第十四話


「先輩はこのあと用事はありますか?」

「いや、ない。帰って寝たい」

 

 夢芽の胸の感触が右腕からしても何も感じないほどに俺の性欲はなくなっていた。


「そうなんですね……」と少し落ち込む夢芽。

「どしたんだ?」

「いえっ、なんでもないですよ。ただ一緒に私の家でお風呂に入りたいなと思いまして」


 感覚が狂っていた、いつもならもっと反応する言葉だったのに、お互いの裸姿に慣れてしまったのか。


「じゃあ、俺の家で入るか」


 一緒に入るという言葉になんの躊躇いもなしに俺は答えた。


「はい♡」


 真奈と一緒にお風呂に入る時の練習だ。

 真奈の裸を見ても興奮しないようにするための練習だ。


「先輩っ♡。私は今本当に幸せですっ♡」と上目遣いでニコリと微笑む夢芽に。

「はは、そっか、よかったな」と俺は無表情で返した。



「はあはあ……」と息が荒くなる。


 カラオケボックスを出てすぐのことだった。

 

 店内に流れているBGMの音量が上がったかうるさくかる。

 店内の雑音がうるさくなる。

 

 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで光一くんが──。


 目の前を光一くんと光一くんの右腕を抱きついている夢芽が過ぎていく。


 夢芽と一緒にいるの?

 それに夢芽、何その見たことのない顔は。


「どうしたんだ、真奈ちゃん?」

「い、いえ、なんでもないよ喜一先輩っ♡」

「ほんとか? まあ、どうでもいいや。ほら早くいくぞ」

「はい♡」


 きっと似ている人だったんだ。

 うん、そうよ。

 勝手に決めつけちゃ二人に悪いよ。


 本当はわかっていた。

 あれは光一くんと夢芽で間違いないということを。

 でも違うと自分に言い聞かす。

 そうだったら私の精神が狂ってしまいそうだから。


 二人のはずがないよ。



「ねえ……夢芽?」

「はいっ、なんですか姉さん?」


 違うとわかっているそれでも、気になってどうしてもいられなくなって私は夢芽に問うことにした。

 どうにも夢芽の帰りが私より遅かったわけだし。


「今日、放課後何してたの?」

「姉さんは何をしてたんですか?」


 いくら妹であっても、今日のことは言えない。

 もしそれで光一くんに伝われば私は振られる。


「お友達とカラオケにいったの、それで夢芽は?」

「へえ……そうなんですね、私は雨が強く少しお友達の家に雨宿りをさせていただきました」


 嘘じゃないよね。

 本当に夢芽はそうだよね、光一くんとカラオケなんかあんなにイチャイチャしてたのは違うよね?


「姉さん、大丈夫ですか、顔色が悪いですけど」

「ううん、大丈夫」


 ふと、光一くんと夢芽がシているのを想像してしまった。


 違う、違う、違う。

 絶対に違う、あれは光一くんと夢芽のはずがないんだもの。

 ええ、そうよ?


「ありがとね、それじゃあ私はこれで失礼するとするね。おやすみ、夢芽」

「はい、おやすみなさいです姉さん」


 もし光一くんと夢芽がシたのならそれは完全に不倫だもんね、絶対にないよね!


 ピジンと私は両頬を叩く。


「……よしっ、気持ちをリセットしよ♪」

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