第12話 営業スマイルの力?
「おい、離せ!」
「だからやめろって言ってんだろ、拓海! いいからあいつにはもう関わるな!」
「そうよ、拓海! あんたはデコピン一発で気絶しちゃったって言ってるでしょ!」
「うるせえ、そんなわけねえだろ! どうせあいつがなんか汚ねえ手を使ったに決まってる! 今ならあの野郎もなんもできねえだろうが!」
磯崎が露原や粕谷さんに引っ張られながらもこちらに来る。せっかくテニスボールの件は穏便に終わったんだから勘弁してくれよ。
「うわ!」
「きゃ!」
「こら磯崎、何をしている!」
「うっせえ! どけ!」
「ぐわっ」
「「きゃー!」」
磯崎が露原と粕谷さんを突き飛ばし、挙げ句の果てに止めに入った体育教師まで突き飛ばした。駄目だな、完全にキレてる。
「ふざけやがって! なんで立原なんかにビクビクしなきゃなんねえんだよ! おら、死ね!」
「立原くん、危ない! 逃げて!」
キレた磯崎が右拳を振り上げ襲ってきた。俺の後ろには川端さんや渡辺もいるし避けるわけにはいかない。魔法を使ってあいつの動きを止めるか? いや、さすがに不自然か。
「……目立ちたくないんだってのに」
見切りスキルにより磯崎の動きがゆっくりに見える。あえて前に出て磯崎の振り下ろした右腕を掴み後ろ側に向かって投げる。見様見真似だが一本背負いだ。
「がはっ!」
俺よりもでかい身体をしている磯崎の身体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。ちゃんと手加減はしているからそれほど大きな怪我はしていないはずだ。
倒れた磯崎を押さえ込むふりをして、首の部分を掴んで軽く締める。そして威圧スキルを発動させてこいつにだけ聞こえる声で喋る。
「……次はないからな」
「あっ……う……」
さすがの磯崎もガクガクと震え始めた。前回屋上でこいつを倒した時にちゃんと威圧スキルを使わなかったのは失敗だったな。おかげでどうすんだよ、この空気は?
クラスメイト全員ポカンとした表情でこちらを見ている。体育教師すらも驚いた表情で固まってしまった。
それから他の教師もやってきて結構な騒ぎになってしまった。俺も一応事情を聞かれたが、正当防衛として無罪放免となり、教師に暴力を振るったということで磯崎は一週間ほどの謹慎処分となるそうだ。
停学とかの重い罰になったら、また俺を逆恨みしそうだったからそれくらいでちょうどいい。さすがに威圧スキルで脅しておいたから、もうちょっかいを出してきたりはしないとは思うけどな。
「それで、体育の時のあれはなんなんだよ?」
今日の授業が終わり、帰りの準備をしていると安倍と渡辺が俺の席までやってきた。ちなみに露原達は授業が終わるとすぐに教室から出ていった。あいつらは磯崎を止めようとしていたし、別に何もする気はないんだけどな。
「なんなんだって言われても。一本背負いだけど?」
「技名を聞いたんじゃねえ! なんでお前はいきなりあんな強くなってるんだよ! 磯崎のやつを軽々と投げてたじゃねえか!」
「そうだよ! 近くで見てたけど漫画みたいな動きをしてたよ! それにあんな速さのテニスボールを弾くならともかく、片手でキャッチするなんて普通できないよ!」
2人が捲し立てるが、少なくともまだ異世界のことを言うわけにはいかない。
「あれ、言ってなかったっけ? 俺は昔から柔道を習っていたんだよ。今までは太っていて実力を出せなかったんだけど、この前急激に痩せてからようやく本当の力を出せるようになったんだ」
……ちょっと苦しいかな。
「……なるほど、部活も入らずに早く帰っていたのは柔道を習っていたからか」
「そういえば柔道家って反射神経がすごくいいんだよね。それであんなすぐに反応できたんだね」
どうやら信じてくれたらしい。ちなみに部活に入らずに早く帰っていたのはゲームをしたり漫画を読むためだったんだ。……なんかすまん。
「俺はてっきり改造手術でも受けたんじゃないかと思っていたよ」
「うん、僕もそう思ってた。それか変な薬みたいなものでも使ったんじゃないかって心配したよ」
露原もそうだけど改造手術説が大人気だな。まあ継承魔法も改造手術やドーピングと似たようなものか。
「ねえ、立原」
「うん?」
安倍と渡辺と話している最中になぜかクラスメイトの女子が3人、俺の席の方へやってきた。
「そ、それじゃあ僕は部活があるから先に行くね!また明日!」
「おう、また明日!」
「また明日!」
女子に免疫のない渡辺が戦線離脱したようだ。それにしても何の用だろう? あんまりこの3人には接点がなかった筈だけど。
「ねえねえ、立原。体育の時すごかったよ!」
「そうそう、磯崎のやつを軽々と投げ飛ばしちゃって! あいつ最近すごい乱暴だったからスカッとしちゃった!」
「それに私、たまたま見てたけど飛んでくるテニスボールをバシッと片手で取っちゃったし、超格好良かったよ!」
「あ、うん。ありがとう」
いきなり3人がキャーキャーと騒ぎ立てる。さすがに女子3人に囲まれるなんて初めての経験だからたじろいでしまう。
「それになんかいきなりイケメンになってて超ウケるんだけど!」
「最初は誰だかわかんなかったけど、ぜったい今の方がいいよ!」
「ねえねえ、今日ってこの後時間ある? 一緒にカラオケでも行かない?」
「え、ええっと」
あまりの勢いに圧倒される。俺も女子にそれほど免疫があるわけじゃないから、こういう時にどうすればいいのか分からない。それにカラオケなんて数回しか行ったことないから何を歌えばいいのかさっぽりだ。なんとかして断らないと。
「……えっとごめん。今日はちょっと予定があるんだ。でも誘ってくれてありがとう、嬉しいよ」
「「「……っ!!」」」
申し訳なさそうな顔をした後に、できる限りの笑顔を見せる。今の俺は痩せているから不快な笑顔にはなっていないはずだ。少なくともキモイとは言われないはず!……たぶん。
「そっ、そっか! 予定があるならしょうがないよね!」
「まっ、また誘うね! 今度は一緒にどっか行こうね! 約束だよ!」
「じっ、じゃあね! また明日!」
「あっ、うん。また明日」
3人はなぜか顔を赤くし焦りながらバタバタと教室を飛び出していった。ヤバいよね、ヤバかったよねとか廊下で聞こえてくる。キモすぎてヤバいとかじゃないよね? 大丈夫だよね?
「それでせっかくの女子達からの誘いを断って俺なんかと本屋に来てもよかったのか?」
あの後、朝約束をしていたように安倍と一緒に本屋に来ていた。
「いや、女子とカラオケなんかに行ったことないからどうしていいのかわからなくなるよ。それに前まであいつらにもいじめられてたんだぞ! いくら外見が変わったからってすぐに声を掛けてくるなんてちょっと神経を疑うよ」
あの3人はスクールカーストだと露原達の次くらいのグループだ。確かに外見は可愛いと思うけど、あいつらにされたことは忘れてはいない。散々罵倒されたし、散々嫌がらせも受けた。やられた方は簡単には忘れないからな!
「……なら最後の笑顔はいらなかったな。たぶん来週からもまた誘ってくるぞ。他にも誘ってくる女子が増えるかもしれないな」
「ん、なんでだよ? ちゃんと断ったし、笑顔と言っても営業スマイルだぞ」
「……今の痩せた立原の笑顔は結構破壊力があったと思うぞ。少なくとも男の俺からしたらイケメン爆発しろと思いながらぶん殴りたくなった」
「こえーよ!」
なぜ理由もなく殴られなくちゃいけないんだよ! まあ俺も太っていたころはイケメンを見たら理由もなく殴りたいと思ったこともあったけどさ。
「今の立原はかなりのイケメンなんだから自覚しろよ。ほら、あっちの女の子もチラチラこっちを見てるぞ」
「えっ、どっち?」
安倍の指差す方を見ると確かにこっちを見てくる女子高生がいた。俺と目が合うと目を逸らしてすぐに本屋を出ていってしまった。まじか、今の俺ってそんなに格好いいのか。
「ほらな。しかも柔道やってて強いんだからそりゃモテるって。ただモテるようになったから露原達のグループに入るとか言ったら、さすがに悲しくなるけどな」
「それは死んでもない。あいつらにされたことは一生忘れない」
たとえどんなことがあっても露原達と仲良くすることはありえない。あいつらにされたことを思い出すだけでも、やっぱりボコボコにしておけば良かったという気持ちしか起こらない。
「……そうだよな、俺がしたことも許されることじゃないことは分かっている」
「いや、だから安倍や渡辺にされたことは許すって!」
こっちはこっちで面倒くさい。2人は露原達に命令されてただけなんだからしょうがないって。露原達に乗って自分からいじめに参加してたやつが許せないだけだから。
その後は安倍と渡辺がおすすめしてくれた漫画を買って家に帰った。さあいよいよ異世界へ泊まりがけで出かけようじゃないか!
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