第9話 旧友たちの懺悔
「ふあ〜あ」
しまったな、昨日は夜遅くまで大魔導士が残した本を読み耽ってだいぶ寝不足気味だ。んっ、というかこのスキルは使えるのか?
状態異常耐性スキル、オン。
おおっ、いきなり頭がすっきりしたぞ。寝不足も状態異常に含まれるっぽい。下手したら寝ないでもずっと行動できるのかもしれないが、別に時間がないわけでもないし、今日から睡眠はしっかりと取っておこう。
大魔導士の残した本のほとんどが自身の魔法や趣味で作ったという武器や防具や魔道具に関する本だった。しかし魔法の仕組みに関しては素人以下なので何が書いてあるかさっぱりだった。さすがに一からわかる魔法の使い方のような初心者向けの本はなかったからどうしようもない。まあ魔法が使えるならその仕組みまでは理解しなくてもいいか。
どちらかというと異世界の地図や歴史、情勢が分かるような本があればよかったのだが、そのような本は一切なかった。大魔導士は自分の興味のないことに関してはどうでもいいようだ。やっぱりあの森の外に出てみるしかないか。
「なあ、立原なんだよな? ちょっといいか?」
昼休み、昼食を食べ終わってこれからどうするかを考えていたらクラスメイトの男子2人に声をかけられた。教室内では話したくないらしく、中庭にあるベンチまで移動してきた。
「えっと、やっぱり立原本人なんだよな?」
「ああ、そうだよ」
この2人は俺がいじめグループに目をつけられる前までは仲の良い友人だった。休み時間に昨日見たアニメや漫画の話をしたり、テストの点を見せ合ったりしていた仲だ。いじめグループに目をつけられてからは2人とも離れていったし、俺も2人を巻き込まないように自分から離れようとしていた。
「いや、でも前までとは全然違うじゃん。それに顔まで変わってるし」
いや痩せたけど顔は変わってないんだけどな。証明するには教師の時と同じで2人との出来事を話した方が早いか。
「安倍はくノ一ものが大好きだったよな。きつく縛られているのが特にいいんだっけ? 渡辺はネコミミ萌えで、いつか彼女ができたらネコミミと尻尾をつけてしたいって熱く語ってたじゃないか」
「「うおおおおおい!!」」
おお、2人とも同じ反応をしてきた。なかなかいいツッコミだな。
「おまっ、こんな場所で何言ってんだよ!」
「そうだよ、それに僕が好きなのはイヌミミだから! ネコミミなんかと一緒にしないでっていつも言ってたじゃん!」
一応周りに人がいないことは確認していたから大丈夫だろ。仲が良かった頃はこういうエロトークも結構していた。健全な男子高校生なら当然だよね? そして渡辺よ、俺にはネコミミとイヌミミの良さの違いは分からないんだが。
「いや手っ取り早く俺が立原だと証明するなら2人と話していたことを話すのがいいかと思ってな」
「ならもうちょっと別のエピソードがあるだろう! ほら、3人で風が強い日にパンチラスポットを巡ったり、ジャンケンで負けたやつがコンビニでエロ本を買ってくる罰ゲームをしたりとか」
……うん、安倍よ。ちょっと黙ろうか。たぶん法的にはぎりぎりセーフだがいろいろとアウトだ!
「あとは立原くんがメイド好きで、あまりに熱くメイド喫茶に行きたいって熱く語って僕たち2人をドン引きさせたこととかもあったよね」
「……よし、2人とも俺が悪かった。好きなものは人それぞれだよね。今までの話は一旦忘れよう」
しょうがないじゃん! だってメイド喫茶に一人で入るのってハードル高すぎるんだよ! ただでさえデブで普段から女の人には冷たい目で見られるし。
「やっぱり立原なんだな? 一気に変わりすぎじゃないのか?」
さすがに今のやり取りで納得されるのも微妙なんだけど。
「だから本人だってば。俺も変わり過ぎて驚いてるよ。目が覚めたら一気にこんなに痩せてるんだから。着ている服とか全部買い直しになったし」
「そうなんだ。でも今の方が前より全然いいと思うよ」
「俺もそう思う。今まで痩せようと思っても全然痩せられなかったからな。今は体が軽くてすごい楽だ」
「そっか、病気とかじゃないならそっちの方がいいな。それで立原、本題なんだが一昨日は大丈夫だったのか? 露原達に屋上に呼び出されていただろ?俺達もこっそり様子を見に行って、本当にやばそうだったら教師を呼ぼうと思っていたんだけど、階段の所にヤンキーの見張りがいて行けなかったんだ」
そうか、2人とも俺を心配してくれていたんだな。この2人は俺がいじめられていた時も露原達に命令されるとき以外は絶対にいじめに参加しなかった。それだけでも俺は少しだけ救われていた。クラスメイトのほとんどは露原達に乗っかって自分から俺をいじめていたからな。
「そうか、2人とも心配してくれてありがとう。もう大丈夫。ちょっとあいつらの大きな弱みを握ったんだ。あいつらと取引をして、秘密を漏らさない代わりにもう俺には関わらないし、この学校でいじめはしないと誓わせたから、もう俺には何もしてこないよ」
ということにしておこう。まあ似たようなもんだろ。
「……それで立原くんは昨日も普通に登校してきたし、露原くん達はみんなビクビクしながら立原くんに怯えていたんだね」
「確かにそれなら納得はいくな。ちなみにその秘密ってのはなんなんだ? 立原が急に痩せたことと何か関係があったりするのか?」
「ああ、そっちとは完全に別問題だ。あとさすがに秘密は教えることはできないな」
確かに一気に痩せた後に秘密を握ったなんて言ったら関連があると思うのは当然か。あと秘密なんてそもそもないからな。
「そっか、あいつらにいじめられなくなったならそれは本当によかった。……おい、渡辺」
「うん、安倍くん」
2人がお互いに目配りをする。
「立原、お前が露原達にいじめを受けていた時に何もできなくて本当にすまなかった!」
「立原くん、いくらあいつらの命令だからといって水をかけたり、立原くんの机にゴミを入れたりして本当にごめん!」
2人が頭を下げる。
「今度は俺が立原みたいな目に遭うんじゃないかって思うと怖くて先生に言うことすらもできなかった。しかも今は立原がいじめられなくなったとわかった途端に謝って本当に卑怯だと思っている。もちろん今すぐに許してくれなんて言わない。でもどうしても謝りたかったんだ、本当にすまない!」
「僕も何かしようとしても、どうしても露原くんが怖くて逆らえなかった。先生に言ったら今度は僕がいじめられると思うと立原くんに酷いことをするしかなかった。本当に酷いことをしたし、恨まれていても当然だと思う。本当にごめんなさい!」
「安倍……渡辺……」
2人は2人で苦しんでいたんだな。それにあいつらに何もできないのも仕方がない。成績優秀、スポーツ万能、イケメンで生徒会長のリア充の王にたてつけるやつなんてこの学校には誰もいやしない。俺みたいに教師にいじめを告発した結果、いじめのターゲットが俺に移るなんてもうどうしようもない。まあ俺の場合は報告した教師が悪かった気もするが。
「……気にしてない。そんなもん、今すぐ許すし、恨みなんてこれっぽっちもないから安心してくれ。恨んでいるのは露原達とうちのクラスの担任だけだ。ほら、もういいから頭をあげてくれ」
実際のところ2人に恨みなんてこれっぽっちもない。逆の立場なら俺だって水をぶっかけただろうし、命令には従っていただろう。俺たちみたいな弱者にとっては露原達みたいな強者に逆らうのは本当に難しいことなんだ。
「いや、おまえは優しいからそういうと思っていた。その優しさに甘えるわけにはいかない。しばらくは許さないままでいい」
「僕もそう簡単に許されるなんて思ってないよ。できる限り償いがしたいと思ってる」
「………………」
2人とも本当にいい奴らだな。露原達に爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。イケメンだったり勉強やスポーツができるよりも人間やっぱり内面が大事だよ。
「……じゃあ2人に頼みがある。一昨日までいじめられていたし、痩せて一気に姿が変わってしまったこともあって誰も話しかけてすら来ないんだ。少しずつでいいから昔みたいに声をかけてくれたり、普通に話をしてくれるだけでも助かる」
露原達に目をつけられてからは何をするのも1人だった。休み時間もひとりだし、昼食を食べるのもひとりで授業もひとりだ。放課後はひとりではないが、それは露原達に呼び出されていじめられていただけだしな。
「ああ、そんなんでいいならお安い御用だ!」
「うん、任せておいて!」
「2人ともありがとうな!」
少しずつでもいいから昔と同じ関係に戻れたらいいな。
キーンコーン、カーンコーン
今日の授業も無事に終わった。さあ、今日も早く帰って異世界に行ってみよう。
「じゃあな、立原。また明日!」
「立原くん、また明日!」
「安倍も渡辺も部活か、じゃあな、また明日!」
昼休みに話していたように安倍と渡辺が話しかけてくれてから教室を出ていった。2人とも俺とは違って部活に入っている。確か週に1〜2回休みがあるから、その時はよく一緒に帰ったりしていた。
2人が俺に話しかけたことで周りのクラスメイト達が驚いてざわざわしている。そんな中俺は気にせず荷物をまとめて教室を出た。こんな感じで少しずつでいいから以前の日常に戻ってくれるとありがたいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます