第24話 「私は…まったく……友達運が無いわね」
群がる雑魚には目もくれず、アーシェはただ一ヶ所を目指して走っていた。
北区・特殊研究施設。
その場所が敵の本拠地であることは知っていた……しかし力が衰弱していた事と、姉妹の魔力は自分の全開時とほぼ同等程度の持っていたことにより、切っ掛けがつかめず迂闊には手を出せなかったのだ。
「クッ……」
彼方より飛んでくる術式の雨を避けつつ確実に進んでいくが、進めば進ほどそれは強く多くなっていく。
――避けて行くのにも限界があるわね…。
アーシェは走りながら印を描く。
「目障りなのよ」
収束された光は束となり、一直線上の一切を無にしていく。
黙示録の凄まじい魔力供給が回復した今、龍の吐息を一発二発と射ったところでなんの事はない。
全てが一掃されてもなお残るその施設。
強固な結界で護られたそれは間違いなく奴の本拠地……アーシェは一層足を速めた。
「……ッ!」
が、不意に足を止め、なにもない――なにもないように見える空間を凝視するアーシェ。
「すごいすごい姉様! 私の術に気が付いたんだ?」
何もない筈の空間から不意に現れた少女。
「ロストマジック……アナタが“インヴィジブル”の力を持つ魔術師だったなんてね…鹿野井雪」
雪が愉快そうにケラケラと笑う。
「私は気が付いてたよ? 姉様がすっごく長生きしている強い魔術師だって……だって私、ずっと呼んでたでしょ“姉様”って」
「能書きはいらないわよ……で、どうするの? 私と殺し合う?」
唇に人差し指をあて考える素振りをし、雪は口を開いた。
「うぅん、そうなるかな? だって仕方ないよね、姉様はテレサ様を殺そうとしてるんだから」
「……そう」
アーシェは手をかざし、意識を集中する。
「邪魔するなら、排除するだけよ」
「わぁお」
轟音を立て、作り出された巨大な火球が雪へと襲い掛かる。
「あは、切り裂けぇ~ッ!」
雪へと滑空する火球がみるみる内に細かく分解されてゆく。
雪の周囲に何ら特殊なものは見えない。そして雪もまた何かをしている素振りはなく、ただはしゃいでいるだけ。
火球は、雪へと辿り着く頃には小さな火の粉となって消えていた。
「無駄だよ姉様、私の力で作った“インヴィジブル・ワイアー”は、異能の力を削って切り裂いちゃうんだから」
「メンドクサイ能力ね」
「だってこれは、ゲームだもん」
と、雪があはッと無邪気な笑顔を見せる。
「ゲーム?」
「私が張り巡らした糸を擦り抜けて私の所まで来れれば姉様の勝ち。姉様が死んだら私の勝ち」
「ずいぶんと簡単ね」
そうかしら、と雪の顔から笑みが消える。
「今の私はゼロ魔力。つまりそれだけのワイアーを張り巡らせたって事。隙間は確かにあるけど、姉様や何かがコレに触れるたびにその位置は移動していく」
「時間稼ぎにはもってこいな力ね」
強力な術式で破壊しようと用意していた印を途中で止め、アーシェは微かに笑い、雪へと問い掛けた。
「一つ、良い?」
「姉様、なんですかぁ?」
「零司と友達でいたのは、テレサの命令だったからなの?」
この問いに、雪は迷う事無く言葉を返した。
「あたりまえじゃないですか。あんな半端者、一度だって友達だと思った事無いですよ~」
「そう。なら、最後の質問よ……雪は、メソテス殺しに関与した?」
この質問に対しても、雪は考える素振りも見せなかった。
「答える価値すら無いですねぇ。私はあの方達の右腕なんですよぉ……当然、関与しましたよ」
「……そう」
言った直後、アーシェの雰囲気が一変する。
雪はそれを不思議そうに見ていた。
「私は…まったく……友達運が無いわね」
変化するアーシェの瞳。それは雪を見る目ではなく、一人の敵を見る目だった。
「見せてあげるわ……私の、魔術師としての本気を」
「いいですね、見せて下さいよぉ。姉様の本気……」
瞳を閉じ、静かにたたずむアーシェ。
彼女を中心に、周囲の空間が魔力により震えだす。
「す、すごいじゃないですかぁ」
雪は強がって見せるが、その足は小刻みに振るえ恐怖を隠しきれない。
雪は、クレアに匹敵するとも劣らない力を持つにもかかわらず――動かない。
足が、手が、瞳が。
まるで金縛りにあったかのようにピクリとも……。
「雪……私はアナタが苦手だったけど、悪い子だとは思ってなかったわ」
静かに、少しずつ開かれる瞳。
美しい翡翠色の瞳は赤く染まり……その瞳は悲しみに濡れていた。
空へと掲げられたアーシェの右腕。
雪はもう、言葉を発することさえできなくなっていた。
「私の研磨されし憎しみを……私の泉のごとし溢れる悲しみを具象し、目前の御敵を排除せよ……究極結界術式“オーラム・ベリアー”」
アーシェがそれを発動した瞬間、彼女から滴れ流れる魔力により、魔力の耐久限界を超えてしまった雪のワイアー全てが、糸クズのように千切れた。
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