第28話 「クカカカカカカカカ!」

「テレサァッ!!!」



 怒号と共に、床を粉砕しアーシェが一気にテレサとの間合いを積め鋭い手刀を突き出す。



「素晴らしいですね」



 軽く体全体を右へとずらし、直接的な防御を避け腕で受け流す。


 垂れ流しの魔力のみでキャンセラーを破壊するほどのアーシェによる一撃を受ければ、いくらテレサの身体が強化されているとはいえ重大なダメージは避けられない。


 テレサはそれを理解しているが故まともにアーシェと接触しようとはしない。



「雪に力を与えたのもアナタなんでしょ」



 次々と休む間もなく連続して繰り出される突きや薙を紙一重で巧みに避けつつテレサは返答をする。



「いえ、私は少し背中を押しただけ……彼女達には元から力があったのですよ」


「彼女達? 他にも――ッ」



 アーシェが一瞬ゆるめた動きをテレサは見逃さず、その隙を突いて腹部へと拳をたたき込んだ。



「ロストウィザード【インヴィジブル・ワイアー】鹿野井雪……そしてもう一人【マスターコピー】黒坂亮介。この二人は良い手駒でした」


「ちっ……零司を取り囲んでたのは皆アナタの手駒だったというわけね」


「あわよくば二人を使って彼をコチラ側へと引き込もうかとも思いましたけど……アナタの介入のお陰で転写ノ法を本人に気付かれ、さらにはアナタの側に引き込まれてしまった」


「メソテスだけでなく家族までをも殺したのも、零司をこの町に誘きだすため?」



 アーシェの言葉に、テレサが小さく鼻をならす。



「メソテスが私の側におとなしくついていれば、こんな回りくどく無駄な計画を立てる必要もなかった……アナタは“二度”も私の計略を無駄にしたのですよ」


「二度……まさか、私の前にメソテスが現われたのは――」


「彼はサイスを救うことが出来なかった……そういう意味合いでは自分は“裏切り者”ではないとは言えなかったのでしょうね――そのおかげで、アナタとメソテスを闘わせて彼を弱らせることは容易だった」



 テレサの発言にアーシェの拳が怒りに震え、それにあわせて周囲に滴れ流れ続ける魔力も激しく呼応する。



「すべて……アンタの仕業だったのね…テレサァッ!」


「!」


「噛み砕け“ブラックファング”!!!!」



 アーシェが床から手をはなした瞬間、テレサの周囲の床から無数の黒い刄が突き出し彼女に食らい付こうと迫った。



「怒り…感情を高ぶらせ、集中力を散漫させ正確な判断力を鈍らせる……これほど扱いやすく素晴らしい感情はない」



 腕、足、羽、様々なヶ所に微かな手傷を受けながらも、しかし確かに襲い来る刄から致命的な傷を受けぬよう素早く無駄の無い動きで受け流し回避していく。



「許さない!」



 アーシェの手に召喚された一本の細剣……それは体内の魔力を送り続けることにより無限に切れ味と破壊力を増していく、黙示録発動時にのみ使える最強の具現術式。



「隙だらけですよ!」


「っく」



 アーシェが剣を召喚した瞬間、テレサの背中から伸びた無数の触手は手や足を封じ、更に首へと巻き付いた。



「大技にはそれなりの魔力を有する……それを練るには今のアナタといえども僅かに隙を生み出してしまう」


「御託は……うんざりね」


「分かりました…では、御託は止めてアナタを殺すことに専念しましょう」



 ギリギリと徐々に絞まっていくテレサの触手。


 アーシェは苦悶の表情を浮かべながらもなんとか剣を握る右手の触手だけでも振りほどこうとするが、強く締め付けるそれはなかなかほどくことが出来ない。



 ――ッ、一撃で決まるのに。



「私たちの強さは魔力じゃない――魔力を使い熟す技術」


「――ッ、負け犬の遠吠えにしか……聞こえないわ」


「負け犬……そうかもしれませんね」



 巻き付いた触手に、更に力が込められる。



「しかし、それはアナタも同じ――いえ、この世界には負け犬しかいない。」


「……悲観的な考えね」


「そうですか? しかし、事実です。大抵の者は己を勝ち組と“勘違いしている”だけ……感じる幸せは籠の中の管理された幸せ。それは幸せと錯覚させられた不幸せ」


「つまり……アナタは自由が欲しいの?」



 アーシェの言葉にテレサは眉を微動させ、冷静を装う深紅の瞳を怒りに歪めた。



「その為に吸血鬼をその身に融合させるという荒技を使い……イマジン・シティを作り出した」


「だまりなさい」


「上辺では平和の理想郷……でも本当は自らを最強の存在にし、何者にも束縛されない為に作り出した術式――」


「だまれッ!」



 テレサは怒りに顔全体を歪め触手に有りったけの力を込めアーシェを締め上げる。



「私が求めるものは迫害の無い世界……ただそれだけですよ!」


「……悲しいわね」


「その口、閉じていただけますか?」



 と、テレサがアーシェの胸元へと術式を放つため手をあてた。



「全魔力を注ぎ込んだ一撃を差し上げます」



 テレサの腕に収束する黒い光。


 勝利を確信したテレサは笑みをこぼした――が、



「……ふふ、凄い…雪の言ったとおりだ……」


「なにを―――ッ!?」



 確信がテレサの注意力を殺していた――そうでなければ“彼”がテレサに近付き背中を斬ることなど到底叶わなかっただろう。



「くっ…」



 激痛にテレサが触手の力を緩めると、アーシェは床へと落ちむせた。



「散々巻き込んで……最後にゃ捨てるなんてヒドくないか?」



 黒い波動を纏った倭刀――それはエリスの想いと零司の想いが融合した天下無双の武器。



「……ゴメン」


「スゴイ姿だな」



 アーシェの姿が豹変していたにもかかわらず、零司は迷わず庇うようにアーシェの前に背を向けテレサへと立ちふさがった。



「馬鹿な……なぜアナタの力ごときで私を斬れる?」


「“黒刀”。これは俺の黒眼の術式をエリスの倭刀に移した刀……こいつが斬るのはお前自身だ」



 テレサは口から流れる血をふいてゆらりと立ち上がり、憎悪の瞳で零司を見据える。



「終わりだ…あきらめろ」



 零司は黒刀の切っ先をテレサに突き付ける。



「そう…もう幕引きだ魔術師テレサ」


「サルディス!?」



 赤き剣を片手にゆっくりと部屋へ入ってきた赤き剣の男。



「モニュメントはすべて破壊した。これで今以上の力は望めんぞ?」



 サルディスはテレサの首へと剣をあてた。



「フフフ……」



 不適な笑い声をもらしたテレサ――それは諦めによるものか、それとも死に直面した恐怖からか……。



「危ない!」


「ッ!?」



 アーシェの叫びが部屋に響いた瞬間サルディスの白いローブは、その手に握る赤き剣と同様に赤く染まった。



「サル……ディス?」



 切断面から血を吹きだし力なく倒れるサルディス。


 瞳に光はなく、手や足が痙攣して動くだけ。



「フフフフフフ……ひぃあははははははははッ!」



 窮地に立ちテレサが精神を弱らせた一瞬の隙を付き、今まで内包されていた吸血鬼の魔力がついに彼女を支配しかえした。


 異質な魔力――魔術師のようにハッキリとした強さの波の無い不安定な魔力。



「クカ……クカカカカカカカカッ!」



 傷は一瞬で癒え、頭には山羊のような捻れた角が生え、触手の先端すべてが手の形へと変化する。



「クカカ、カァァァァ」



 拒絶しあい互いを中和しようとする魔力は彼女から言葉を奪い、破壊衝動に支配されている身体は意志に関係なく触手で周囲の壁や床を破壊する。


 テレサのその姿はまさに純粋な“魔”そのものだった。



「くそッ! 一旦逃げるぞアーシェッ!」


「ダメ! 今のうちに殺らないと……完全に魔の意識が前面に出たらもう私たちじゃ止められなくなる!」


「やめろ、アーシェッ!」



 アーシェは細剣を握りなおし、触手による多面攻撃を切り落としながらテレサの懐へと走り込んでいく。



「クソッ! この馬鹿女!」



 零司もそれに続きアーシェの援護に加わる。


 触手の猛攻は凄まじく二、三本斬ったところでどうにもならず、強いキャンセラーの働くその身体には龍の吐息のような一掃術式も通用しない。



「……はぁはぁ」



 大量の汗がアーシェの身体に流れる。


 黙示録の力がいかに強大とはいえ決して無限ではない。


 超速を超えた魔力消費をともなうアーシェの剣は、一秒ごとに確実に限界を知らせてくる。



「下がれアーシェ! 今のお前じゃ無理だ!」


「うるさいわね! アタシが無理なら零司にだって無理よ!」


「クソッ!」



 ただ、がむしゃらに斬り続けていても埒があかない……とはいえそれを突破する方法も――。



「きゃぁっ!」


「アーシェェッ!」



 ほんの少し目を離した瞬間だった、アーシェの死角から迫った触手が彼女を捕らえテレサの腹部まで一気に引き寄せた。


 その最中、急なことにアーシェは剣を手放してしまい魔力供給の断たれたそれは粉々になって消える。



「クカカカカカカカカ!」


「っ、零司――」



 テレサの体内へと融合されていくアーシェの身体。


 零司は片手で触手の相手をしながらもう片方の手を精一杯アーシェへと伸ばす。



「アーシェ、早く捕まれぇっ!」


「うっ―――っく」



 圧倒的に届かない距離。


 吸い込まれていくアーシェを見ながら、零司は悔しさに顔を歪める。



「零司私が完全に融合したら……黒眼で…黒眼で私を……私の放つ意志を狙って!」


「――ッ、んな事できるか!」



 出来ない――否。


 出来るがやりたくない。たしかにアーシェが完全に融合し、その中にわずかに残った意識を貫けば内部から破壊は出来る……でも、



「テメェまで消滅しちまうだろ!」


「ちっ……女々しいこと――くっ、もうキツ…零司、確かに頼んだからね!」



 言い残して完全に融合していくアーシェ。



「ざけんなァッ!」



 最初で最後のチャンス……でも、これを成功させたら……。


 アーシェが死ぬ。



「クカァッ!」


「ッ!!?」



 ドッ、という鈍い感覚が腹部に響いた。



「ちく……しょう」



 視線を落とす零司。


 躊躇った一瞬にテレサの触手が複数の束となった槍となり、零司の腹部を貫いていた。

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