第36話 「サイス……私が間違っているのなら、なぜ運命はまだ私を生かすの?」

「最後、か」


「……そう、かしら?」


「え?」



 と、その時、テレサの身体が中心から二分されはじめた。



「あぁぁあああぁあッ」


「そん……な」



 分裂した半身は徐々に人体へと近づく……そう、もとあるべき形である魔術師テレサへと。



「まだ、まだ終わってない!! 私はまだ闘えますよ!」



 怒声を放ちながらも、立ち上がるその足は小刻みに震え力が無い。



「……まったく、あいかわらず往生の悪い子ね」


「か、香織?」



 口調……いや、声までもが変わった香織はテレサへと右手を静かにかざす。



「“エリミネイト”」


「なっ!?」



 放たれた漆黒の光の球体は、一瞬にしてテレサの上半身を奪い去っていた。


 鮮血を振りまき、膝から力が抜けたように崩れ落ちるテレサの下半部。



「誅殺完了、なんちゃって」


「なんだ今の術式は……!?」



 零司ですら理解出来ぬほどの速さで放たれた術式。


 速いだけではない、弱っていたとはいえ、テレサほどの術者を一瞬で葬る破壊力。それにくわえ、香織はこの術式に印を使っていない。



「ふふふ……とりあえずは黒点にしといてあげるわ“霧谷ボーヤ”」


「なんだ……なんなんだオマエ!」



 不気味な笑みを浮かべる香織……。



「あなたの“お姉さん”よ」


「ッ!?」



 香織の短かった髪が徐々に延びはじめ、顔も変化を始める。



「本当に助かったわ…私が直に手を下す必要が無いほどだった。弟より役に立ったわ」


「くっ!」



 高鳴る心臓――声は聞こえない。だが、感じる。


 サイスの魂が奴を殺せと、そういっている。



「うおあっ!」



 振り上げる黒刀……それは恐ろしいほどに迷いなく香織へと振り下ろされた、が。



「図に乗らないでね」


「!!」



 わずか片手で弾き返された黒刀は、宙を舞い微塵に粉砕した。



「まだあなたは、格下よ」



 流れる長髪…冷ややかな瞳。


 彼女は香織ではない……いや、もしかしたら、そもそも香織は――。



「霧谷ボーヤとは初めまして、かしら? 私の名前は“イデア”よ」



 黙示録を、親父とサイスの力を手に入れたというのにテレサとは比較にならないほど感じる恐怖感…対峙しただけで嫌でも分かる……分かってしまった。


 目の前の存在は“絶望”……およそ今の俺では――いや、この世界のどの魔術師がどれだけ結束しようが、到底かなわない……最強の術師。


 高鳴りが止まらない……勝てないと分かっているのに、力の差は圧倒的と感じ取っているのに…サイスの魂は、目の前の奴を、イデアを殺せと高鳴り続ける。



「黙示録の力を手に入れて…父親の力を手に入れて……サイスの力を手に入れて」



 背を向け悠然と歩くイデア。



「テレサの力を上回り、やっとあなたは私の“手駒”となりえる力を手に入れた」


「なんだって?」



 足を止め振り返るイデア。



「腐敗した旧人類。力も無い、知能だけが取り柄のとるにたらない矮小な存在…そんな奴らがなぜこの世界の覇者を気取る? 傲慢な人間は母が与えたもうた自然を汚す。愚かな人間は母が与えたもうた命を無駄に奪い奪われる……実におぞましい現実」



 ――なにを、言っているんだ?



「母は嘆いた……この汚れをどう浄化するべきか? ――そして私とサイスが生み出された。旧人類を駆逐し、母が作り出した新人類の世界を作り出すために」


「なっ!?」


「……しかし計画は思わぬ所で狂い始めた。多くの旧人類と接するうちに、サイスは私を裏切った。後に配下にしてやった十一の魔術師までもね――術師の中の二人、テレサとクレアが潜伏するこの町に、サイスの魂を持ったメソテスまでもが潜伏していると知り、その力を手に入れる為に、私は十数年あえてテレサを殺さずに待った。あえて私はテレサの策を実行させてやったのよ」



 ――十数年…じゃあやはり始めから上沢香織は存在していなかった。今回のこれも、全部奴の思惑のとおりだっていうのか!?



「少し予定は違えたけど、結果アーシェにあなた……二つの黙示録が私の手駒となった」


「……な」


「なんですって?」


「ふざけるな! 俺も、アーシェも、全ての人間を殺すための協力なんか出来るか!」



 零司の言葉に鼻で笑うイデア。



「拒否権があると思っているの?」


「関係ない……サイスの意志通り、オマエはここで斬る!」



 両手で槍をかまえイデアへと踊りかかる零司。



「なりたての半端モノが……私を侮りすぎよ――“インヴィジブル・ワイアー”」


「ッ!!!!」



 何もない空間で制止する零司。


 腕も足も、何もかもが何かに辛めとられたかのように動かない。



「“エトランゼ”」


「ぐぁぁっ!」



 動けず、零司はイデアの術式を全身で受けとめた。



「“細切れ断頭台”」


「がっ!」



 切り裂かれる身体…それでも身体に自由は戻らない。



「“龍の吐息”」


「ッッッッッ!」



 もはや叫ぶ力も無い。


 圧倒的な差。


 黙示録を持ってしても勝ち目の見えない絶望的な差。



「理解できた? あなたじゃ私は殺し得ない。黙示録を手に入れようと、サイスやメソテスの仮初めの力を手に入れても、たかが指一本触れられないのよ。私にはね」


「倒す……倒してみせる」


「弱者の言葉ね。あなた、つまらないわ」



 そっと、イデアの手が零司の胸板へとあてられる。



「アーシェだけでいいわ」


「!!!」



 黒い光。



 零司が最後に見たのは、涙を流すイデアの悲しみの表情だった。



「“黒槍”」




 ℱ




 ドッ、という音……動かなくなった零司。


 イデアは零司の頬を二、三度撫で身を翻しアーシェを見やる。



「サイス……私が間違っているのなら、なぜ運命はまだ私を生かすの?」



 アーシェへと歩み寄り、そして……通り過ぎる。



「まだ歯車は……回り続けるのね」



 消えてゆくイデア。


 それと共に始まる町の崩壊……。


 淘汰した悪魔…立ち上がった邪神……物語は続く。


 それは邪神が倒れる時か……それとも…。



「――イデ……ア」

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