも有名になれると思うよ。よかったらうちのグループのプロデューサーさんに紹介しようか?」
話がすぐに逸れてくれたのはいいが、俺が芸能界? はは、冗談にしても笑えない。
「俺なんかじゃ全然無理だよ。そりゃ佐山さんみたいに可愛い女の子なら人気も出るだろうけどさ」
「ふえっ!?」
「そういえば川端さんはアイドルとかには興味なかったの? 川端さんも佐山さんと同じくらい可愛いし、アイドルにもなれそうだと思うけど」
「かっ、可愛い!?」
あれ、なんか2人とも顔を赤くして黙ってしまった。俺なんかとは違って2人なら可愛いなんて言われ慣れてるはずだろうし。
「えっ、えっと私はあんまり芸能界とかには興味なかったから。それに私なんかじゃ無理だよ」
「そんなことはないと思うけどなあ」
川端さんがアイドルの衣装を着て歌って踊ってる姿はぜひ見てみたいけど。まあアイドルはなりたいと思ってもなれるものでもないし、何より本人のなりたいという気持ちもあるのだろう。
その後は明日からのスケジュールなどを確認して今日は解散となった。
「それじゃあ今日はありがとうございました!また明日からよろしくお願いします!」
「うん、佐山さん、また明日!」
「ゆかり、また明日ね!」
ファミレスを出た後、佐山さんを自宅のマンションまで川端さんと一緒に送ってきた。比較的新しめなオートロックのマンションだし、マンションの中に入ってしまえば、セキュリティ的には問題なさそうだ。
「私まで送ってくれなくてもいいのに」
川端さんの最寄り駅はちょうど帰り道で、うちの家からたった2駅だった。これくらいの距離なら帰りは走って帰ろう。
「もう結構暗くなってきてるからね。さすがに大通りまでは送るよ」
もうあたりはだいぶ暗い。この辺りは駅によっては駅前でも人通りが少なく、薄暗くて危ない。さすがに同級生に自宅を知られるのは嫌だろうから、近くの大通りまで送ることにさせてもらった。
「ありがとうね、立原くん。それでひとつ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「うん、何?」
「茂木さんをあんなに悪役っぽく見せたのはやっぱりゆかりのため?」
「………………」
「はあ〜やっぱりそうなのね。まあ立原くんらしいといえば立原くんらしいわね」
「……どうしてわかったの?」
「いつもの立原くんはあれだけの実力差があったら間違いなく茂木さんに気を使って4対5か3対5くらいの差にするはずよ。でも今回は派手に勝ってみせたわ。
さすがにちょっとおかしいと思って茂木さんの気持ちになって考えてみたら、あんなやられ方をしてグループのみんなの前で恥をかかされて、間違いなくゆかりじゃなくて立原くんを恨んでいるわ」
……俺も最初は僅差で勝って茂木さんに諦めてもらおうと思っていた。だが、あの人の自分勝手な性格を見ると、そんなに簡単に引いてくれるとは思わなくなった。それどころか佐山さんに変な恨みを抱く可能性すらもあると思った。
「これで佐山さんに変な恨みを持つくらいならいっそ、恨みでも恐怖でもいいから俺にそのベクトルを向けてくれた方がいいかななんて思って」
いかに芸能界でコネがあろうと、そんなの俺には関係ないからな。もちろん俺の周りの人に危害を加えようとしたらそのコネごとぶっ潰すけどね。
「それで試合の前に私にスマホで撮っておいてなんて頼んだのね」
そう、試合をする前に川端さんにスマホで試合の様子を撮影するようにお願いしておいた。茂木さんがゴネる可能性もあったし、これ以上佐山さんにちょっかいを出すならうまく編集して、総合格闘技経験者が一般人に暴行?的なかんじで茂木さんを脅すなんて結構黒いことも考えてたりしていた。
立場のある人なら威圧スキルで脅すよりもこっちの方がより効果的だろう。
「俺か佐山さんに何かあった時の保険に一応ね。最悪茂木さんを脅せば佐山さんは守れるから」
「……ほんと立原くんは痩せて外見は変わっちゃったけど中身は以前と変わらないね」
「えっ?」
といっても太っていた頃からそれほど川端さんと関わりがあった覚えはない。別に幼馴染というわけでもないし、知り合ったのは高校からだ。
「立原くんって前に深元くんがいじめられていた時も自分がいじめられるかもしれないのに先生にいじめのことを伝えたよね。それってとても勇気のあることだと思うの」
深元は俺がいじめられる前に露原達のグループにいじめられていたクラスメートだ。彼がいじめられていたことを俺が担任に話したところ、いじめのターゲットが俺に移った。
ちなみに深元とは俺がこうなってからは話してはいない。俺からしたら深元は悪くないが、いじめられる原因となったわけだし、俺からはあまり話したくはない。
「私もね、深元くんがいじめられていることには気付いていたの。でも磯崎くんみたいな怖い人もいたし、今度は私がいじめの標的にされるんじゃないかって思ったら怖くて先生に言うことができなかったわ……」
「うん、それが普通だよ。俺だって最初は深元がいじめられているのを知ってて言わなかったし、みんなとかわらないよ」
俺だって深元がいじめられてるられているのを知ってすぐに教師に伝えたわけではない。しばらく経ってからようやく決心がついて担任に伝えたにすぎない。
「ううん!それでも誰にも言えなかったことを言えるのは本当に勇気のあることよ! その時からずっと私は立原くんのことを尊敬していたわ!」
その結果俺がいじめられて死のうと思うまで追い詰められては意味がない。結局はいじめを止めることなんてできずに意味がなかったと思っていた俺の行為。それでも俺がした事をこんなふうに誰かが認めてくれるのは初めてで、本当に心の底から嬉しかった。
「……そんなふうに誰かに認めてもらえるのは初めてだ。川端さんありがとう、すっごく嬉しいよ!」
ニコッ
「〜っ!! そそそ、それじゃあもうここで大丈夫! まっ、また明日学校でね!」
「あっ、うん。それじゃあまた明日ね!」
なぜか慌てて走り去っていく川端さん。今回は柳さん達に見せた営業スマイルなんかじゃなくて、普通の笑顔のはずだったんだけど何かおかしかっただろうか?
前に安倍が笑顔がやばいとか言ってたけどまさか川端さんは照れていたとか? いや、今日の放課後にモテ期きた〜!とか盛大に勘違いしてしまったばかりだぞ、俺!あまり調子に乗るのはやめておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます