第15話 破滅の森と大魔導士


「ふあ〜あ」


 あれっ、なんで俺はテントの中で寝ているんだ? そうだ、昨日は異世界で一泊したんだっけ。昨日の夜にテントの中でこっそり転移魔法を使って大魔導士の家に戻り、そこから異世界への扉を通って家に帰ってメールチェックをしてからまた戻ってきたんだった。


 そのまま家で寝て朝に異世界に戻るというのも考えたが、一応俺は友達と旅行に出かけたことになっているし、異世界の方でもいきなりテントが空っぽになってたら心配されてしまうからな。


 寝るときは外していた鎧を着てテントを出る。どうやら他のみんなはもう起きて準備をしているようだった。


「ダルガさん、サーラさん、おはようございます」


「あっ、マサヨシ殿、おはようございます」


「マサヨシ様、おはようございます」


 ダルガさんとサーラさんは地図のようなものを広げながら話をしていた。今日のルートとかを見返しているのだろう。


「昨日はよく眠れましたか?」


「はい、サーラさんは眠れましたか?」


「ええ、馬車の中には柔らかいベッドもありましたので」


「それは良かった」


 そっか馬車の中にはそんなものまであったのか。まあ王女様ならそのあたりはしっかりと整えられているんだな。


 正直に言うと昨日の夜はしばらくの間寝付けなかった。硬い地面の上に寝袋でということもあるが、やっぱりここは異世界で危険な魔物も存在すると思うと怖くてしばらくの間眠ることができずにいた。


 一応眠っている間も危機感知スキルは反応するようだが、それでも怖いものは怖い。大魔導士の力を継承したとはいえ、そのあたりはやっぱりビビりな俺なんだなとも思う。


「それでは準備ができたら出発しましょう。昼頃に一度休憩と食事を挟んですぐに出発すれば日が暮れる前までには街に到着できる予定です」


「わかりました」


 どうやら朝食はないらしい。確か日本も昔までは朝食と夕食の1日2食だったはずだし、そういう文化なのだろう。


 一台目の馬車には俺とサーラさんとジーナさんが乗り、二台目の馬車にはダルガさんと襲ってきた盗賊達を拘束した状態で乗せている。街に戻ってから尋問をするそうだ。


 おそらくは第一王子か第二王子の仕業らしいのだが、こいつらはただ単に金で雇われた盗賊で首謀者は知らない可能性が高い。唯一、一年以上サーラさんの親衛隊に潜入していたという男なら何かしらの情報を掴んでいる可能性が高いので念入りに尋問するそうだ。




「あっ、そういえばあっちの方向にある森って有名だったりします?」


 昨日の夜に聞くのを忘れていた質問を馬車の中でサーラさんとジーナさんにしてみた。大魔導士の家がある森ってなんだかやばそうな魔物がいっぱいいたし、あんな魔物がたくさんいる森が普通なのかちょっと気になった。


「えっ、マサヨシ様、まさかご存知ないのでしょうか?」


「サーラ様、マサヨシ様はかなり遠い国から来られているようです。おそらくはあちらの森が世界一有名な『破滅の森』であるとご存知なかっただけではないかと」


「なるほど、破滅の森がどこにあるのかまでは知らない人は大勢おりますものね」


「………………」


 なんかものすごい物騒な名称が聞こえた。


「どんな子供でも一度は幼い頃に両親から聞いているはずのあの破滅の森ですよ。私も幼い頃に悪いことをすると破滅の森からやってきた魔物に食べられてしまうぞ、なんてよく母上に言われましたね」


「あら、ジーナもですか。私もよくお母様に言われましたね。なんでも名だたる魔物達が自然と集まる森だそうで、その破滅の森の中でも魔物達による激しい生存競争が常に行われております。


 破滅の森にいる魔物一体でも小国の軍隊並みの力があるとも言われています。もしあの森にいる魔物全てが意志を持って襲ってきた場合には世界が滅ぶと言っても過言ではありません」


「………………」


 なんて場所に家を建てているんだよ、あの大魔導士は!どうりであの森にいた魔物はヤバいやつらだと思ったわ!


「あっ、あれがあの有名な破滅の森なんですね! 向こうの方に進まなくて本当に良かったです」


 とりあえず話を合わせておこう。まさかその森の中からやってきたなんて言えるわけがない。


「私も一度森の1km近くまで進んでみたこともありましたが、圧倒的な恐怖でそれより先には一歩も進むことができませんでしたからね。破滅の森に自ら入ろうとする者なんてまずおりませんよ」


「……なるほど」


 ……その森の真ん中に家建てて住んでるやつもいますけどね。というか大魔導士は何考えてあんな森の中に家建てたんだ?


 そういえばその大魔導士はこの国では有名なのだろうか? そんなヤバい森に住みついているなら、相当な強さを持っていて有名だったに違いない。


「ちなみに話は変わるのですが、おふたりはハーディ=ウルヌスという大魔導士を知っておりますか?」


「はい、もちろんです」


「ええ、もちろん存じておりますよ。というよりも魔導士と呼ばれる者は数多くおりますが、大魔導士と呼ばれるお方はハーディ様しかおりませんからね」


「私もハーディ様を目指して魔法使いになりました。魔王を一人で討ち滅ぼし、魔物の大暴走を一人で止め、一万を超える大軍を一人で押し留めたりと、正に伝説の人物です! ああ、一度でいいですから生きてお会いしてみたかった!」


 ……おう、思ったよりも有名な人だったらしい。魔王を一人で倒すとか特にやばいな。そしてジーナさんの大魔導士への崇拝ぶりがちょっと怖い。


「この国でも有名なお方だったのですね。ちなみにいつ頃の時代の方だったのですか?」


「今から100年以上も前の人物となります。公式の記録によりますと今から約150年ほど前に隣の国のアルタナシア国でお生まれになり、最後は約100年ほど前の黒炎龍の厄災を退けた後、多くの奥様方やお子様方を置いて一人で旅に出たという記録が残っております」


 マニアかよ! てか公式の記録ってなんだよ! キラキラした顔をしながら大魔導士のことを話すジーナさんにちょっと引いてしまった。


「……ん? 多くの奥様方?」


「ええ、大魔導士様は多くの女性を娶って子を成しております。そしてその中にはエルフやドワーフ、獣人といった亜人の女性も大勢おりました」


 ハーレムかよ! どうやらこの世界は重婚はオッケーらしい。大魔導士の野郎、リア充もいいところじゃないか! しかもそんなたくさんの嫁や子供を放り出して破滅の森に引きこもって魔法の研究とか本当に自由過ぎるだろ!


「ふふ、何を隠そう実は私のお母様も大魔導士様の血を継いでおります」


「ええ! つまりサーラさんは大魔導士の子孫ということですか?」


「はい。お母様がエルフでありながらお父様と結婚できたのは大魔導士様の血を継いでいたからという理由もありましたので」


 なるほど、差別されているというエルフであるサーラさんのお母さんが国王と結婚できたのはそういうことか。


「そう、大魔導士様の末裔であるサーラ様にお仕えすることができて、私はなんという幸運なのでしょうか! ああ、大魔導士様、此度は申し訳ございません。今度こそあなた様の末裔であるサーラ様を必ず守り抜いてみせます!」


「……こうなったらジーナはしばらく帰ってこないのでしばらく放っておいてください。魔法使いとしてはとても優秀なのですが、大魔導士様を崇拝しすぎることがありまして……」


「あっ、はい」


 ジーナさんが遠い目をしながら大魔導士に祈りを捧げている。うん、この人に大魔導士の話を振るのはもうやめておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る