第10話 異世界の森


 さて、今日は異世界で何をしよう? せっかく異世界に来たのだからこの世界を色々とまわってみたい。大魔導士が遺してくれた本には魔法や武器や防具のことについてはかなりの情報を残してくれたようだが、この世界のことについては何一つ残っていなかった。


 自分でこの森を出て村や街を探す必要がある。ありがたいことに大魔導士から継承した魔法の中に転移魔法があった。これを使えば一度行ったことのある場所に瞬時に移動することができる。


 つまりこの魔法を使えば、かなり距離が離れていても一瞬でこの家に戻ってこられる。発動までに少し時間がかかるのと、多少の魔力を使うから無限に使えるわけではないがそれでも十分である。


「よし、これで準備万端だ!」


 大魔導士が作った一番防御力が高そうなフルプレートアーマーに西洋風の剣に前回オークを倒す時に使った杖。重そうな鎧も剣もレベルを継承して力が強くなっている俺には楽々持てた。


 今週は金曜日が祝日で三連休となる。明日の木曜日の夜から日曜日まで泊まりがけで異世界を冒険してみようと思う。そのため今日は試しに森の中を進んでみる。


「……とはいえ、やっぱり怖いな」


 大魔導士の家を出て外に出ると、当然この家を守っている障壁がない。オークもスライムも安全な場所から魔法を撃って倒していただけだから戦ったとは言えない。たとえ力があるとはいえ、あんなやつらが襲ってくると思うとこの家の外に出るのは怖い。


 だがせっかく異世界への扉が繋がったというのに家に引きこもっているのはもったいない。多少危険があっても外に出てみたい。


 一応俺に何かあった時のために家には母さん宛の手紙と、大魔導士の家にあった元の世界でも高く売れそうな宝石を置いてきてある。天井の扉の蓋は閉めてきているからこっちの世界に来ることはないと信じたい。


「いざ、出陣!」


 俺にとっては大きな一歩を踏み出し、柵の外へ出る。とはいえ気配察知スキルと危機察知スキルがあるから何か迫ってきたらすぐに逃げられるけどな。




「ん!」


 気配察知スキルに反応があった。ここから少し先に進んだ所に生き物の気配がある。人と同じくらいの大きさだが、こんな森の中に人がいるわけがないから、動物か魔物といったところだろうか。どうしよう?よし、倒すにしろ逃げるにしろまずは様子を伺ってみるとしよう。


 隠密スキルを使ってゆっくりと気配のある方向へ進む。気配は消せていても木の葉を踏んだ音や木の枝を折ったりする音は多少相手に聞こえるだろうから用心しないとな。




「ゲギャギャ」


 濃い緑色の肌にずんぐりとした体型。鼻は平たく耳は尖り、醜悪な顔立ちをしている。それはゴブリンだった。元の世界のゴブリンのイメージそのものだ。ただし持っているのは棍棒などではなく大きな諸刃の剣で、身につけているのは布切れなどではなく立派な金属でできた鎧だ。ゴブリンジェネラルとかゴブリンナイトとかそんなところだろう。


 しかしこの森はこんな強そうな魔物しかいないのかよ……もしかしたらこの異世界で出てくる魔物はこれがデフォだったりする? こいつらより遥かに強い魔物が大勢いるならさすがに外に出るのは諦めて大魔導士の家に引きこもるぞ。


「ゲギャ?」


 おっと、気配も消して音も立てていないのに何か違和感を覚えたのかゴブリンが辺りを見回している。無駄な戦闘は避けた方がいいだろう。あいつにビビっているわけじゃないよ、うん。世の中平和が一番だよ、ラブアンドピースだよ。


 自分に言い訳をしている間にゴブリンが向こうのほうに移動しそうだ。ないとは思っていたが、やはりこんな森に人はいないのかもしれない。背丈だけは普通の人よりちょっと大きいくらいだったんだけどな。


「ふう〜」


 とりあえずゴブリンはだいぶ向こうのほうまで行った。もう大丈夫だろう。


 ゴブリンの脅威が去り、安堵して後ろにある木にもたれかかる。


 バキッ


「おわっ!」


 もたれかかった瞬間に木が折れた。だいぶ脆かったからたぶん腐っていたのだろう。危うく後頭部から倒れてしまうところだったよ。


「ゲギャ!? ギャギャ!」


 やっべ! 大きな音を立てたことによりさっきのゴブリンが引き返してきた。しかもいきなり剣を振り上げながら俺を狙って戦闘モードだ! くそ、血の気多すぎるだろ。


 剣を抜いて迎撃態勢を取る。この距離からだと魔法は間に合わないかもしれない。大丈夫だ、大魔導士の力を信じるんだ。


「ギャギャギャ!」


 ゴブリンが剣を振り下ろす。だが見切りスキルのおかげでその剣はゆっくりと振り下ろしているように見える。そして次にゴブリンは剣を横に薙いできた。避けることは可能だったが、今度はその剣を剣で受け止めてみた。


 キンッ


「ゲギャ!?」


 そして俺の剣はゴブリンの剣を受け止めて微動だにしない。ゴブリンが更に力を入れようとしているのがわかるが、それでも俺の剣がそこから押し込まれることはなかった。


 力を込めてゴブリンの剣を弾いてみた。かなり力が出ていたのか、ゴブリンが一気に体勢を崩す。これはチャンスだ。


「せいっ!」


「ギャ!?」


 剣を弾いて体勢が崩れたところでゴブリンの首を狙う。剣術スキルのおかげで剣など振るったことのない俺が熟練の剣士のように剣を振るうことができた。


 スパッ


 ほとんど手応えを感じることもなく、ゴブリンのクビが宙を舞った。ゴブリンの体からは動脈を切ったせいか青い血が噴き出す。ゴブリンの血って青いんだな……確か元の世界にも青い血の生物はいたからそれと同じか。


 冷静沈着スキルはオフにしてあるが、思ったよりも生物を殺したという罪悪感みたいなものはない。こちらに向かって明確な殺意を持って剣を振り下ろしてきたのだから殺されても文句は言えないはずだ。


 どちらかというと罪悪感よりも殺されていたかもしれないという恐怖の方が勝っていた。この森はラブアンドピースとか言ってる余裕なんてなかったわ。




 ゴブリンの剣を収納魔法で回収する。大魔導士が作った剣ほどではないが、普通に武器として使えるだろう。ゴブリンの遺体は土魔法で穴を掘って埋めておいた。ほっといてあとで疫病とかの原因になったら嫌だもんな。


 ふう〜とりあえずこれで戦闘があっても戦えそうなことはわかった。それにしても大魔導士なのに見切りスキルとか剣術スキルとかよく使えるよな。大魔導士なのに接近戦もできるとかチートにも程がある。まあ大魔導士の力を継承した俺にとってはありがたい限りだが。


 そういえばこれで魔物を3体倒したわけだがレベルとかは上がってなさそうだ。というかレベルが上がったと教えてくれるのだろうか。某有名ゲームみたいにテレテレッテッテッテーとか音が鳴ってくれれば分かりやすいんだけどな。あるいは大魔導士がレベルをカンストしている可能性はありそうだ。まあ、街を見つけたら誰かに聞いてみよう。




 ゴブリンを倒したあと、気を取り直して先を進む。森の中を歩くのは初めてだったので、最初の頃はゆっくりと進んでいたのだが、慣れてきてからは気配察知で魔物の反応を避けながら走って進んだ。


 レベルを継承して強化された脚力により2時間ほど森の中を走るとようやく森を抜けて草原に出ることができた。というかこのスピードで2時間とか、どれだけ大魔導士は森の奥深くにあの家を作ったんだよ……


 こちらの世界も日が暮れてきたし、今日はここまでにして元の世界に帰ろう。


 転移魔法を使って大魔導士の家に戻り、扉を通って元の世界に戻った。明日の木曜日の夜からは楽しい三連休の始まりだ。今度こそ異世界の人に会えるといいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る