第11話 セクハラで訴えるのだけは許してください
三連休前日の木曜日。学生やサラリーマンにとっては明日からの三連休を前にウキウキしている人が大多数だろう。もちろん俺も例外なく楽しみでしょうがない。いよいよあの異世界を本格的に回れるんだからな。
「立原、おはよう!」
「立原くん、おはよう!」
「安倍、渡辺、おはよう!」
朝教室に行くと安倍と渡辺が話しかけてくれた。昨日の放課後に引き続き律儀な2人だ。
「そういえば立原は最近どんな漫画読んでるんだ?」
「漫画は最近あんまり読んでなかったな。たまには読んでみたい気もするし、なにかおすすめのやつはある?」
「最近だとアニメ化もしたこの漫画とかおすすめだよ。ちゃんとイヌミミ娘も出てくるしね」
「渡辺は相変わらずブレないな」
「あとはこの漫画とかもおすすめだぞ。俺は前から絶対に人気が出ると思って最初から追っていたからな」
「ふむふむ、どっちも面白そうだな。帰りにちょっと本屋に寄ってみるよ。ありがとな」
「今日は部活が休みだから俺も寄ってくかな。帰り一緒に帰ろうぜ」
「もちろん、いいよ」
「そっか、僕は今日部活だから一緒に帰れないな。月曜日は休みだから一緒に帰ろうよ」
「おう、そしたら月曜日は久しぶりに駅前のたい焼きでも食べに行かないか?たまに食べたくなるんだよな」
「うん、いいね!」
なんだか久しぶりに高校生らしい会話ができた気がする。やっぱり朝の時間や休み時間はひとりでいるよりも友達とこんな話をしているほうが楽しいよな。
今日の体育の授業はテニスだ。一昨日も同じ授業だったのだが、できるだけ目立たないようにするのが大変だった。もちろんやろうと思えば今の俺の力なら世界チャンピオンにだって勝てるだろう。
ただ俺はできるだけ目立ちたくなかった。今は体育の授業や部活より異世界のことに興味津々だから目立って余計な時間を使いたくないからな。
壁打ちやラリーなどの授業が終わって残りの十分は自由時間となる。渡辺や俺みたいな体育が苦手な人達は壁際に座ってダラダラと話をしている。そして露原達リア充は男女でペアを組んで楽しそうに試合をしていた。授業中は男女別だが、最後の10分は自由に組んでもいいそうだ。
リア充以外にはまったくもって不要な配慮である。いや、近くで女子達がテニスをしている姿を見れるからリア充以外の男子にとってもありがたいか。
「あの、立原くん、ちょっといい?」
壁際で渡辺とアニメの話をしていたらクラスメイトの川端さんが話しかけてきた。川端さんはいわゆるスクールカースト上位の女子で見た目も可愛くて、何よりみんなに優しくて男子の評判が高い。
そして何より俺がいじめられていた時に、唯一露原達に逆らっていじめに参加しなかった女子だ。あの時の俺にはそれはなによりもありがたかった。
「どうしたの、川端さん?」
渡辺には悪いが、アニメの話を中断して立ち上がる。なんだろう、安倍や渡辺達が話しかけてくれるのはわかるが、川端さんが話しかけてくる理由はまったくわからない。
「えっと、やっぱり立原くんなんだよね? ごめんね、前と全然変わっててわからなくて」
「そうだよ。まあ急にこんなに痩せちゃったから分からなくても無理ないよ」
「やっぱりそうなんだ……あのね、立原くんがそんなに変わっちゃったのって、露原くん達のせいだったりするの? もし無理やり何か変なことされていたんだったら、今度こそ私からも先生に言うよ!」
……うん? もしかして俺が露原達におかしなことをされて急激に痩せたと思っているのかな? それだったらむしろ露原達に感謝するんだけど。
「いや、露原達は関係ないよ。教師にも言った通り、寝て起きたらなぜか1日で急に痩せちゃったんだ。一応病院でもみてもらったけど、特に異常はなかったし、体調的にも問題なさそうだから大丈夫」
「そうなんだ! よかった、また露原くん達に酷いことされているのかと思っちゃった」
「そういえば前に何度か俺のことを心配してくれていたよね? あの時はありがとうね。いろいろあって今はもう大丈夫だから」
デブでいじめられていた頃にも川端さんは何度か俺を心配して声をかけてくれていた。今思うとあんなに状況で俺に声をかけてくれるだけでも相当な勇気が必要だ。さすがのリア王の露原達でも男女共に人気のある川端さんには手が出せなかったらしい。
「そう、よかった! えっとね、それで立原くん……」
「危ない!」
隣にいた渡辺が叫んだ。そしてその時、危機感知スキルに反応があった。
「川端さん!」
「きゃっ!」
川端さんの顔に向かって何がが飛んできた。川端さんを庇うように抱き抱え、飛んできた物を右手でキャッチした。
「……テニスボール?」
キャッチした物を見ると緑色のテニスボールだった。
「……え、えっと立原くん」
「えっ? うわ、ごっ、ごめん!」
いつの間にか左手で川端さんを抱き抱えてしまっていた。急いで左手を離す。
「ごめん、わざとじゃないんだ! 許して!」
飛んできたテニスボールから守るためとはいえ、女子である川端さんを抱き抱えてしまった。悪気はなかったんです、セクハラで訴えるのだけは許してください!
「うっ、ううん、大丈夫よ! 立原くんが守ってくれたおかげで怪我もなかったわ。本当にありがとう!」
赤くなって首を振る川端さん。仕草が女の子らしくて本当に可愛らしい。よかった、川端さんの優しさに救われて性犯罪者として捕まることだけは避けられたようだ。
「ごめん、だいじょう……あっ!」
テニスボールを打ってきたやつが謝りにきたと思ったら露原達のグループだった。ボールが当たりそうになったのが俺だとわかると青い顔をしている。
もしかしてわざと俺を狙ったのかと一瞬思ったが、さすがに露原はそんな馬鹿なやつじゃないことはわかっている。
「すまない、立原! わざとじゃないんだ! お前を狙ったわけじゃない、許してくれ!」
「ご、ごめんなさい! 私が変な方向に打っちゃったから悪いの!」
「す、すまん! それを打ち返したのは俺だ! 誓って立原を狙ったわけじゃない!」
「私もふざけてテニスしてたから周りを全然みてなかったの、ごめんなさい!」
おい! わざとじゃないのは分かっているから全員で頭を下げるな! 目立ちたくないのに露原達のリア充グループが頭なんか下げるからみんなこっちを見てるじゃねえか!
「……わざとじゃないのはわかっているし、当たってもないから俺は気にしてない。俺はいいからボールが当たりそうになった川端さんに謝ってくれ」
「そっ、そうだな! 川端、すまない!」
「川端さん、ごめんなさい!」
「川端、ボールを打ったのは俺だ! 本当にごめん!」
「川端さん、ごめんなさい!」
「えっ、ええ、立原くんが助けてくれたから大丈夫よ。気にしてないわ」
「そっ、そうか。本当にすまなかった!」
俺が怒っていないとわかり、露原達は心底ほっとしたようだ。よかった、もういいから早く行ってくれ。
「ほら、ボール。今度からは周りにも気をつけて遊びなよ」
右手でキャッチしたままのテニスボールを優しく露原に向かって投げる。
「あっ、ああ! 次からは気をつける、本当にすまない!」
ようやく露原達が去ってくれた。しかし時すでに遅しだ。あの露原達が俺なんかに頭を下げたおかげでみんなざわざわと話をしている。俺の望んでいる静かで快適な高校生活は一歩遠のいていったかもしれない。
「……露原くん達、まるで人が変わったみたい。今までなら避けないノロマが悪いとか言ってきてたのに」
さすが川端さんだ。いじめられてたころはむしろ体育教師にバレないように当ててこようと狙ってきてたし、ボールが当たったらなんで避けないんだデブ、とか無茶苦茶なことを言われて殴られていた。
「露原達も多少は真面目になったんじゃないかな? 渡辺もありがとう! 渡辺が叫んでくれたおかげでギリギリボールに気付けたよ」
本当は危機感知スキルで気付いたのだが、そういうことにしておこう。
「そうね! 渡辺くん、ありがとう! おかげで助かったわ!」
「あ……えっと、どっ、どういたしまして」
露原達が頭を下げているのを見て声を失っていた渡辺がようやく再起動した。川端さんに声を掛けられてしどろもどろになっている渡辺。女子への免疫は俺よりも低いからな。
「おい、もういい加減にしろよ!」
ようやく露原達が離れてくれたと思ったら、校庭に大きな声が響き渡った。声のする方を見ると磯崎と露原達が何か揉めている。そして磯崎が俺を睨みつけながらこちらに来る。露原達はそれを止めようとしているようだが……
面倒な予感しかしないな。
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