第31話 「え、なんで? アーシェと一緒に行ったらダメなの?」

「ふざけるなッ!」



 メソテスの怒号が、集落の中央に建てられた集会場の中で響き渡る。



「ふざけてなんていないわよ?」



 怒るメソテスに臆する事無く、事の発端である女性は言葉を発っした。



「ふざけてない? 馬鹿が、七つの教会相手にこの集落の術師だけで勝てると本気で思っているのか?」


「思うわよ。私の力とサイス族長様の力……そして、族長の隠しているもう一つの“黙示録”の力が有ればね」



 そう言うと、女性はメソテスからサイスへと視線を変える。



「黙示録の力は、本来僕達が私欲のために使ってはならない……イデア、君の意見は承認しかねるよ」


「大層な偽善ね。“僕達が私欲で使ってはならない力”? 黙示録の力抜きで教会にどうやって勝つの? 教会の枢機卿は全員、超が付くほどの術師……筆頭エフェソの強さなんて何かに例える事すらできないほどなのよ?」


「ならば、闘わなければ良い」



 サイスの結論に、イデアの額に青筋が浮かぶ。



「守って、逃げて、守って、逃げて……こればかりじゃいずれ私達はいずれ完全に根絶やしになるわよ!?」


「僕達が考えるべきは血による解決ではない」


「族長、ならば我らはそれまで耐えろと? 仲間が殺されていく中、ひたすらに耐えて連中が殺し飽きるのを待てというのか?」



 イデアの次に異論を唱えたのは白銀の髪の男だった。



「カルロ、そうじゃない。僕達がやるべきは会話での解決だと言っているんだ」


「しかし、その為に教会へと送った使者の首が今まで何回届いたと思っているのですか?」


「……テレサ、君も争いを望むのか? 争いからは何も生まれないと……君が一番よく知っているんじゃないのか?」



 視線を向けられ、一瞬顔を背けるテレサ。


 しかし、それはすぐにまたサイスへと向けられた。



「やらなければ私達に自由が訪れないのなら、しかたが無いでしょう」


「おいテレサ、見損なったぞ……テメェはこの集落の人たちを危険な目にあわせてぇのかッ!?」


「私だって戦わずにすむのならそうしたいですよ! 何千人も術師を――仲間を殺されてもまだ分からないのですか!? あの冷酷無比な教会との和平など、しょせん夢物語なんですよ!」


「だからといって今ヤツらと戦っても俺たちが犬死にするだけだろうが!」



 机を強打し立ち上がるテレサとメソテス。


 教会との無血での和平を望むサイス・メソテスと、教会を力により潰すというイデアを筆頭にテレサ・カルロとの意見の対立……。


 その論争は激しく、時には互いに術式を放つ直前にまで発展することもしばしばあった。



「やめなさいテレサ。今は仲間同士で殺し合うときじゃないでしょ」


「……わかっています」



 イデアに諫められ、静かに席へと座るテレサ。


 それを見て、メソテスも彼女を挑発する事無く席へと座る。



「……皆感情が高ぶりすぎている。今日はこれで解散しよう」


「また? サイス、いいかげん早く結論をださなくちゃ……いつ教会がこの集落を発見して攻めてくるかも分からないのよ?」



 サイスの解散の一言を無視し、尚も食い下がるイデア。



「この集落に居る者皆が術師なわけじゃない。それに、術師だって皆君のように強いわけじゃない……失えば悲しむものが居るんだ」


「くっ……このわからず屋! だから私はその芽を早く取りのぞこうとしてるんじゃない!」



 イデアの言葉に、首を横に振り続けるサイス。


 カルロは見兼ねて席を立った。



「行こうイデア、テレサ。族長の頑固さはよくしっているだろう? 別の手を考えるしかない」


「……ちっ、そうみたいね」



 カルロに続き出ていく二人。


 サイスとメソテスはそれを見送ると、二人は同時に小さくため息を吐いた。



「で、どうすんだよサイス? 一応今はテメェの味方してるけどな、本当は俺も少なからずアイツらと同じ考えだぜ?」


「わかってる……だからあと一回、使者を送ってダメなら僕は――」


「戦うのか?」



 静かに首を縦に振るサイス。



「そうか……なら、その使者役は俺がやろう」


「っ!?」



 驚くサイスの顔を、満足気にみるメソテス。


 しかしメソテスのその瞳は、彼が真剣であることを良く物語っていた。



「安心しな。ヤバかったら逃げてくるからよ」


「君は……ダメだ。万が一にも君が居なくなれば、アーシェちゃんはまた」


「それはオマエが居なくなっても同じだよ……と、いうか誰が居なくなってもアイツは悲しむ」


「それは、そうだけど」



 何も言えず、サイスは沈黙し出ていくメソテスの背中を見送ることしかできなかった。



「だからこの腐った教会の時代を終わらせるんだよ……アーシェの新しい家族を、幸せを守るためにな」


「……すまない、メソテス」




 ℱ




「「ふわぁ」」



 小さなディモルフォセカの花畑で、私とクレアは横になって大きく欠伸をした。


 眩しい太陽の光、ほのかに暖かくどうにも眠気を誘う。


 私やクレアには向かない、と集会に参加させてもらえなかったため、こうして横になっているか散歩しているしかやることが無い。



「ひまぁひまぁひまぁ」


「クレア、気持ち悪い」


「ごめん」



 と、最近はずっとこの調子である。



「ねぇ、アーシェ?」


「なに?」


「お姉ちゃん達、何はなしてるんだろうね?」


「さぁね」



 そっけなく返事を返したものの、実は私も気になっていたりする。


 今まではある程度難しい話し合いでも、勉強の一環と参加させられてきたのに……なぜなのだろう?



「ねぇ、アーシェ」


「なに?」


「ひま」


「私も」



 ぷつん、と抜いては太陽にかかげてくるくると花を回して過ごす。


 術式も私はまだ魔力を巧く操れないため上級術師と一緒でなければ訓練が出来ない。


 やることの無い、本当に暇な一日。


 クレアとの会話も最初の一週間でネタが尽きて話す内容が無い。



「内容が、ないよ~」


「……どしたのアーシェ?」


「うん、ごめんなんとなく言ってみただけ」



 と、ついついこんなくだらないギャグを言ってしまうほど暇だった。



「散歩にでも行く?」


「イクゥ」



 もそもそ、と立ち上がりあてもなくダラダラと歩き始める二人。


 今の二人をもしジ○・バレンタインさんが見たなら、間違いなくゾンビと間違えて誤射してしまうだろう。



「どっち行く?」


「右左左真っすぐ右左真っすぐ左左真っすぐ」


「それ私の家」


「……よく分かったねん」


「まぁね」



 相変わらずあてもなく彷徨い続ける二人。


 途中何回か畑仕事を手伝えといわれたが、基本的にパワーワークはノーサンキューと断った。



「あ、お姉ちゃんだ」


「え?」



 二人の視線の先には、一人で歩くテレサの姿。



「もう集会終わったのかな?」


「お姉ちゃんが歩いてるってことはそうなんじゃない?」



 駆け寄り話し掛けようとしたクレアを、アーシェは腕を引いて止めた。



「なに? どうしたのよん?」


「今はやめといたほうが良いかも」



 クレアを止めた理由――それはテレサの表情を見ての事だった。


 何時になく険しい表情。それは鞘を失った刀のような危険な雰囲気を醸し出していた。



「あらアーシェたん、賢くなったじゃない」


「「ッ!!」」



 不意に聞こえた声に、二人は驚き軽く飛び上がった。



「イ、イデアぁ……脅かさないでよ」



 振り向くと、悪戯っぽく笑みを浮かべるイデアの姿。



「ちょっと集会でメソテスといざこざがあってね……気が立ってるのよ」


「いざこざ? お姉ちゃんが? めずらしい」



 驚いた表情をつくるクレアに、イデアは曖昧に頬笑みかけ視線をテレサへと向けた。



「いろいろあるの……辛い過去を持つ人には特にね」



 イデアと出会ってから始めてみる彼女の悲しい表情。クレアもイデアの言う意味が理解できたのか、いつもの明るい表情が、どこか哀しげにかわっていた。



「あ、そうだ。イデア、たまには私の特訓に付き合ってよ! 今まで私の特訓に付き合ってくれた事が無いのはイデアだけだよ」


「そうだっけ?」



 イデアの表情はいつものように飄々としたものに戻り、おどけた態度をとってみせた。



「まぁ、別に良いけど……厳しいよ? 私は超ドSだから」


「うわぁ、やっぱり」



 どういう意味よ、とアーシェの首に腕をかけ頭に拳をグリグリと押しつけるイデア。



「イタタタッ! ほら、やっぱり!」


「あはははは……はは」



 ふと、やさしく離しイデアは両肩に手を置き真っすぐにアーシェの瞳を見据えた。



「明日、西の森の奥の社に行きなさい」


「社? 結界の張ってある所の事?」



 えぇ、と呟いて頷くイデア。



「私が結界を解いておく。そこに一冊の本があるわ……それを読んで」


「……どうしたのイデア?」



 いつもと違うイデアの真剣な態度に、アーシェとクレアは不思議な感じがした。感情を読み取れる素直な瞳、迷いを感じる表情。


 そのすべてが、今までのイデアと比べると、奇妙とすら言えた。



「クレアは、明日はテレサと一緒に居なさい」


「え、なんで? アーシェと一緒に行ったらダメなの?」


「クレアには、明日やってもらわなくちゃいけない事があるのよ」



 そういってイデアはクレアの額を指で軽く弾くと、それ以上の質問は受け付けないとばかりに背を向けて去っていった。


 別れの背中。


 徐々に遠ざかるその背中は、私の知る優しかったイデアの最後の背中となった。


 もちろん、私がその時それを知るすべなど何もない――いや、あったとしてもやはり私にはどうすることも出来なかっただろう。



 ……それが運命だったのだから。




 ℱ




「昨日のイデア、なんだったのかな?」



 言われた社へと向かいながら、私は昨日のイデアの事を考えていた。


 何時になく真剣な顔をして、何時になく感情を表に出して……いままで、今の一度もそんなことはなかった。



「イデアでもセンチメンタルになることがあるのかな?」



 ……まさかね。



 センチメンタルというイデアに最も似合わない言葉を使った自分に、思わず笑みが零れる。



「……もしかして、私イデアにからかわれた!?」



 ぴたりと止まるアーシェの歩み。


 ありえない話ではない。特にイデアに限っては…。


 アーシェがこの集落に来て、イデアと出会ってから何度彼女に騙されからかわれてきたか……カウントするのも馬鹿馬鹿しい。


 リンゴ盗難事件、集落への野犬誘導事件、広場破壊事件etc……。



 集落の人々からは、これら全てはアーシェが淋しさから引き起こした悪戯と認識されているのだが、実はその全てにイデアが関係していたりする。


 言葉巧みにアーシェを動かし、最終的に怒られている彼女の姿を影で爆笑して見ている。


 クレアにこの事を話して返ってきた言葉は「仲の良い姉妹みたいじゃん」と笑われた。


 クレアは実際にやられた事が無いからそう言うのだ、とアーシェはそう思う。



「でも、からかっているにしても……真剣すぎる目だったような」



 イデアとて万能ではない。アーシェを騙す時は必ず、彼女の目や口が微妙に笑っていたものである。


 しかし、昨日の彼女にそんな気配はなく真剣そのものに感じた。



「ふぅむ」



 腕を組み、行くべきか行かざるべきか考え込むアーシェ。



「どうしたんだい?」


「ひゃっ!」



 そんなアーシェの肩を後ろから叩いたのはサイスだった。



「な、なんだサイスかぁ」


「メソテスかと思ったかい?」


「と、言うわけでも無いんだけど……」



 あはは、と曖昧に笑うアーシェ。



「その先は社だね? 一応立ち入り禁止なんだけど、何か用かい?」


「え、やっぱり? 昨日イデアに行けって言われたんだけど…サイスが聞いてないって事は、やっぱり私からかわれてたんだ…」


「イデアに、言われたのか?」



 イデアに言われたの所で、サイスは一瞬反応を見せる。



「あ、あぁゴメン。忘れてたよ…そういえば、昨日イデアにそんなことを言われたかな」


「え、ホント?」



 あぁ、と目を軽く逸らし頷くサイス。



「結界は解いてあるはずだから、早く行くといい」



「え? あ、うん…」



 アーシェはサイスの不自然さを訝しみながらも、急いで社へと走っていった。

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