第20話 野暮用
王城のとある一室、そこには一人の男がいた。
「ちくしょう、まさか黒の暗殺者が失敗しただと! 高い金を要求したくせに失敗して捕まって情報を漏らしやがって! くそっ、昔から目をかけてやっていたのに、もう二度とあの裏ギルドは使わん!」
ガシャン
男が力任せに地面に叩きつけたグラスは粉々に割れ、中に注がれていたワインが高価な絨毯にシミを作る。だがこの男にとってはそんな高価な絨毯の一枚や二枚はたいして痛くもないはした金だった。
「まったくあの忌々しいエルフの穢れた血が! 大魔導士の子孫だかなんだか知らないが薄汚い亜人ごときが父上に取り入りやがって! 母親は早々に病で死んだからいいが、その娘はしぶとく今回も生き残りやがった」
この国の第一王子、その人であった。幼い頃から弟である第二王子とは仲良くやっていたが、第三王女の妹だけはエルフの特徴である長い耳が気に障り、よく第二王子と一緒にいじめていた。
「……まあいい。暗殺者ごときの証言などではこの俺様には何もできん。今回も失敗してしまったが、また時を置いて必ず殺してやる!この城から追い出しただけでは生温い、あの忌々しい血が王位継承に絡んでいる時点で俺様は絶対に許せん!」
ダン
第一王子が忌々しそうに机を叩きつける。机を叩いた音だけが部屋の中に響き渡る。
「おい、さっさと新しいワインを持ってこい! それとこのグラスと絨毯をさっさと片付けろ!」
第一王子が部屋の外にいる護衛に命令する。第一王子が自ら選んだ一級の実力を持つ猛者達。それはこの国最高峰の腕前を持つ強者であったが、高い金を支払って専属の護衛にした。
いつもならすぐに何人もの護衛が入ってくるはずなのに何故か今は入ってこない。
「おい、聞こえないのか? さっさと入ってこい!」
第一王子が声を荒らげる。
ギィィィ
「まったく遅いぞ! さっさとそこにあるものを片付け……」
ゆっくりと開いていく扉。だがそこにいたのは第一王子の護衛ではなかった。見たこともない鎧を身につけ、その右手には抜き身の剣が握られており、左手には杖を構えているおかしな格好をした男だ。そして何よりも男はおかしな真っ黒い面を付けていた。
「……誰だ貴様は! 新しい護衛を雇ったとは聞いていないぞ」
明らかにおかしな男だ。新しい護衛にしても他の護衛から何か話があるはずだ。かといってこいつが賊なはずがない。なにせここはこの国の王城でこの国のどんな場所よりも安全な場所である。そして部屋の前には腕利きの護衛が常に5人はいる。仮に賊が侵入してきたとしても大騒ぎとなっているはずだ。
「……第一王子だな?」
黒い面の男が喋った。男の右手には剣が握られているが、第一王子は怯えもせずに答える。まさか第一王子の命をねらう者がこの国にいていいはずがない。
「いかにもそうだ。まさか貴様は刺客ではないだろうな? 他の護衛はどこにいった?」
「刺客といえば刺客かな。扉の外にいた人達は少し眠ってもらったけど命に別状はないから安心してくれ。さすがにこの人達には隠密スキルがバレそうだったから眠ってもらったんだ」
馬鹿な! この不気味な面を付けた男は何を言っている? まさか本当にこの王城に侵入して更に腕利きの護衛を殺さずに眠らせたとでも言うのか!?
「……おい貴様、もしも誰かに雇われているなら俺様に雇われないか? 貴様の雇い主の倍、いや3倍出すぞ!」
「おお、まさかリアルにそんなセリフが聞けるとは思わなかった! 異世界クオリティすごいな!」
「ボソボソと何を言っている? 聞こえないぞ!」
不気味な面の男が何か言っているがよく聞き取れない。
「ああ悪い、答えはノーだ。別に誰かに金で雇われているわけじゃない」
「……そうか残念だ。ならば、死ね!!」
腕輪をつけた右手を不気味な面の男に向ける。俺様が持つ切り札、『神雷の腕輪』。この魔道具はこの国の宝具で国王である父上がわざわざ俺様に持たせてくれたものだ。
魔法使いの魔力を一定量までためることのできるこの腕輪は、ためた魔力に応じて魔法を使うことができない俺様でも雷の魔法を使うことができる。そして城の魔法使いの力を使い、魔力を限界までためたこの腕輪の力はあの破滅の森に住まう魔物すらも倒せる力があるという威力だ。これに耐えられる人間などおるまい。
「ちっ、扉の外にいる護衛も殺してしまったか……まあいい、俺様を守れぬ無能など死んで当然だ。しかし惜しいことをしたな、奴さえ雇えればあの忌々しいエルフを確実に殺せたものを。部屋の壁を壊してしまったのはちとやりすぎ……」
城の大勢の魔法使いが1ヶ月間かけてためた魔力を全て使って放った国宝である魔道具の一撃。当然部屋の家具や壁などは吹き飛び土煙が舞う。
「うお、ビビった! 今のはこの世界に来て一番ヤバかったぞ! 王子だから戦闘力ないと思ってたけど舐めすぎてたな!」
「……貴様本当に人間か?」
土煙が晴れるとそこには不気味な面の男が立っていた。この男の後ろから先はなにも破壊されていない。男どころか部屋の壁すらも無事であった。
「人間だわ! うん、ちゃんと護衛の人達も無事だな。気配察知スキルに反応がある。さすがにあんなでかい魔法またすぐに撃つことはできないだろうし、さっさと用件をすませて帰ろう」
「ひっ……」
先程から平然と話している男。だが突如その雰囲気が一変した。
「あっ……ああ…………」
こっ、殺される! なんという殺気、まるで心臓を鷲掴みにされた気分だ! 怖い、一秒でも早くここから逃げ出したい!
「これ以上、第三王女のサーラに付き纏うな! おまえが暗殺者を送ったことは分かっている。いいな、もし彼女が殺された場合におまえも死ぬ呪いをかけておいた。たとえ呪いを解呪したとしても俺が必ずおまえを殺しにくる!
忘れるな、俺はおまえが誰に守られたとしても、どこに隠れたとしてもいつでもおまえを殺せる! もしおまえ以外が彼女を殺したとしても、ついでにおまえにも死んでもらうから、むしろ彼女を守ることをお勧めするよ。
ああ、それと王位継承については関与しないから安心してくれ。サーラに手を出しさえしなければおまえが王様になっても問題ない。最後にこのことは彼女には伝わらないようにしろ。この後第二王子にも同じことを警告しに行くから、そちらで情報共有をするのは構わないからな。わかったか?」
「あっ……わっ……わっ……」
駄目だ、声が出せない! なんという圧倒的な恐怖、今まで見てきたどんな強者や魔物などよりも遥かにこいつが恐ろしい。まずい、このまま声が出せないと殺されてしまう!
「……威圧スキルが強すぎたか。ちょっと解除してと」
「ぷはぁ〜!! はあっ、はあっ」
いきなり不気味な面の男への恐怖が消え、ようやくまともに呼吸をすることができた。たかが数分が何十分、何時間にも感じられた。
「それでわかったのか?」
「あ、ああ、わかった誓う!! もう二度とあのエルフには手を出さない! 他のやつにも絶対に手を出させない! だから頼む、命だけはどうか助けてくれ!」
第一王子であるはずの俺様が頭を下げる。本来こんなことが許されていいはずがない。だが圧倒的な力を持つこいつには逆らうことができない。もし逆らえば俺は即座に殺される、それくらいは俺様にもわかる。
「そうか、約束したからな。これからはせいぜいみんなで仲良く暮らしてくれ。それじゃあこれから第二王子のところへ行くから失礼するよ。もう二度と会うことがないことを祈っているぞ」
そう言い残すと不気味な面の男は
「は……あ……」
殺されるかと思った。あれほどの圧倒的な恐怖がこの世に存在するとはな。あれはもう人がどうこうできるような存在ではなく、天災そのものだ。もはやあいつの命令に逆らう気にもならないし、あの男を追うつもりも微塵もない。今はただ、命だけは奪われなかったことをただ素直に喜ぶしかない。
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