第27話 「ひゃはは、秒殺瞬殺滅殺ぅッ!」
内より溢れる憎悪を押さえながら、深く地下まで続く階段をかけ降りる。
研究所に入った時点で感じた凄まじい魔力……地下へと近づく毎に、それはより濃密に体中に纏わりついて、身体に重りでも付けて走っているのではないかと錯覚させられる。
魔術師としても人外の魔物としても強すぎるデタラメな魔力。
――だけど、逃げるわけにはいかない。
秘めていた強大な力を解き放ったテレサの存在はもはや、アーシェの復讐対象を超え生物全ての驚異。
――まだ完全に覚醒はしていない筈……ここで仕留められないのなら、対抗できるのはあと……。
アーシェの頭によぎったのは零司でも教会でもなく、彼女を、サイスを裏切った魔術師の筆頭ともいえる人物。
アーシェは首を振り、その考えを振り払った。
――彼女は自分の為にしか動かない。期待するだけ無駄、か。
そうこう考えているうちに、アーシェは鉄の扉の前へと辿り着いていた。
「……テレサ」
アーシェはドアノブを捻り、扉を開け放った。
「なっ――」
室内の光景に、アーシェは一瞬言葉を失う。
大量の血で床に大きく描かれた魔法陣。室内の脇へと捨てられた首を失ったおびただしいほどの死体の山。その首は、魔法陣を囲むように並んでいた。
非道という言葉も生温い。
「アーシェ――アーシェ=フィロソフィア」
醜い声が、室内に響き渡る。
元凶は、この悪魔の如し所業を行ったそれは部屋の奥で、脚を組み悠然と椅子に腰掛けていた。
「魔を取り込んで、ついにアナタ自身も魔へと落ちたみたいね」
漆黒の翼をゆるゆると小さくはためかせ、テレサ足を組み替える。
「久しぶりだというのに、随分ひどい事を言う……変わっていませんね」
「よしてよ。アンタなんかと再開を喜ぶ気なんて無いわ」
「メソテスの作品はどうしたのですか?」
テレサは歪んだ、邪悪な笑みをこぼした。
「化け物一匹の退治くらい、私一人で十分すぎるくらいよ」
「黙示録の力で、ですか?」
「その通りよ!」
アーシェは構え、テレサへと龍の吐息を放つ。
「小さい光ですね」
テレサを巻き込み、一直線上の一切を消滅させる――筈だった。
「キャンセラー!?」
しかし、テレサはおろか部屋にすら焦げ跡一つついていない。
「まさか本気ではないですよね?」
先程と変わらず、テレサは椅子に座り脚を組んだまま動いていない。
――立つ必要すら無いって事?
「随分余裕ね!」
アーシェは部屋の中腹まで走り込み、巨大な氷柱を具現化し、テレサへと投げ付けた。
「フフ…」
テレサの頭へと当たる直前、氷柱は壁にあたり砕けるかのように先端から崩れ去っていく。
「まだよ」
続けて放たれる炎の槍。
同じ場所を上級から中級の術式で集中して破るピンポイント攻撃。通常のマジックキャンセラーなら、これで十分対応が出来る。――それがマジックキャンセラーならば、なのだが。
「まるで無駄。海に投げ込まれる小石ですね」
結果は同じだった。直前で術式は砕かれ消滅する。
――正面は攻略不可能な程の強度……なら、
「後ろ、または側面ですか?」
「ッ!?」
アーシェの思考を読んだかのように立ち上がり、テレサは自ら背を向ける。
「どうぞ気のすむまで術式をお放ち下さい」
「……やっても無駄なんでしょ?」
アーシェが手を下ろすと、テレサは振り返って光の宿らぬ赤き眼を向ける。
「やっと理解できましたか? アナタじゃ私に些細な傷を付けることすらかなわない」
「みたいね」
と、アーシェがテレサを見据えたまま全神経を集中させる。
「黙示録ですか……やはりアナタが持っていたのですね」
密室の空間で風が……零れだした魔力が騒めきだす。
再び赤く染まったアーシェの瞳。
しかしアーシェの黙示録開放は、それでもテレサの魔圧を上回ることは出来ず、やっと同じスタートラインに立っただけだった。
「アナタを許すわけにはいかない……アナタはまた私の大切なものを奪ったのだから」
さらに上がり続けるアーシェの魔力。
ついにはテレサの描いた魔法陣の結界を破壊し、アーシェの魔力が部屋を破壊しはじめる。
「奪った? 何を? 誰を? 言い掛かりも甚だしいですね。私は結果に過ぎない――そうなる道を作り出したのはアナタではないですか」
余裕の表情を崩さないテレサ。
自分の魔力を超えられたというのに止めに入らないそれは、自分の力への絶対的自信。
ついにアーシェの魔力上昇が止まり始める。
見ると、彼女の背中にもまた双翼が生え爪も鋭く伸び、頭には二本の角。
右の頬と左の目の下に、熊手で引っ掛かれたような三本の赤い紋様。
付け足された装飾は、漏れだされた魔力をより留めるために具現化された結果。
それに対し、ほとんど装飾の無いテレサ。
すなわち、今アーシェの体内に留まる魔力は完全に、テレサを超えた。
「素晴らしい魔力です」
アーシェの魔力をその身体に感じたテレサの表情は、歓喜にうち震えていた。
ℱ
「――ッ」
一人で何十倍もの亡者を相手にしていた美紗。
力の差が圧倒的と言えども、数においての差が半端でなく、美紗は少しずつ傷を負い始めていた。
「まだ……です」
息も絶え絶えに、手をかざし亡者達へと風の刄を飛ばす美紗。
エクレシアはクレアとの戦闘で使い物にならなくなり、今は自分の力で戦うしかない。
無いとあるとでは魔力の消費に大きな差が出てくる。生身でエクレシアを使用したときと同じ威力の術式をだすには、エクレシア使用時より約一・五倍程度の魔力を消費しなければならない。
「……く」
それは動きながらの戦闘では、大きな足カセとなる。
「うぉあッ!」
「ぅあッ!」
そのときだった。疲れで一瞬よろけた隙をついて亡者が美紗の頭を木の棒で殴り付ける。
受け身もとれずに地面へと倒れこむ美紗。
魔力の使いすぎにより、もう洗礼武器は使用できない。
美紗はナイフを右手に持ち、血の流れ出る頭の傷を押さえながら立ち上がる。
血を流しすぎたことと、昨夜の戦闘の疲労も重なり焦点の合わない視界。
ナイフを握る手にも、どうしたって力が入らない。
――ここまで……ですか。
半ばあきらめ亡者達へと走り込もうとする美紗。
「ひゃっほぉぉうッ!」
「!!」
が、それは前へと滑り込んだ黒い影により妨げられる。
「ひゃはは、秒殺瞬殺滅殺ぅッ!」
それは超高速で動き、紅い光の線を残しながら次々と亡者達を蹴散らす。
「しっんじゃえぇぇッ!」
刹那、空へと飛び上がる黒い影。その時、目視できたその人物の武器を見て美紗は確信した。
――あれは……審問官。
身の丈ほどある漆黒のロッド――それは以前一度だけ見たことがある、なによりも血と闘争を好む真の狂戦士、審問官・ペルシームの扱う武器“インマヌエル”。
「あははははははッ! “コンフリクト”!」
落下し、勢い良くロッドを地面に突き立てるペルシーム。
途端、残った亡者達は一人残らず下から突き出した黒い刄により小さなスクエアに切り裂かれその姿を消した。
「うふふふぅ、あははははははははぁッ!」
降り注ぐ鮮血の雨に身を反らせ高笑うペルシームの姿は言いようの無い戦慄を覚える。
「あははは、右も左もゴミ、ゴミ、ゴミ……掃除が大変だぁ。あはははははは」
以前会った時は自分より下だったはずのペルシームの今の力は、次元の違いを感じさせるほどになるまでに強くなっている。
おそらく、その一番の要因は先程紅い線を引いていた光の正体である、右手の赤十字。
それは自分の持つ白十字の完成版。七人の中で一番力の無かったペルシームがそれ程にまで強化されている所から、そう考えて間違いない。
「ペルシーム……アナタまで来ていたのですか?」
「あははは……はぁ?」
ペルシームは美紗の存在に今気が付いたかのように、高笑いを止め顔を向ける。
「ありゃりゃネモス殿、いたのでありますか?」
血塗られたフードとマスケラをとって出てきたのは、左眼に眼帯を付けたあどけない顔の少女。
「そりゃぁ、アタシも来てますよぉ、それどころか全員大集合しまくりみたいな。……あ、もちろんアタシら審問官だけだけどねぇ~」
――これほどの力を持たせた審問官を全員この町へ?
「卿達は、本気でこの町を生きている人も含めて完全に消滅させる気……ですか?」
「キャハ、そうなんじゃなぁい? アタシが卿に言われたのは目に映った虫ケラは皆殺せだもんさ」
――魔術師テレサ……教会の守護を空にしてまでしないと討伐できない相手?
それとも別に目的が……。
「アタシは狩りを続けるけど、ネモスはどっかその辺で休んでればぁ? 教会側としてもこれ以上のリスクを負いたくないみたいだしぃ」
「残念ながら、アナタたち残りの五人が動くのなら……私は寝ている訳にはいきません」
美紗の言葉に、ペルシームはクスクスと小さく笑った。
「それはどういう意味か……あえて聞かないけど、言い方には気を付けたほうが良いんじゃないですかぁ~?」
「そう……ですか?」
「だって~、今アナタの言葉、まるで教会の意向を批判しているみたいだったから」
と、ペルシームの右目が見開かれた瞬間、美紗をとてつもない魔力が包み込んだ。
「我ら審問官は教会の為に有り。教会に背きし者は異端となし、聖具を持ってコレを断罪せよ……忘れて無いよねぇ~?」
「……もちろん…です」
ペルシームは美紗を訝しむかのように見つめ、周囲を覆っていた魔力を消し去った。
「少し、奴らに深入りしすぎたみたいねぇ」
一言呟き、ペルシームは不気味な笑みを浮かべマスケラとフードを付け直すと霧のようにその場から姿を消した。
「教会は一体何を考えて……いるのですか」
美紗の胸に過る不安。
それは予感などより、むしろ確信に近いものだった。
教会の真の目的は、テレサの討伐ではない。
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