第30話 「みんな家族じゃん」
目立った特徴もない、静かで小さな集落。
この集落には、魔女狩りにあい親を失って行き場をなくした人たちがサイスやメソテスに助けられて集まった小さな集落。
私はここが好きだ。
差別も、迫害もなく、みんなが手を取り合う暖かい場所。
「ったく、メソテスの奴! 自分から私の特訓に付き合うとか言いながらなんで来ないのよ!」
勇み足でメソテスの家へと向かうアーシェ。
野犬とでも死闘を繰り広げたのか、全身所々に泥がつき、髪の毛はあちらこちらにはねている。
「あらアーシェ? どうしたのですか、そんな怖い顔をして」
「あ、テレサ」
そんなアーシェを呼び止めたのは、腕に沢山の紅茶の葉を入れた籠を下げたテレサだった。
知的で、少々近寄りがたい雰囲気を発する彼女だが、実はいい人だったりする。特に、私はテレサの作ってくれる紅茶がどんな飲み物よりも好き。
「アハハ、待ち惚け~」
テレサの影からよく似たもう一人、彼女の妹のクレアが悪戯な笑みを浮かべてひょこっと顔を出す。
「うるさいなぁ、悪い?!」
「あっちゃぁ、ホントにそうだったんだ……」
活発で明るいその性格は姉とは対照的。
この集落の男性陣からの人気も高く、何人も彼女に告白したらしいのだが……いままで一度もクレアがそれを承諾したという話は無い。
「もしかして、またメソテスですか?」
「そうなのよ! 今日は私の特訓に付き合ってくれるはずだったのに!」
「あぁぁ、ダメダメ。アイツはすぐ約束事わすれちゃうから」
二人はこの集落が作られた当初から居るらしく、当然私よりメソテス達との付き合いは長い。
噂によると、二人はもともとどこかの国の王女だったとかなんとか……。
「立ち話に花を咲かせているようだな?」
「あ、カルロまで来た」
「ふむ、随分な言われ方だ」
格好いいと、そう一言でまとめれば楽。
整った顔立ちに無駄の無い身体。身のこなしもどこか貴族的で優雅で、とても集落のような辺鄙な場所には似付かわしくない位の人。
彼もまた集落が作られた当初から居る人物でメソテスやサイスの話では、どうやらテレサとクレアが居た国のキシダンチョーとかいう位の人だったらしい。
テレサとよく一緒に居て、二人は恋仲だというのは傍から見てもよく分かる。
「ありゃ、カルロが来たかぁ……じゃ、アタシらは退散しますか」
「え? ちょ、なにッ!?」
アーシェの手を引き、猛ダッシュでその場を離脱していくクレア。
二人は、それを目を丸くして見送った。
「ふぅ、ここまで来ればもう二人の高熱ラヴ光線を浴びずにすむってものよん」
「いきなり引っ張らないでよね……腕がスポーンってなるところだったじゃない」
「いいじゃんそのくらい。あの場にあと数秒でも居たら二人のラヴ光線で私たち蒸発してたかもよん」
「……たしかに」
に、しても……ここはどこ? 引っ張られてたからどの道をどう来たのかも分からない。
「ねぇ、ここ何処?」
「え? なに?」
「いや、だからこの場所は何処?」
「知らないよ。アタシ走ってただけだもん――引っ張られてたし、帰り道分かるでしょ?」
頭の後ろで手を組み、とんでもない発言をしたクレア。
………。
気まずい沈黙が、二人を支配した。
「もしかして私たち……」
「「迷子?」」
ℱ
「ねぇメソテス?」
「なんだよ?」
読んでいた本を閉じ、神妙な面持ちでサイスが俺を見る。
「僕、今思い出した」
「なにをだよ?」
「君とアーシェちゃんの事だよ」
俺と……アーシェ?
「君、今日アーシェちゃんの術式特訓に付き合うんじゃなかったっけ?」
「……あ」
すっかり忘れてた。
窓の外を見ると、空はオレンジ色になり外の家の幾つかの煙突からはすでに煙が昇っている。
「さすがにもう帰っただろ?」
「あやまりに行ったほうが良いんじゃないかな? 男として」
「ったるいな」
メソテスはめんどくさそうに立ち上がり、扉へと向かう。
「あ、メソテス!」
「あん?」
振り向いた瞬間、サイスは俺に向かい何かを投げ付けた。
「なんだ、これ?」
受け取ったそれを見ると、天使の双翼をかたどった木製のネックレス。
おそらくはサイスのハンドメイドだろう。
「アーシェちゃんにだよ。彼女、ここに来てちょうど一年だろ? 君から渡してくれないか?」
「……断る」
俺はそれを投げ返し扉を開く。
「そういうものは、テメェで渡しな」
つれないなぁ、と苦笑いをするサイスを尻目に俺は家を出た。
「おぉい、アーシェ。居るなら出てこいよ」
何度家の扉をノックしても返事はない。
夕日もすでに沈みかけている時間……普通、アーシェならば夕食を食べている時間のはず。
……なにかあったのか?
多少の不安を感じ、メソテスはアーシェの家を離れ約束していた場所へと向かった。
ℱ
「おーなかへったぁぁ」
「うるさいなぁ。私だってお腹減ったわよ」
迷子なってどれだけの時が経ったのだろう?
空腹感と疲労がひどく、足を動かすのがつらい。
歩いても歩いても木ばかりで、一向に出口が見当たらない。
「ねぇアーシェ、こんな時なんだけどさぁ」
「なに?」
「アンタ、メソテスとサイスどっちが本命なのさ?」
「はぁ!!?」
クレアの唐突な質問に大きくうろたえるアーシェ。
「ほら、アタシとかお姉ちゃんとかアイツらと付き合い長いからさ、私からすれば今じゃ兄ちゃんみたいなもんなんだよね」
「だ、だからなに?」
「あぁ、つまりぃ――身内の恋愛関係って気になるじゃん?」
恋愛関係の一言に、アーシェの白い肌が一気に赤くなる。
「な、ななななな…何言って――」
「ね、どっち?」
「ど、どっちって……」
そんな事は考えたこともなかった。
という事はメソテスもサイスも、私の中でもクレアと同じだったのだろうか?
――でも、この気持ちはなんなのだろう?
“恋愛”というクレアの一言は、私の胸を高鳴らしている。
「私もクレアと同じ」
――嘘だ。
――でも今は、これ以上の言葉が思いつかない。
「ふぅん」
訝しげにこちらを見つめるクレア。
彼女は、私の葛藤に気が付いているのかもしれない。
「ま、いいや。ちょっと休もう」
しかしクレアは私に対し、特に問い詰めるでもなく近くの木の下へと腰掛けた。
「歩き続けて疲れたよぅ。それに、こういう時はあんまり動かないほうが良いんだよねん」
「テレサから聞いたの?」
「そ、お姉ちゃんが言ってたのよん」
「……いいね、家族」
まぁね、と隣に座ったアーシェへと笑いかけるクレア。
「お姉ちゃんはどんな時でも私を大切にしてくれる……だから私がお姉ちゃんを護るんだ。どんなときでも、絶対に」
「大魔王になって世界征服しようとしても?」
「お姉ちゃんはそんなのには絶対ならない! ……けど」
言いかけて、クレアは下を向き黙った。
「……? けど何?」
「もし仮に、本当にお姉ちゃんがそうなったとしたなら、私はやっぱりついていくと思う」
「どうして?」
問うと、クレアは迷いの無い真っすぐな瞳で私へと笑顔を向けた。
「お姉ちゃんが理由もなく大魔王になるはずがないからだよ」
「そっか……いいな、私もそこまで信じてくれる家族がほしい」
アーシェの一言を聞いて、クレアは不思議そうな顔をし、一言呟いた。
「みんな家族じゃん」
「ッ!!」
胸に何かを刺された気分。
「え? なに? どうしたのよん?!」
意志を無視して流れ出る涙は止まらず、クレアはそれを見て慌てふためいていた。
集落の人たちは皆家族。クレアにとってそれは当然の事だったのだろう。
しかし私からすれば、その言葉は何よりも嬉しいものだった。
私はメソテスが向かえにくるまで、クレアに抱きついて泣き続けていた。
幸せだったあの時……ずっと続いてほしいと願ったあの時……それは、贅沢な願いだったのだろうか?
他に私は、何も望まなかったのに……。
何で私からは――すべての幸せが零れ落ちるの?
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