第7話 威圧スキルの力


「……驚いたな。まさか人間にこんなことができるだなんてね。そうだね、話をしようか」


 動揺をしつつも冷静に俺に話しかける露原。他の3人はビビって声も出せないのにやはりこいつは大物だよ。


「俺からの要求は簡単なふたつだけだ。ひとつ、俺に二度と関わってくるな! そしてもうひとつ、俺以外の人にも二度といじめをするな! それさえ守ればもう俺からは何もしない。勝手にリア充の生活を送ってくれ」


「……わかった。そのふたつでいいんだね、要求を呑むよ。僕らは今後一切君に関わらずにいじめもしない、約束するよ」


「……いやに物分かりがいいんだな?」


「さすがにあれだけの力を見せつけられたらね。それに君はそんな力を手にしても、憎んでいる俺達をすぐにボコボコにしないところを見ると、約束さえ守れば本当に何もしてこなそうだからな」


 頭の回転が速いのもこういう時は助かるな。だけどお前がそんなに簡単に引くのには理由があるんだろう?


「なるほど、そうやってここでは引いておいて、少ししたらここで録画した映像を使って暴力行為で退学にさせようとするわけか。あるいは自分のやってきたことは棚に上げて暴行罪で警察に訴えるのかな?」


「っ!!」


 俺は4人に背を向けて少し離れたところに隠されていたスマホと、ビデオカメラを持ってきた。もちろんふたつとも絶賛録画中である。


「こいつらを使って俺をボコボコにできたらそれでよし。もし駄目でもここで録画した動画を使って俺を脅すか排除するか。もし俺がお前が映像を流したと言っても倒れているこいつらの誰かが勝手にやったことにするのかな。本当によくこんなこと考えられるよね」


「……気付いていたのか」


「露原とは長い付き合いだからね。君の性格の悪さならやろうとしていることもだいたいわかるさ」


 はい、嘘です。カメラを見つけたのは偶然かつ魔法の力のおかげです。


 俺は屋上に来てすぐ、探索の魔法を使ってこの屋上を調べた。もちろんカメラがあると思って調べたわけではない。


 露原のことだから休み時間や昼休みに屋上になんらかの罠を仕掛けている可能性もあると思って、何かおかしなものがないか調べてみた。そしたら罠はなかったが、何故かビデオカメラとスマホを発見して、よくよく考えたらこいつならそこまでやりそうだということに気付いたわけだ。


「それで、このカメラのことを話さなかったということはまだ俺に敵対の意思があるってことでいいのかな?」


 両手に持ったスマホとカメラを素手でバキバキに握りつぶす。どう見ても普通の人間の握力ではなく、露原以外の3人は無言のまま怯えた表情をしている。


「……俺達に何かしたら君の母親は悲しむんじゃないかな? それに俺からは何も言わないけれど、もしかしたら俺の父親が君の母親のことを快く思わないかもしれないね」


 ……ついに露原が最後の札を切ってきた。ぶっちゃけ病院を辞めさせるだけならもう別にいい。これだけの力があればお金なんていくらでも稼げるだろう。だが、母さんや俺の身の回りの人達に危害を及ぼす可能性があるならば、俺はそれを許すわけにはいかない。


「ひっ……」


 今まで冷静を装っていた露原の顔が恐怖の色に染まる。他の3人も先程よりも一層怯え始めた。


 俺が使ったのは威圧スキルだ。このスキルはその名の通り相手を威圧するスキルである。こいつらのような連中に中途半端な要求をすると絶対にどこかで反発してくる。やるなら徹底的にだ! 二度と俺に対して敵対行動を起こさせないように、ここで圧倒的な恐怖をその身に刻み込んでやる。


 俺が右手をゆっくりと動かして露原の首に手をかける。だが4人とも恐怖で身体中が震えており、まったくその場から動くことができていない。


「いいか、俺がいつどこにいてもお前らを殺すことができることを忘れるなよ。母さんや俺の身の回りの人達に少しでも危害を加えようとすれば、その瞬間にお前らは全員皆殺しだ!」


 露原の首に回した右手に少しだけ力を込める。


「うっ……」


 さすがの露原も涙や鼻水や涎を垂れ流して酷い顔をしている。……ちょっとやりすぎたかな? いや、これくらいやっておかないとこいつは本気でまた何か手を出してくる可能性が高い。むしろ今までさんざんやられてきたんだ、もっと威圧スキルを強めて発狂寸前にまで追い込んでやろうか? それとも失禁するまで追いつめてその姿をネットにばらまいてやろうか?


 ……いや、これ以上はあいつらと同じでただの弱い者いじめになってしまう。もうこれ以上こいつらが俺にできることはなにありはしない。露原の首から手を離し、威圧スキルをオフにする。威圧スキルをとめた瞬間に4人ともその場に崩れ落ちた。4人の恐怖に引き攣った顔を見れて少しだけ満足できた。本当は何発かぶん殴ってやりたいところだが、我慢しよう。


「後始末は任せるよ。さっきも言ったけど、ふたつの要求さえ守ればこっちから何かする気はないから。それじゃあよろしく」


 屋上にいるのびたヤンキー達の後始末を任せて下に降りる。露原は馬鹿じゃないからな、これ以上手を出さないと言えば必死で約束は守るだろう。





 まさか一時は死ぬまで思い詰めていたいじめの問題がたった1日で解決するとはな。本当に大魔導士様々だよ。こんなに晴れ晴れとした気分で下校するなんて久しぶりだ。いつもは殴られたり、捨てられた上履きを探したり、パシリにされたりしていたからな。


 さて、これからどうしようかな。とりあえず学校のいじめ問題は解決しただろうから、これからは自由に時間が取れることになるな。やっぱりまずはあの異世界について色々と調べてみようかな。




「……ん? なんだろうこの感覚は?」


 学校から家に帰る途中で常時発動している危機感知スキルに反応があった。このスキルはなんらかの危険が迫っている時にそれを教えてくれるスキルだ。だが、今回は俺というよりも別の人に危機が迫っているような感覚がする。距離はここから5kmも離れていない場所だ。


「……行ってみるか」


 このスキルが発動したのは初めてのことだ。どのような状況で発動するのか興味がある。隠密スキルを使い、高速移動をしても他の人に気付かれないようにして危機感知スキルの反応のあった場所に急ぐ。


 車道を走ったり、家の屋根を飛んでショートカットをしながら5kmの道のりを3分もかからずに到着することができた。


「なるほど、そういうことか」


 危機感知スキルが反応したのは交通事故だった。ただそれほど大きな事故ではなく、車が一台電信柱にぶつかっているだけだった。


「げっ、あれはまずい!」


 車はボロボロになっていたが、そんなのはどうだっていい。問題は歩道に横たわっていた一人の女の子だ。その女の子の頭や身体中からはかなりの量の血が流れている。周りには大勢の人がいてその女の子を見守っているところを見ると、車道から歩道に女の子を運び、救急車を待っているのだろう。


 気配察知スキルで女の子の反応を見ると少しずつその反応が小さくなっていく。このままでは救急車が来るまでもたないかもしれない。急いで人の合間を縫って女の子のすぐ側まで近付く。


 よかった、結構深そうな傷だったが、回復魔法で十分治せる範囲だ。さすがに全快まで治してしまうとまずいから、ほんの少しだけ傷が残るまでは回復しておいた。これくらいの傷ならすぐに塞がるだろう。


「ハイヒール!」


 しかし隠密スキルの力もなかなかすごいな。これだけ周りに人がいても、まったくこちらを認識している様子がない。……下手したら女湯とかに忍び込んでもバレないんじゃないか? いや、今のはなしでお願いします。


 顔色が落ち着いてきて呼吸もゆっくりしてきた。一応容態が急変する可能性もあるから救急車が来るまではその場におり、救急車が来て救命士さん達が女の子の様子を見て安心した顔をしていたのでその場を離れた。


 せっかくこんな力をもらえたんだから、今みたいに手に届く範囲で人を助けられそうなら助けてあげられるといいな。危機察知スキルの範囲を目一杯広げておこう。


 さすがに今日はいろいろあって時間が遅くなってしまったから異世界に行くのは明日にしておこうか。部活も入ってないし、学校が終わったら即異世界にダッシュだぜ!

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