第35話 「……姉として弟は助けなくちゃいけないと思ったから、かな」
――動く。
現世に舞い戻った零司――死体と確信したテレサはそれを特にどうこうしたわけでも無く、ただ地面へと打ち棄てていた。
――いや、それ以上。
死なせて尚、その死体を跡形もなく消し去っていれば、テレサの勝利は揺るぎの無いものだっただろう。
「……これが魔術師」
「!?」
死んだはずの零司が跳ね起き、驚きに目を見開くテレサ。
「どこまでも引き出せる……はは、自分の魔力の底が見えなくなった」
望めば望むだけ溢れる魔力――それはやがて、テレサを大きく上回っていた。
吸血鬼の本能に支配されたテレサ……その本能が目の前の人間を、霧谷零司を危険だと強く知らせる。
「ガッ!」
幾十本もの触手を零司へと繰り出すテレサだが、
「防ぐ必要は、無い」
一本、二本……次々と繰り出される触手を苦もなくテレサへと歩みながら避ける零司。
――テレサの攻撃が見える……触手の形、動き。全部が視覚出来る。
「黒眼」
発動した黒眼。それと同時に、零司の背中からは黒い翼と白い翼が生え、顔には紋様が浮かび上がる。
サイスの力と共に零司の中へと吸収された黙示録……それはサイスとメソテスの両方の力を融合させ、規格を超えた、究極の力と変化していた。
「黒刀、白槍」
右手に握られた黒き倭刀と、左手に握られた白き槍。
「ガァッ!」
テレサの目の前に出現した巨大な魔法陣から、凄まじい光が放たれた。
「――もう、十分だろ」
倭刀をその光へと向けると、迫り来ていたそれは切っ先に触れた瞬間異次元へと吸い込まれ消えていく。
「ッッッ!」
驚愕したテレサの懐へと潜り込む零司。
「アーシェを、返せ!」
振り上げられた倭刀……鮮血が飛び散り、テレサの断末魔がこだまする。
「オマエなんかの一部になって終わりだなんて…俺は絶対に認めない」
刄を返して振り下ろすと、再びテレサから血液が激しく吹き出す。
「ガァァァッ!」
「――幸せを掴めないまま、死なせてたまるか!」
痛みで身を捩り、それでも触手による反撃を繰り出すテレサ。
「絶対に助けてみせる!」
「ッ!」
触手を槍で一蹴し懐へと潜り込む。
「ガガッ!!」
突き出された零司の右腕が、テレサの傷口へと深く突き刺さった。
「引きずりだす!」
黒眼の意志を読み取る力でアーシェの存在を探し、サイスから譲り受けた黙示録の力で体を再生する……それが成功するかどうかは分からない。
しかし、アーシェが一度完全に吸収・融合された現状では、それしか助けだす手立てはなかった。
「グガァッ!」
「ッ!!」
零司の背中へと突き刺さる触手の束――しかし、零司はそれにかまう事無くアーシェを探し続ける。
「ッァァァァァァァ」
もはや声にもならぬ絶叫を上げながら、テレサは残った触手全てを零司へと照準をあわせた。
――避けられない、か。
助けられぬなら、死のうとも構わないと自らの生存を諦め零司は探し続ける…露にも満たないアーシェの脆弱な意識を頼りに。
「ガァッ!」
迫る触手――しかし零司はそれを避ける素振りも見せない。
直撃すれば死を免れぬ攻撃を避けるタイミングを完全に見逃す零司。
しかし……、
「ッ!!!!」
触手は一本たりとも零司へと届く事はなく、宙へとそれを舞わせた。
「フフ……たいした覚悟だね」
「オマエ……」
後ろから不意に聞こえた声――振り向かなくても分かる。
その声は――
「何でこんな所にいる、香織」
「もちろん霧谷くんのお手伝いをするためだよ」
トン、と背中に感じた温もり……それは香織が零司の背中にもたれかかっての事だった。
「オマエも、魔術師なのか?」
「一応、ね」
背中を通じて流れ込む香織の膨大な魔力――それは感覚的には冷たく、どこか鋭さを感じる魔力。
「ガァッ!」
さらに奥へと侵入する零司の腕。
「なんで義理もない俺を助ける?」
「……姉として弟は助けなくちゃいけないと思ったから、かな」
――弟?
「ほら、しっかり集中しないとアーシェを助けられないよ」
「あ、あぁ」
さらに奥深くまで突き刺すと、テレサは絶叫と共に右腕を大きく振りかぶった。
「ダメよ、霧谷くんの邪魔したら」
香織の一言でピタリととまるテレサの腕。
それは自らの意志ではない――香織による言葉での支配。
“言霊”
人の言葉には重大な力が宿っている…その力を完全に引き出し殺し合いと言う実戦で使う。
零司の前では香織と名乗るその少女のポテンシャルはテレサを遥かに凌ぎ、今の零司でさえも――。
「黒眼を研ぎ澄ませて。そうすれば、今の霧谷くんならアーシェの意識が微々たる欠けらしかなくても、かならず見つけることができる」
「く……」
「安心して集中して……アーシェを助けるまでは、私は味方だから――霧谷くんを守ってみせる」
――黒眼を、研ぎ澄ます。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
限界の無い魔力が零司の身体中を駆け巡る。
黒眼を研ぎ澄まし、零司は初めて気が付く……アーシェの意識が弱すぎて分からなかったのではない。
今までにテレサへと吸収され続けてきた、数えきれない人たちの無念が、悲しみが、アーシェの存在を覆って隠していたのだ。
「いったい、どれだけの人間を……」
「……魔を体内に植え込むのは容易なことじゃない。無限に吸われ続ける命…そのテレサは自らの身体を維持するために膨大な命が必要だったの」
「なんでそこまでして……」
香織の言葉に、なぜか俺はテレサに怒りではなく、哀れみの念を向けていた。
命を吸われるという苦痛のなか、なぜ彼女は力を求め、命を求めるのか……。
「霧谷くんには理解できないかもね……あの時代、魔女狩りのひどさは学校でのいじめとは比較にすらならなかったの――そんな中で、自分が魔術師であるものが過度の力を求めることなんて当然だった。自分の身を守るためにね」
「香織、オマエは――ッ!」
香織へと問い掛けようとしたその瞬間、腕を通し感じた感覚。
「アーシェ!」
ついに零司は、アーシェの意識の欠けらを掴み取った。
「霧谷くん、早く! もたもたしてたらまた手放しちゃうよ!」
「く、うぉぉぉッ! “オーラム・イェツェーラー!!!」
サイスの黙示録の力、“形成”を使いアーシェの身体を形成しながらテレサの中より引きずりだす。
簡単そうな事だが、人一人を創り出すというの術師の身にはかなりの負荷がかかる。
そう、どれだけの力を手に入れても人は神にはなり得ない……人の身体は人を創りだすには適応しない。
力も精神もなにもかも。
「うおぁぁッ!」
どれだけ苦しくても、死界より手招きをされても決して離さない……出会って一週と少し。
それでも、それでも零司はアーシェの為に命をかける。
大事な人になってしまったから……もう、大事な人を失いたくないから。
「ガァァァァァァァッ」
テレサの断末魔ですらもう耳から遠い。
全ての力を振り絞り零司はアーシェを引き寄せる。
過度の魔力でその腕から、身体から、額から、足から、全ての部位が破壊され鮮血が吹き出そうと、ただ全力で零司はアーシェを引き寄せた。
「アーシェッ!」
アーシェの全身が引きずりだされた瞬間、テレサの身体が一気に崩壊をはじめる。
「ガガガガガガがっ!?!?」
絶対的な破壊力をもつ零司の攻撃により受けた重傷を黙示録の力で命を繋ぎ止めていたその身体……アーシェが解き放たれた今、それは崩壊をたどる他ない。
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