第34話 「それでも親父は親父だ、傷つける事は出来ない」

「ぐっ…」



 サイスの槍に押し返され、大きく零司は後ろへと吹き飛ばされた。



「気を抜くな零司!」



 零司に対応したサイスの隙を付いて双剣にてメソテスが切り掛かる。


 が、高い金属音と共にサイスの槍に受けとめられた双剣。



「ちっ、予想はしていたが……」



 じりじりと押し返されるメソテスの刄。


 メソテスの頬をつたう汗が、彼の余裕の無さを強く示している。



「黒眼!」



 メソテスに気を取られているサイスに横から黒眼を発動する零司。


 サイスの殺意をからめとり、それは黒く巨大な刄となって彼へと襲い掛かる。



「……」



 言葉もなく、零司の方を見ることもなく、サイスはただ片手の平を向けた。



「またかッ!」



 裂ける空間……そしてその中へと吸い込まれていく零司の術式。



 ――くそ、攻撃面も防御面もまるで付け入れない……どうすれば良い? 黙示録無しでサイスを倒せるとすれば黒眼しかない。



 零司は再び閉じていく空間を睨み付けた。



 ――でも、あの術式があるかぎりこっちの術式は一切とどかない、か。



「なら…」



 地を蹴り、一気にサイスの後方へと回り込む零司。


 至近距離ならば、自分の身に害が及ぶかもしれない空間を裂くという危険な行為は出来ないはず。


 そう判断し、零司は再び黒眼を発動させた。



「黒――ッ!」



 が、零司はあることに気が付き、黒眼を放つことが出来ずに後ろへと飛んでサイスとの間合いを取った。



「どうした零司、なぜ撃たなかった!?」



 槍を流してメソテスもサイスとの間合いを取る。



「あそこで黒眼を使ってたら親父まで巻き込んでた」


「……馬鹿が、俺はもう死んでいるんだぞ」


「それでも親父は親父だ、傷つける事は出来ない」



 甘ちゃんだな、と小さな声で呟くと、メソテスは剣を握り治した。



「零司、オマエにはやらなければならない事があるだろう? それなのに、死んだ人間の身体を労っている場合か?」


「でも――」


「あまりアーシェを待たせるな。アイツは気は長いほうじゃないからな」



 サイスとの間合いをギリギリまでつめ、メソテスは再度白刄を振り下ろす。


 が、当然のように、それは槍により容易に受けとめられた。



「親父!」



 引くことの無い双方の刄。それは火花の散りそうな凄まじい競り合い。



「黒眼を放てよ零司……それがオマエの役目だ。サイスと俺をのりこえて、オマエはあの馬鹿娘を救ってやれ」



 最後……そう悟るからゆえか、メソテスの力は衰える事無く競り合いでサイスに両手を使わせ続ける。



「……我が想いと力を具として表せ…無限具象術式“オーラム・イェツィーラ”」


「なに!?」



 赤く染まったサイスの瞳……そこからは一方的だった。


 易々と刄を押し返されるメソテス――いくら力を込めようとも、黙示録を発動させたサイスの前では赤子と同じ。



「早くしろ零司! ここが限界だ――目の色の変化以上にまで力を引き出されたら……もう黒眼では倒せない!」


「くそッ!」



 選ぶことの許されなくなった選択肢――いや、初めから選択肢など無かったのだろう。


 サイスほどの術師、黙示録ほどの魔力……黒眼で倒すには、彼の殺意に限界まで自分の魔力をブレンドしなければならない。


 そうなれば、術師として未熟な零司にはもはや標的を絞ることなどできない。


 近くに居る自らの父親をも巻き込むことだろう。



「うぁぁぁぁッ」



 咆哮にも似た声を出しながら、サイスの真後ろにまで迫り黒眼を発動させる零司。



「……!?」



 発動直前に零司に気が付き振り替えるサイス――しかしもう遅い。


 黒眼はすでに一振りの剣となり、サイスへと突き刺さろうと切っ先を腹部に押し当てていた。



(よくやった)



 断末魔をあげるサイス……深々と突き刺さった剣は彼の魔力の原点と言える黙示録の力を貫き傷つけ、魔力暴走を引き起こす。



「ウオァァァァッ!」


「ッ!?」



 まばゆい閃光と共に放たれた衝撃波に、零司は大きく後方へと突き飛ばされ地面へと叩きつけられた。



「く……やった…のか?」



 徐々に晴れていく煙……そしてそこには――



「なッ――!」



「……」



 右半身を失いながらも、今だに悠然と立ち零司を見据えるサイスの姿があった。



「……格」



 ポツリとサイスの口から漏れた言葉。



「え?」



 零司は目を疑った。


 意識の無いはずのサイスが、にっこりと頬笑んでいたのだ。



「合格」



 全身から力が抜けたように倒れこむサイス。


 彼は、単なる魔力の記憶ではなかった……すべてメソテスとサイスの用意した偽り。


 容赦なく、自ららを零司が討てるように仕組んだ偽りだった。



「……く」



 しかし、気が付いたときには既に時は遅すぎた――零司により討伐された二人の魔術師の力は否応無しに彼へと流れ込む……為し得なかった目的を、齢一八歳のまだ若い彼に託して。

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