第22話 「零司……私、明日出ていく」

 屋根の上で、仰向けになって見る月はまた違って見える。


 このまま手を伸ばせば届くかな……。


 私は手を伸ばし、月へと手の平を掲げる。



「なにやってんだ?」


「あ、零司」



 ひょっこり現われた零司の顔。



 ──嫌なところを見られた……馬鹿にされるかな。



「月に手が届く気がしたか? でも、危ないから降りたほうがいい」


「……? 馬鹿にしないんだ?」



 零司は屋根へと上がってくると、私の隣へと寝転んだ。



「そこ、本当は俺の場所」


「え?」



 零司は空を見上げながら言葉を続けた。



「で、いま俺が寝転んでるのが親父の場所」


「メソテスがお月見? 想像できない」


「今となっては、俺もだ」



 そう言って、軽く笑い飛ばしてみせる零司。



「変なの」


「なにが?」



 不思議そうにこちらを見る零司……その仕草は、彼に似ている。



「らしく無いとか、頭の病気か、とか……馬鹿にしないの?」


「そういう、気分じゃないだろ? ……お前が」


「……ッ!」



 零司の台詞にアーシェの目が丸くなる。



「読んだ! アンタ今、術式で私の心読んだでしょ!」



 あわてて上半身を起こし、すごい剣幕で睨んできたアーシェを、呆れたように零司は見据える。



「俺は普段、術式なんて使わねぇ……お前が可笑しすぎるから何となくそんな気がしただけだ」


「……あ、そう」



 ホッと一息ついて、再びアーシェは仰向けになった。



「……エリスの事か?」


「八割くらい」



 零司のたまにもらす核心を突く発言にはドキリとさせられる。


 人の心を見透かしたかのような発言、振る舞い……なぜ零司はこうも彼と似通っているのだろう?


 零司は、彼ではないというのに……。


 でも、彼に限りなく近い零司……だからあの日、私は彼を巻き込んでしまうと知りつつも接触してしまったのか……私は未だ、幸せだった、あの花畑に囲まれ笑っていた日を取り戻したいと、願っているのだろうか?



「零司……私、明日出ていく」



 ……ごめん、エリス。アナタには悪いけど私はやっぱり零司のことが……。



「出ていくって、コレからどうするんだよ? まさか一人で闘おうとか思ってるんじゃ……」



 ……予定とは違っちゃうけど、零司を巻き込むことにはならないから……いいよね、エリス。



「アナタには、重すぎるのよ」



 私たちの事……忘れてもらっても。


 起き上がるアーシェにつられ、零司も上半身を起こす。



「アーシェ?」



 私は、彼の苦しむ顔なんて……見たくないから。



「極印術式発動……記憶、開かざる牢獄へと隔離せよ……“忘却牢”」



 思い出すときには……全部終ってるから。


 零司の額へとあてがわれたアーシェの指は暖かい温もりと共に、まばゆい光を放った――零司の記憶を、封じるために。

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