第5話 いじめグループ


 憂鬱な月曜日、先週まではまた5日間地獄のような辛い日々が始まるかと思うと学校へ行く足取りが自然と重くなっていた。


 だが今日は違う。ようやく地獄のような日々から解放されると思うと足取りが軽くてしょうがない。まあ物理的に痩せたから足取りが軽いというのもあるかもしれないけどな。


 とりあえず制服に関してはワイシャツは新しく買ったし、ズボンは昨日母さんが詰めてくれた。今まではウエストがきつくなることはあっても、緩くなることなんて一度もなかったから知らなかったが、ズボンて結構簡単に詰められるらしい。とはいえ詰めたのはウエスト部分だけだから、今度新しいズボンを買ってもらわなければならない。


 学校の最寄り駅で降りて歩いて学校に向かう。ちなみに大魔導士から継承した魔法の中には転移魔法があり、一瞬で学校に行くことはできるのだが、誰かに見られたら面倒だし、何よりそこまで魔法に頼りきりになるのは嫌だったから普通に電車登校をしてきた。




 下駄箱まで到着して自分の下駄箱を開ける。うん、いつも通り俺の下駄箱にゴミが入れられているな。こんなもんはいつものことだ。普通のゴミならいいんだが、生ゴミやジュースの中身が溢れていたら、かなり臭くて大変なんだよな。


 だが今日はまったくもって問題ない。下駄箱の中でこっそり初級生活魔法のクリーンを無詠唱で発動させる。すると俺の上履きは一瞬のうちに新品同様の真っ白な上履きへと変化した。ゴミをゴミ箱に捨てて教室に向かう。


「ふう」


 教室のドアの前で少しだけ立ち止まる。大丈夫、昨日いろいろなシチュエーションを考えた。行くぞ!


 ガラガラッ


 教室の扉を勢いよく開ける。少し気合を入れすぎたせいか大きな音を出してしまい、みんなの注目を集めてしまった。いつもだったらいじめられている俺と目が合ったらすぐに視線を逸らされるのだが、今日はジロジロと見られたままだ。まあこれだけ一気に痩せたら俺だと分からないのだろう。


 人混みを抜けて自分の机に向かう。教師に一発でバレるような机の上に落書きなどの露骨なことはされていないが、いつものように机の中にゴミが入っている。いじめグループはゴミを捨てる時にわざわざゴミ箱ではなく俺の机にゴミを入れるからな。


 当然教科書なんて入れておけば捨てられるか、くしゃくしゃにされているか、ビリビリにされているかのどれかなので、面倒だが毎日持って帰っている。


 自分の席についてカバンを下ろす。机の中に入っていたゴミをゴミ箱に捨てる。教室内がざわざわしているが、まだいじめグループは絡んで来ない。おそらく俺の変化に戸惑っているのだろう。


 しばらくするといじめグループの1人である粕谷かおりがこちらに近付いてきて俺の目の前に立つ。こいつはギャルだがいわゆるスクールカーストの一軍というやつで、見た目だけは可愛いのでみんなにチヤホヤされている。


 しかし性格は最悪で俺がいじめられている時も自分では手を出さないが、いじめのアイデアを出したり、俺がいじめられている様を笑いながらスマホで撮影したりしてようなやつだ。


「ねえ君、転校生? そこは立原っていうキモデブの席だから、座るなら別の席に座った方がいいよ」


 ……ああ、そもそも俺が立原だと分かっていないようだな。まあ、俺自身も最初は分からなかったし、当然と言えば当然か。


「いや、立原は俺だけど」


「へえ?。君も立原っていうんだ、奇遇だね!」


「………………」


 どこまで俺が太っていた時と結びつかないんだよ。さすがにそこまでの偶然ないだろ。


「……おい、てめえまさか本当にあのキモデブか?」


 こいつは磯崎拓海。こいつも俺をいじめている奴らの一人だ。ヤンキーで髪を茶髪に染めており、嘘だとは思うが、ヤクザのヤバいやつらと繋がりがあると、事あるごとに自分から吹聴している。俺は毎日のようにこいつに殴られたり蹴られたり、暴力を振るわれていた。


「キモデブかは分からないけど、よく君に殴られていた立原だよ」


 デブは認めるけど、キモいは認めたくない。


「ふざけんな! どうやったらあのキモデブが土日を挟んだだけでこんなに変わんだよ! 整形とかいう話じゃねえぞ!」


「きゃー!」


 磯崎がキレて力任せに俺の胸ぐらを掴んで椅子から無理やり立たせる。乱暴にやったおかげで周りの机が倒れ、女子達が悲鳴を上げた。


「ふざけてないよ。土曜に寝て、日曜に起きたらこうなっていたんだよ」


「馬鹿にしてんのか!!」


 うん、そりゃまあ信じるわけがないか。


「馬鹿にしてもないよ。君が信じようが信じまいが、俺が立原正義本人だ。それとそろそろ離してくれないか?」


 胸ぐらを掴んでいた磯崎の両手を掴んで無理やり引き離す。痛くはないんだが、せっかく買ったワイシャツが伸びてしまいそうだ。


「てっ、てめえ、離しやがれ!」


 今度は磯崎が俺が掴んだ両手を引き離そうとするが、まったく振り払えていない。レベルアップにより強化された俺の力はこいつの力ごときではびくともしない。それにしても本当に脆い腕だ。もう少し力を入れたらポッキリと折れてしまいそうだ。


 だが我慢しなければならない。こんなところで問題を起こして、いじめグループのリーダーであるを逃すわけにはいかない。


「おいおい、朝から何の騒ぎだよ。んっ、誰だい君は? 転校生が来るなんて話は聞いてないけど?」


「龍!」


 ……来たか。露原龍一、仲の良い者からは龍と呼ばれている。こいつがこの学校のスクールカーストのトップに立つ男だ。


「龍、あのね。朝来たら見たことないイケメンがいてね、転校生かと思ったら自分はあのキモデブだって言ってるの!」


「……あいつが立原だって? はは、朝から何言ってるんだよ、かおりは」


「龍くん、本当なのよ。私もあいつがそう言ってるのを聞いたわ!」


「俺もそう聞いたぜ!」


 北村舞美と小野崎修也、こいつらもあいつらの仲間だ。主にこいつら5人がいじめグループの主犯格になる。


「舞美に修也まで、マジかよ。……なあ立原、まずは拓海を離してくれないかい?」


「………………」


 そういや磯崎の腕を掴みっぱなしだったな。しかしなんでリア充どもはこんな感じで友達を名前やあだ名で呼びたがるのかね?


 磯崎の腕を離して解放する。


「つっ……」


「それで君は本当にあの立原本人なのかい? 成りすまそうとしている部外者だった場合は警察を呼ばないと行けないんだけどね?」


「間違いなく立原正義本人だよ。土曜に寝て身体中が痛むと思って起きたらなぜか急激に痩せていたんだよ」


「いや目が覚めたら身体が痩せていたって、漫画じゃないんだからさ、もう少しマシな言い訳なかったのかい?」


 ……確かに漫画みたいな話だけどさ。それに嘘は言っていない。(異世界で大魔導士の継承魔法を受けて気絶して)寝て身体中が痛むと思って起きたらなぜか急激に痩せていたんだよ!


「いやだから本当だって。なんなら俺が今まで君にやられてきたことを全部話そうか?」


「っ!! 舐めた口をきくねえ。まあ本人でも本人の振りをしてるやつでもどっちでもいいや。ちょっと話したいことがあるから放課後屋上で話さないかい?」


「ああ、俺も話したいことがあるからちょうどよかったよ」


「……へえ、それじゃ放課後に」


「ああ」


 そう言いながらやつは自分の席に戻っていった。磯崎のやつも俺を睨みながらも自分の席に戻っていく。


 ふう、とりあえず第一段階はうまく行ったようだ。おそらくこれであいつは放課後までに自分の仲間を集めるだろう。そうして集まったあいつの仲間を一掃してしまおうというわけだ。


 しかしスキルの力のおかげで本当に助かったわ。さすがに俺一人の力であんなに堂々といじめグループと渡り合えるわけがない。いくら強くなったって性格は変わってないからな。


 今回使ったのは冷静沈着スキルだ。その名の通り喜怒哀楽の感情をできる限り抑えてくれるスキルである。あいつらにビビってしまわないようにするためと、怒りであいつらを殺してしまわないようにするためにこのスキルを使用した。


 もしこのスキルを使っていなかったら、あいつらとまともに目も合わせられなかったかもしれない。いじめらている側にとってはそれくらい怖い相手なんだ。そう簡単に逆らえるものではない。


 勝負は放課後か、でもその前に先生にどう説明しよう……

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