第十話

 昼休みのことだった──。


 真奈が間男とシているという連絡がまた夢芽から来るかもしれないという緊張感の中。


「なあ、黒宮」

「なんだよ」


 斉藤と一緒に向かい合わせでご飯を食べている最中に斉藤は言った。


「白石さんとはもうヤったのか? いや、流石にヤったよな!?」


 そのセリフに一瞬、頭が真っ白になった。


「ヤってない……」

「まじかよ……えっ、ガチかよ!? お前ら今年で二年目だろ──ッ!? 俺なんて半年目にして昨日シたんだぞ!?」


 俺だって真奈とはシたかった。

 今でもシたいと思う気持ちもある。

 けれど、夢芽とシて満足してしまっている自分がいるのだ。

 真奈と夢芽、二人で一人のような感じだ。

 自分がどんだけ最低なやろうかなんてわかっている。

 

「そうか……はは、先を越されちまったみたいだな」と視線を落とす。

「あっ、なんかわりい。ちょっとヤったことに浮かれちまって……はは」

「ううん、斉藤。浜辺さんを大切にしろよ」


 俺みたいになるなよ、俺みたいに真奈の気持ちに気づかなかった人間に。


 そう心の中で言う。


 もっと俺が真奈の気持ちに気づいてやれればきっとこんなことにはならなかったんだよな。


「ああ、もちろんだぜ」


 真奈をこうしてしまったのは俺にも責任があるのかもしれない。

 前々からずっと思っていた。

 寄りを戻せるなら戻したい。

 そのために今俺ができることは──。


 ブーとスマホのバイブレーションが鳴る。


 突如、心臓がうるさくなる。


 このタイミングでか……。


「おい、どうしたんだよ、黒宮? 顔色わりいぞ」

「いや、なんでもない」


 違う、夢芽からじゃない。

 夢芽からじゃないに決まってる!


 恐る恐る、俺はスマホを開くと──。


『先輩、今日は音楽室の男子トイレに来てもらってもいいですか?』


 音楽室の男子トイレ、そもそも音楽室は一年の選択授業と合唱部でしか使っていないため昼休みに人気があるはずがない場所だ。

 

 ああ、やっぱりそういうことか。

 真奈か……。


『ごめん、今日は用事があるから無理』

『そうなんですね、わかりました』


 まあ、もういいじゃないか。

 いちいち真奈がシているところへ行き精神的にダメージを受けるくらいなら、開き直って行かなければ。

 多分、夢芽が間男の正体をそのうち見抜く時が来るだろうし。

 

「本当に大丈夫か──」


 俺はニコリと作り笑いで。


「ああ、大丈夫だよ」

「そうっ……ぽいな。すまんな変に心配しすぎたわ」

「うん」


 真奈がどうしても嫌いになれないんだ、心の底から好きだから。

 間男を一発ぶん殴って真奈を取り返す。

 夢芽には悪いが、夢芽と付き合うなんて俺にはできない。

 それが今の俺にはわかってしまったのだ。

 ああ、やっぱり俺って真奈じゃなきゃダメなんだな。

 人生での初恋であることも関係してるのだろう、何より始めて付き合ったのが真奈だから、余計に真奈を大切に思ってしまう。

 寝取られただけじゃ嫌いになれないんだ。


「まあ、白石さんとはヤっといた方がいいぞ。仮に別れることになっても、あんな美少女とヤったっていうことで幸せ者だからよ」

「お前って最低なやつだな」

「男なんてみんな最低に決まってるだろ?」


 ああ、そうだ。

 俺も最低なやつだから。


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