第23話 「無駄に死したというのかッ!」



「何故、私の言うことが聞けなかったのですか……クレア」



 頬に涙を伝わせ、モニュメントの頂上にその身を置き、消え逝く妹の……クレアの魔力をテレサは感じ取っていた。



「やっと、やっと全ての準備が整ったというのに……何故アナタは、彼女達を軽視し…先に逝ってしまったのですか……」



 強く握られたテレサの拳。赤い血が滴り、それは涙のように下へと落ちてゆく。



「アナタがいない世界など……私は、一人――ならばもう、出し惜しみをする事もない」



 彼女の決意は彼女自身の身体を強く、より強大な魔力を解放させ始める。


 背より解き放たれし漆黒の翼。指の一本一本はまるで百獣の王ごとし爪を備え、髪は悲しみに白く染まり長く、腰まで至ほどに。


 むき出しになった犬歯は生けるもの全てを威嚇するかのように鋭く……産まれたのは魔術師でも吸血鬼でもない、一匹の邪獣。



「……クレア、見ていてください。私が世界を、滅ぼす様を」



 その声はクレアの声と、以前取り込んだ吸血鬼のものとおぼしき声が交じりあった何とも醜き声。


 しかし、そんなものはもうテレサには関係が無い。


 その声を聞いた者が生き残ることなど、無いのだから……。



「解き放て幻想の町よ…晩餐の日が来た……今までとは違う、真の、この世の終わりの晩餐の日がッ!」



 テレサに呼応し、微震動を始めた町を囲むモニュメント。


 張られていた外結界はガラスの如く音をたて割れ始め、町が外へと露になる。



「あとは、モニュメント全てに血がそろうのを待つばかりです……フフフ、今回はこの町だけでは足りませんよ……泉のような、湖のような、大量の鮮血を!」



 テレサの叫びでそれらは動き始めた……邪獣に使えし、パトラー達が。




 ℱ




 朝が訪れ、そこへと踏み込んだ白いローブの男は驚愕に目を見開いた。



「なんだ……なんなのだこの町は」



 人が人を殺し、歓喜してその残骸を引きずる悪夢のような光景。


 人の闇を前面に出したまさに地獄に他ならない世界に、サルディスは赤き剣を握るてを怒りに震わせた。



「サリアが命をかけて魔術師を殺したのは…無駄だったというのか……何故、何故この術式が発動しているのだッ!」



 怒りに任せ、襲い掛かってきた一人の青年を真っ二つに切り裂くサルディス。


 夜叉のようなその表情は、意識無く殺戮を続けているはずの者達すら戦慄に凍らせた。



「私は、私の妹はァッ!」



 風が吹き抜ける、という表現が相応しい。


 サルディスの狙った者は皆、反撃の余地なくバラバラに切り刻まれ原型を止めない。



「無駄に死したというのかッ!」



 振り上げられた赤き剣。


 しかしそれは、一人の少女が腕を掴む事により振り下ろすのを止められた。



「……」



 言葉を話せないのか沈黙したまま、首を左右に振る少女。


 それは以前、教会へと単独で攻めた少女。


 目には包帯を、両腕両足には足カセのような深紅のリング。


 包帯を目に巻かれ見えないはずのその目で、少女はしっかりとサルディスを見つめた。



「……諫めるか、この私を」


「……!」



 力強く頷く少女。



「確かに……怒りを撒き散らしていては奴の思う壺か――いいだろう。ゆくぞ少女、人々を襲う亡者を蹴散らしあの魔術師の策を打ち破る……それが、サリアへの弔いとなるのなら」



 と、サルディスは目に映ったモニュメントへと疾走する。少女もまた、それに遅れる事無くついてくる。



「おぁぁぁッ!」



 声を上げ襲い掛かってくる亡者達。



「……ッ!」



 少女はドリフトしながら振り向き止まると、炎をその身に纏った。


 襲い掛かってくる亡者は多数……しかし少女はひるむ事無くその手を振りかざす。



「ぁおァァぁぁアッ!」



 断末魔をあげる亡者達。


 まるで目が見えているかのように少女は華麗に立ち回り、確実に亡者の数を減らしていく。


 それは舞踊と言っても良い。炎の羽衣を舞わせ卑しき邪徒を焼き払い、流れる武芸は反撃を許さず次々と敵を薙ぎ倒していく。



「……」



 少女はひとしきり相手を終えると、再びサルディスの後を追う。



「我が能力“紅ノ剣”の前では魔を持つものは如何なる防御も無駄と知れ!」



 サルディスの能力、魔のみしか斬らない紅き破邪の剣。それは魔以外を斬ることは出来ないが、それ故に魔への切れ味は斬鉄剣と同じ。


 少女に劣らず、サルディスもまた流れるような閃光の太刀で亡者を一つ二つと分解していく。


 それでも亡者は際限無く現われる。



「やはり、あれが源……一刻も早く破壊せねば」



 走りだそうとしたサルディス――が、一人の人物の出現によりその足は止められた。



「通行許可証の提示を求めまーす、ってか?」



 飄々とした立ち振る舞いの少年。しかし、その少年の放つ雰囲気は明らかに異質。



「術師か、貴様」


「……!」



 二人を爽やかな笑顔で見据え、染められた髪をかきあげる。



「大魔術師テレサ様につき従えしナイト兼パシリ……黒坂亮介、ただいま参上」



 ビシッとポーズを決めふざけてみせる亮介だが、彼の身体をほとばしる強い魔力がそれを許さない。



「中々。魔力だけなら貴様はかつての十二人の魔術師に匹敵するだろうな」


「ありがとよオッサン……だけどな、俺ができる礼なんて」



 大きく腕を振り上げる亮介。



「礼儀作法がなっちゃいないぜ?」


「なにッ!」


「……ッ!」



 放たれた衝撃破。


 サルディス達ごと地面を大きく吹き飛ばし後ろに存在していたビルをも崩す。



「はは、伊達に教会のヘッドやってるわけじゃねぇな」


「……“龍の吐息”未完だが中々の威力だ」



 亮介の一撃は寸前に少女の放った炎により二人を捉えることができなかった。



「俺は中途半端でね……だけどその分、手数は多いぜ?」



 構えたと思った刹那、亮介の周囲より放たれる無数の刄。



「アンタなら知ってるかもなぁッ!」


「ふん」



 サルディスが襲い来る刄を全て叩き落とす。



「“細切れ断頭台”……十二魔術師の技を何故貴様が使える?」


「天才、だからさ」



 地面を蹴り亮介が飛び上がると、少女がそれに追随する。



「……ッ」



 亮介へと襲い掛かる炎の羽衣。


 亮介は空中で身体を捻りそれをかわすと、直ぐ様体勢を立て直す。



「らぁッ!」



 亮介の全体重をかけた降下式の蹴が腕での防御の上から少女を打ち付ける。



「……ぁッ、」



 少女が落下しながら体位を正常に戻し、炎を巧みに使い着地するとそれに入れ代わりサルディスが亮介の着地する一瞬を狙って居合いに似た剣術を繰り出した。



「おっと危ない」



 亮介はそれを着地と同時に身体を反らせ避けた。



「……」


「あぁ?」



 その瞬間、亮介は一瞬素に戻った。


 目の前にいたのは、あの炎使いの少女。


 自分の失態に、顔を歪ませる亮介。



「畜生」



 少女の獄炎が、亮介を包んだ。

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