第26話 「雪……もう、しゃべらないで」

「っつつ……ナニモンだよお前…」



 身体中が焼け爛れ、明らかな致命傷を負いながらも亮介は立っていた。


 それは、ただ気力だけで支えた常人以下の脆い身体。



「ったく、反則だぜ……んな長い時間、術式を永続的に出し続けられるなんてよ……」



 勝利を確信し、少女は無言のまま出し続けていた炎を消した。



「ホントはその目、見えてんだろ? ……馬鹿にしやがって、本気も引き出せねぇまま……」



 気力も限界に達したのか、亮介は膝を折り地面に伏せた。



「死ぬのか……。まぁ、いいか…こんな死に方も男らしくて……仕方ねぇよなぁ…まったく」



 亮介が薄れゆく意識のなか、最後に見たのは少女が目の包帯を取った姿。



「……はは、なんだよ、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか…零……司にも…見せて……」



 言葉を言い終わる事無く、亮介は絶命した。


 少女は屈み、そっと開かれていた亮介の目蓋をとじる。



「悪い人じゃなかった」



 少女が初めて、その口を開く。



「約束だ、モニュメントを破壊してくれ。そうすれば貴様がまた何処へ行こうとも構わん」


「最低な男ね」



 少女は数歩前に進むと、その身からは先程とは違う黒い炎を放つ。


 荒々しく巻き上がる黒い炎は、結界で堅く守られいるはずのモニュメントを一瞬にして消滅させた。



「あと五つだ」


「……」



 サルディスに呆れたのか、少女は再び無言になりその後を追っていった。




 ℱ




 全身を短刀で突き刺され、雪は身動き一つとれなくなっていた。



「ねぇ、姉様。何で私、まだ生きてるんだろ……」



 仰向けに倒れる雪の視線の先には、すべてが元通りになったアーシェの姿。



「雪、本当は、最初からこうなる予定だったんでしょ?」


「まーね」



 弱々しく笑う雪。



「私もそろそろ生き飽きたし、それに――」


「それに?」


「“貧弱”の好きな人は殺せないっしょ? ……貧弱で、運が悪くて、彼女までいないんじゃ…カワイソすぎるじゃん」



 にへらっと笑いながら言ってみせた雪の台詞に、アーシェは目を丸くする。



「あはは……やっぱり気が付いてなかったね。アイツずっと姉様の事見てたよ……ふふ、お風呂も覗かれてたかも~。姉様結構グラマラスだから──ぅくッ」



 喋り過ぎ刄のどれかがより深く刺さったのか、雪が小さな咳と一緒に苦しそうに吐血した。



「雪――」


「短い間だったけど!」



 アーシェに喋らせまいと、雪は無理をして大きな声で遮る。



「零司は昔から知ってる私より、姉様の事が好きになったみたい……それを知ったときは、ちょっとジェラシィってやつだったかも」



 体力が無くなってきたのか、雪は目を閉じ息が荒くなる。



「でもま、しゃぁないよね……姉様は私より魅力的なんだもん」


「雪……もう、しゃべらないで」



 雪の瞳からは光すら奪われ始めていた。



「我が生涯に一片の悔い無しィ、ってね……いや、本当はいっぱいあるんだけどさ」



 雪は手探りで、アーシェのブーツを探す。



「なによ、やっぱ零司の事、アンタも好きだったんじゃない」



 屈んで、雪の手を握るアーシェ。



「……姉様、零司は絶対来るよ」


「来るわけ無いじゃない。私は零司の記憶を消したのよ?」


「あは、姉様結構ひどい事するね……でも零司は来るよ…そういう奴だもん……それに決まってるじゃん……ピンチの時には…かならず騎士団長が助けに……」



 力の抜けた雪の手は、するりとアーシェの握った手から滑り落ち、地面へと静かについた。



 ―――。



 もう動かない雪の身体……諦める事はどれだけ辛かっただろう。


 零司への想いを押し殺したまま、その恋敵によって……私の手で雪は死んでしまった。



「騎士団長? 普通は王子さまでしょ……それに、その話が本当だとして、なんでアンタの所に現われないのよ……騎士団長は」



 雪の亡骸に突き刺さっていた無数の短刀が、音を立てて弾け消えていく。


 零司に手に掛かったならば、間際に想いを伝えることだけでも出来たなら、少しは幸せな気分で逝けたのだろうか?



 ――違う。



 想いを伝えたって、死んでしまったら……。



「何で私たちは幸せになれないの……人と違う力を持ったから? だから、だから私たちは……」



 ……不幸でしかない。



 雪の言葉だけで、素振りだけで……なに一つの確証も無く彼女の本心を分かったつもりになって…怒りに任せて突き立てた憎悪の刄。


 アーシェは地面を叩く……何度も、何度も。


 手から血が流れ初めてもアーシェはひたすらに叩いた。雪を殺したその手を戒めるかのように。

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