第29話 「親父、なんでだ……なんでそんな事を俺に話した?」
―――――。
右も左も無く無限に広がる漆黒の闇。
――――司。
立っているのか、寝ているのか、浮かんでいるのか、感覚がまるで分からない。
―――零司。
もしかして、コレが死なのだろうか?
――ろ零司。
なんて淋しい世界なんだ……まるで虚無じゃないか。
――きろ零司。
天国も地獄も無い――まぁ、それもそうか。
天国も地獄も、人間が勝手に空想したものなんだから。
“起きろ零司”
――なんなんださっきから?
聞こえる……いや、感じる声に零司は重い目蓋を開けた。
「親父?」
「ひさしぶりだな」
なにも見えないはずの光の無い深淵で、なぜかその姿をはっきりと見ることが出来た。
仰向けに倒れている零司の脇に立つメソテスは、にこやかに見下ろしている。
「やっぱり死んだって事か」
――死んだ親父が見える。それは俺が死んだ何よりの確証。
「早まるなよ。お前はまだ死んじゃいない」
「……え?」
メソテスは零司の腕をつかみ立たせると、ぽんと優しく肩を叩いた。
しかし、零司を真っすぐに見据えたメソテスの瞳は、父親としてのものではなく一魔術師のもの。
「……いまお前は――いや、お前の魂は俺ともう一人の魔力が作り出したこのテリトリーの中に一時的に留めた。現実でのお前はいわば仮死状態だ」
「……もう一人の、魔力?」
「あぁ」
零司の後ろへと目を向けるメソテス。
零司もまたメソテスに合わせ後ろを振り向く。
「……なんでだ」
振り向いた先に居たのは、クリスタルの中で瞳を閉じている自分――いや、髪の型も色も、彼の体系も自分とはやや異なるが、しかしそれは自分と言って相違ないほど似通った人物。
「彼の名前は…サイス」
「なっ?!!」
――あれがサイス? なぜ、何の血縁もないはずの人物がこれほどまで自分と似通っている? 他人の空似……いや、それにしてはあまりにも。
「転写ノ法は、本来生きている者から生きている者への使用は出来ない。――それは元あった魂が異なる魂を拒絶し駆逐し合ってしまうからだ」
メソテスはサイスのクリスタルへと歩み寄り、それを撫でた。
「ホムンクルス……転写ノ法は、意志無き屍の如しその身に魂を与えるための術式だったのさ」
「ホムンクルス……転写ノ法…じゃぁ、俺は――」
振り向いたメソテスの口がゆっくりと開く。
「数多の事柄を省いて言うと…お前は俺の子供ではない――いや、お前は誰の子供でもなければ人間というものでもない、サイスという魂の器なのだ」
「なん……だって?」
――俺は、俺ではない?
「数多の事柄を省くと、だ。ただの器……その筈だった。しかし、四百年前に結晶化したサイスの魂をお前に移した後、俺はある女性――京子と血縁を結び、真名という子供ができた」
――俺は……俺だけが、人間ではなかった?
「そして私が真名と共にお前を自分の子供として育てた――すると予定外の事が起こった。お前の中のサイスは私の予定を裏切り目覚めず、代わりに霧谷零司としての魂を作り出してしまった」
「どういう、事だ?」
「霧谷零司として育てられたお前は“霧谷零司そのもの”になってしまい、結果サイスの魂を半永久的に封じ込めてしまったという事だ」
人は――生まれ育てられた中で人格が形成されていく……いくらサイスの転生体と言えども、まったく真逆の環境で育てられれば彼自身には成り得ない。
あるべき魂にカウンターが発生したその瞬間、それは新たな思考・人格を生み出し新たに霧谷零司という魂を生み出しサイスという魂は封じ込められてしまったのだ。
つまり―――。
「本来器でなければならないお前は、いつしかサイスを退け本体になってしまったのさ」
――ふざけるなよ。
「親父、なんでだ……なんでそんな事を俺に話した?」
メソテスはじっと零司の瞳を見据える。
「いずれ知るべき真実だからだ」
「そんな真実なんて知りたくなかった」
メソテスがおもむろに指を鳴らすと、それまで暗かっただけの空間に映画のように場面が映し出された。
「たとえオマエが知りたくなかろうが……知って受け入れなければ本物に成ることはできない」
映し出されていたのは先程、自分が殺された瞬間。
改めて冷静にヤツを見ると何よりも先に恐怖が襲い掛かってきた。
人にあらざる姿。
人にあらざる力。
人にあらざる存在。
とても勝てる気がしない――。
「ヤツを倒せっていうのか? ――なら無理だ」
「今のオマエならそうだろうな」
――今の俺では勝てない……でも。
「――しかし、無理と言って取り込まれたアーシェを見殺しにする事を“オマエ”は許すのか?」
「ッ!!」
零司の心を見透かしたかのようなメソテスの一言に、零司は一瞬息がつまった。
「許さないさ……でも、俺は――」
「……そうか」
零司から視線を外すメソテス。
数秒後、メソテスはゆっくりと閉ざされた口を開いた。
「オマエがヤツを上回るだけの力を与えることはできる……もちろん、アーシェを救う力も」
「っ!?」
「だが、そだけの魔力――リスクも大きい」
―――。
“リスク”その言葉を聞いても、何故か俺は臆する事が無かった。
自分の出生の理由を知ったからだろうか?
――いや、そんなことはもうどうでも良い。
「覚悟は出来てる」
――ただ、アーシェを助けられるのなら。
「いいだろう……まずは魔力を完全に一つにし、今のオマエを不完全な術師状態から完全な術師状態にしなければならない」
「完全? 今の俺は完全じゃないのか?」
「完全な術師なら腹を一度刺されたくらいで死ぬものかよ」
メソテスはそう言い切ると、零司に背を向けサイスの封じられているクリスタルへとそっと手を当てた。
「構えておけ零司――油断しているとオマエごときなら一瞬で消されてしまうぞ」
「なんだって?」
意味がわからず零司は顔を顰めた。
「魔力を一つにする――それは、どちらかが完全に消えなければならないということだ」
と、メソテスの手が触れていたクリスタルの一部分がまばゆい光を放ちだす。
「サイスの力は、知る中では絶対無敵の一つ下……一応、手はかしてやるが、あてにはするな」
「……リスクってその事だったのか?」
零司の問いに対し、メソテスは首を静かに左右に振った。
「この程度ではない。ある種、これよりも辛いリスクだ」
次第にひび割れていくクリスタル。
中のサイスは既に眼を開き、光の宿らない瞳でコチラを見据えている。
「ヤツは魔力のみの記憶だ。手加減なんて期待するな」
「わかってる」
二人はクリスタルより離れ、同時に黒眼を発動させた。
隣から伝わる痺れるような感覚。自分とは比べることすら侮辱にあたいするほどの圧倒的な魔力に、零司は初めて父の強さを知った。
しかし、そんなメソテスですらサイスのクリスタルが砕けていくに連れ頬に汗がつたう。
「“魔鏡”」
「「なにッ!?」」
それはクリスタルがサイスの右片腕を解放した瞬間だった。印も無く、片手をかざしただけで二人へと術式を放つ。
「零司、マジックキャンセラーをドーム状に形成しろ!」
「あ、ああ」
いきなりの術式に驚きながらも、外郭をメソテス。内部に零司のマジックキャンセラーが張られた。
二人を囲むように出現した無数の鏡。
それは二人に特に害を及ぼす雰囲気もなく、ただそこに存在しているだけ。
「なんだ、これ?」
「サイスのオリジナル術式“魔鏡”。術式を鏡に反射される光のごとく乱反射させる厄介な術式だ」
と、再びサイスが右手をかざす。
「龍の吐息」
鏡の合間を縫って侵入してきたそれは別の鏡に反射され、枝分かれして別の鏡へと反射していく。
次々とキャンセラーへとぶつかっては砕け散る拡散した術式。
それは波状に襲い掛かってくるため一瞬たりとも気を抜くことができない。
まさに手も足もでない状態。
その間にも、サイスのクリスタルは順調に崩壊を続ける。
「“無限白槍”」
零司達へとかざしていた右手を今度は上へと向けるサイス。
「“一式・白猟雨”」
サイスがその手を振り下ろした瞬間、零司達の真上よりおびただしい数の白い槍が降り注いだ。
「クッ」
僅かに歪むメソテスの表情。
それでも白き槍は容赦無く降り注ぎ続ける。
「くっそ、アイツなんで馬鹿みたいに強い術式をこんな何回も連続で使えるんだ!?」
「ヤツも――黙示録の所有者だからだ」
――じ、冗談だろ?
「黙示録ってそうそう沢山有るものなのかよ?」
「……全部で四冊。内一冊は行方不明で、力を手に入れたのはアーシェとサイス――そして」
メソテスが言い掛けたとき、不意を突いた白き真空破が二人を両側から襲う。
「“二式・白翼”」
「「ッ!」」
それはメソテスのキャンセラーをいとも容易く破り、内部に展開していた零司のキャンセラーにまで重大なダメージを与えた。
「散れ! 一掃されるぞ!」
二人は左右に別れ、サイスの両サイドへと回り込む。
「うぉぉッ」
零司は印をきり、火球を両手からサイスの脇腹へとむかい放つ。
「決まるか?!」
メソテスもまた、零司の術式に合わせて反対側から無数の氷柱を放った。
「“喰断”」
「馬鹿な!?」
二人の放った術式は、サイスに届く事無く、彼の術式によりこじ開けられた異空間へと吸い込まれ消滅する。
「“螺旋白槍”」
サイスを中心に、円を描くように白き槍が外側へと広がり走る。
「がッ!」
「――ッ」
早すぎる術式の発動速度に反応し切れず、半端キャンセラーしか作り出すことができなかったため二人は術式の衝撃を押さえ切れず槍に押され後方へと吹き飛んだ。
「あんな化け物に……勝てるのか……俺は」
片膝を突いた零司を感情というものが見当たらない横目で睨むサイス。
絶望にも似た感覚。絶対的な恐怖が零司を襲う。
彼は未だ、黙示録の力の片鱗すら見せていないというのに……。
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